14-05 封印の国エルフィンシル
建材が土とはいえ手作りの家でする野営だ、俺は内心ワクワクしかけていた。
だがそれは台無しになった。
本当にその、はるもにゃーあらため巨塔の管理者ハルモニアからの使いがやって来たのだ。
「危害は加えません、どうかご同行下さい」
「おおーっ、これはまた大げさな出迎えだなっ! お言葉に甘えようじゃないかアウサール!」
それが2つ目のライトエルフの国、まだ共に戦ってくれるとは限らないエルフィンシルの軍隊だったのだから肝を冷やす話だ。
兵数だけで50、その全てが訓練されたライトエルフによる構成だった。
ちなみにそう、ハルモニアだ。ブロンゾの発音を信じた俺がバカだった、おかげで俺はいきなり恥をかくはめになった……。
「どうする旦那。まあ俺たちゃ正式な使者なんだし、別に大丈夫だとは思うが」
「ご安心下さい、我々に敵意はありません。一介の戦士として異国の軍人にはいささかの興味はございますが」
隊長とおぼしき男がダレスに続いてラジールを見つめた。
正解だ、その女がこの中で飛び抜けて強い。
「む、まあそれは後回しだっ。我が名はラジール、反逆の地下帝国ア・ジールの客将にしてニル・フレイニアの将だっ。これはジジィ……じゃなかったっ、うぉほんっ。ヴィト王からの正式な書簡だ、国の代表に会わせてくれ」
しかしラジールがそれに飛びつくかと思いきや、意外に冷静な対応を見せてくれた。
両国の間に交流はほぼ無い、極々まれに使者でやり取りする程度だという。
「はい、話はうかがっております。騙し討ちなど絶対にしませんので、どうぞエルフィンシルの都においで下さい」
「うむっ。こんな感じでいいかアウサール」
「ああ十分だ。それでは案内を頼む隊長殿」
もう暗かったが現地の案内人がいるのなら話は別だ。
俺たちは隊長殿に従い、エルフィンシルへの移動を開始した。
その隊長だがどうも悪いエルフでは無さそうだ。信頼を証立てるためか部下たちを後続にひかえさせて、自ら先頭に立って道を案内してくれた。
話上手というわけでもなかったが、誠実なエルフ、いや武人だった。
・
森の続く山道を歩き続けて4時間が経つと、ようやく俺たちは山岳都市エルフィンシルにたどり着いた。
どんな未開の都市に行き着くのかと思いきや、石造りの立派な都がそこに広がっていた。そう、木造ではなく石造りだ。
その都の奥に大きな遺跡が立っていた。
巨塔の管理者とあの亡霊は名乗ったが、とてもそれは塔には見えない。むしろ場違いな立地に存在する要塞そのものだった。
俺たちは予想通りその内部に案内され、真夜中の聖堂にて隊長殿と別れることになった。彼はラジールが気に入ったようだ、後で手合わせをしたいと願っていた。
「ここの国はいいなぁ、軍人どもの本気度合いが違う。アウサール、やつらは強いぞ、それもとんでもなくな」
「ああ、だが味方になれば頼もしい戦力だ。これは期待以上だな」
ラジールがそう言うならそうなのだろう。
その反面、山奥に引きこもりながらも強兵を保つこの国の性質、それがかなり特異だとも気づく。
ちなみにこの聖堂にはイスがない。広い空間に無数のろうそくが並べられ、その全てに火が灯されていた。
真夜中だがかなり明るい。
白亜の壁と無数の柱、神像が立ち並んでいた。
宗教にはあまり詳しくないが、これはどちらかというと俺たちの敵、エルキアに近い様式に見える。
「ひぇっで、出たぁぁぁーっっ?!!」
「出たってそれ何度目だよおっさん、って、おお……こりゃぁ……へへへ、こりゃ意外に美人だな」
しかしそこで、あの亡霊と同じ顔を見つけてしまったのだからブロンゾが悲鳴を上げても仕方のない展開だ。
祭壇から美人が下りてくる。薄緑の髪をした亡霊、いや今は透けていない、はるもにゃー様が。
「遠路はるばるよく来た、自己紹介をしておこう。オレはハルモニア、この巨塔の管理者だ。そのついでにこの国も与っている」
「……我はラジール、ニル・フレイニアの王ヴィトと近しい間柄にある者だ。常日頃連絡を滅多に取り合うことのない我ら同族だが、わけあって老王に代わりこのラジールが貴女に会いに来た。……ま、文句があるなら今後はたまの交流ぐらいしておけ、ということだなっ」
さらに俺は驚かされた。異界の表現を借りよう、これは天変地異の前触れか?
あのラジールがキッチリとした挨拶をして、意外な教養と品の良さを見せたのだ。言葉をすぐに崩してしまったようだが。
「うん、その方の素性はわかっていたよ。だが大事な部分が抜けている。そこの男は、ユランの使徒と名乗った。それは本当に、真実なのだろうね……? あの竜は1000年前に滅びてそれっきりだったはずだろう」
彼女の興味が俺へと向けられた。
美しい装身具をまとった露出多めの姿だ、しかもユランの話が正しければこのハルモニアという存在は、神であるという。
姿形はヒューマンによく似ている。正直に言えば見分けがまるでつかない。
「ああそれは揺るぎない事実だ。俺たちはユランの軍勢、反逆の地下帝国ア・ジールに属する者だ。ニル・フレイニアも、獣人の国ダ・カーハも我らに恭順を示してくれている。……ユランは蘇ったのだ、俺が呪われた地にてアレを掘り起こした」
ただ気位の高さを感じさせられた。
少し表現が悪くなるが、ハルモニアは相手には媚びぬ絶対の高見から俺たち人間ごときを見下ろしている。
その彼女がこちらの言葉に黙り込み、深くはんすうしていた。その意味合いは彼女にとってだいぶ大きいのかもしれない。
「そうか、ユランが復活したか。そうか……」
「……率直に言う。調停神ハルモニアよ、俺たちに力を貸してくれ。それとここからニル・フレイニアまでの地下トンネルを掘らせてほしい、俺はそのために来た」
さすがは神だ、常識外れなこちらの要求にも動じない。
さらりと受け止めてクールな俺様美人がアウサルを冷たく見つめてくる。
「ユランは、オレのことを何と言っていた? なに、深い意味はないのだ、単純な興味だ」
「敵でも味方でもない、と言っていたな」
単純な興味というわりに積極的に感じられた。
この女は邪神ユランとどんな因縁を持っているのだろうか。
「冷たいやつだ……。当時中立を守ってやったのに、味方に数えてくれないだなんて……心外だな……」
「フッ……何を言うかと思えば、神よ、それはそうだろう。それは、人間社会に当てはめれば、日和見と呼ぶのだ」
興味深いので少しつついた。
調停神は唇を突き出して不機嫌を示し、クールなその瞳で俺を静かに睨んだ。
「こちらの都合も知らずに好き勝手言ってくれるな。オレは他の神々とは役割が違うのだ。オレはな、元々は創造主サマエルに作られた下級の神だ。神という位を与えられてはいるが、同じ造物主に生み出されたという意味では、この地に生きる各種族たちと何も変わらん」
それは自ら己の権威を下げるような発言だった。
サマエルおよびエルキアに敵対する俺たちに対して示すような言葉ではない。なので意図をはかりかねた。
「いや、本質は天使に近い。オレは、サマエルの手足となるために生み出された」
「つまり何が言いたい。1人の読書家として、この世界の神々の真実には正直興味が絶えないが……それは後にしよう、アンタの結論を聞かせてくれ。俺たちに協力してくれないか」
きっとこの女神はこう言いたいのだろう。
中立それそのものが造物主への裏切り、だから自分は味方なのだと。そうなると交渉に勝算が見えてくる。
「……せっかちだなキミは。じゃあこれがオレの答えだ。サマエルとユランのケンカに介入する気はない」