2-2 目指すは宝物庫、サウスの町の地下を掘る(挿絵あり
俺の知る大怪盗ってやつは仕事前に予告状を出すと相場が決まっているのだが、警備が厳重になるだけなのでそこは割愛させていただく。
その代わり無事に盗み上げた後は架空の義賊をでっち上げて広く喧伝する。
悪を狙った正義の盗賊を生み出すことで、サウスの人々に希望を与え、侯爵らの恐怖政治にほころびをくれてやるのだ。
ああつくづく素晴らしい計画だ。
標的ポコイコーナンにとって、ユランはまごうことなき邪神だったのだと言えよう。
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まず支援担当と俺だけが先行して穴掘りを始めた。
少し離れた場所に空き家があったので、勝手に今夜限りのお付き合いをさせてもらった。
まずはスコップLV9とやらの非常識な採掘パワーで広い庭に階段状の縦穴を作る。
そこから横穴に発展させて、悪徳商人ポコイコーナンの屋敷地下を目指すのだ。
この程度の深度なら土が柔らかい。
だが多少の水気を含んでいる点がどうにも厄介で、俺たちはすぐに泥だらけになっていた。
陶器や謎の骨、植物の根や貝殻、その多もろもろが土という土に混ざっている。
……それでも作業の手だけは順調だった。作業の手、だけは。
「ヨーレイヒィィ~~ッ、ヨーレイッハァァ~~ッッ♪♪」
地下道に歌声がこだましていた……。
俺じゃない……俺の支援をするはずだったもう1人だ……。
「歌うな……! 見張りをしろ、ていうか何やってんだよ! ラジールっ!」
見張りの選別を間違えた。
というより絶対にコイツが選ばれるはずなかったのに、よりにもよってコイツが派遣されて来た。
「はははーっ、同志アウサールッ! あははははーっ、土いじりは楽しいなぁ~~♪」
「それはわかったから歌うなっ、ここはいいから見張りをしろっ!」
頭数を絞った方が気づかれにくい。
よって先行したのは俺とラジールだけだ。
「フフフ、戦いが終わったら……田舎でゆっくりと畑を耕すのも悪くない……。そして自伝を書こう、長き闘争の日々を書きつづるのだ……。うむ、そうだな、名付けて題名は……我が闘争、といったところか、フフフフ」
「人の話を聞けッ!」
一応、働いてはくれている。
掘るにしてもこう水気を含んだ土壌だと難があるのだ。
[呪われた地-ニブルヘル砦]間のトンネルを掘った時は、土や岩盤が乾いていたので土砂を圧縮して壁材に変えた。
ところがそれをここでやると水が出る。
全ての土をスコップパワーで壁材にすれば、足下が大変なことになってしまうのだ。
「よしこんなもんだなっ行ってくる! フゥゥ~、ヨーレイハァ~~ッ♪」
「だから歌うなよっ?!」
ラジールがせっせと土砂を荷台に載せ、陽気に歌いながら地上へと捨てに行った。
それは良いけど歌うなよ、誰か来たらどうすんだ、何考えてるんだよアンタ!
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「お、多分このへんだな」
「おおおーっ着いたかーっ!」
もうツッコミ疲れたぞ……。
相変わらずのでかい声を無視して、俺は上り坂作りに着手する。
「アンタ少し黙っててくれ、ここから先は集中が要る。おかしなところに繋げたらこれまでの苦労が台無しだ。……最悪捕まる」
「わかった」
それが拍子抜けするほど素直だった。
まあいい。目標は地下宝物庫のド真ん中だ。
鍵を開けずに床をぶち抜く。そうすればリスクを極限まで下げることが出来る。
「……ムズムズ」
落ち着けラジール。
「ムズムズムズ……。ん、んん、むぅぅ……うー……まだか? どうだ? いけそうか同志よ、おーいアウサール?」
お前は三歳児か。
ラジールの身なりというのが薄着の民族衣装なのだが、その服と肌を泥まみれにしてソワソワうろうろしている。
……何というかしょうがないやつだ、どこか子供っぽい。いや完全に。
「……よしあとはぶち抜くだけだ。ほら、倉庫の土台が見えるだろ?」
「おおおおーっっ、やったな同志っ! ヨーレィ~……!!」
その明るいライトエルフ様が満面の笑顔を浮かべる。
あふれる喜びは歌声となり、ただちに俺の泥臭い手がその口を塞ぐ。
……結果的に背中から抱き込むことになったのだが。
「んむぅぅぅーっっ?!!」
「アンタな、アンタ、頼むからこの状況で歌うな……」
後ろからソイツの目をのぞき込んで確認する。
思いの外あっさり素直になったので、俺も口元の手をどかしてやった。
「…………」
「……わかってくれたならいい。すまんな」
ラジールを解放しよう。
黙っていれば愛らしいそのエルフを胸から逃す。
だがおかしい、俺が抱擁の手をどかそうとすると彼女の両手がそれを包み止めた。
それからこちらを熱心にのぞき込んで来る。
「見れば見るほど美しい竜眼だ……。何度見ても我は素晴らしいと思うぞ……」
「蛇眼ではなく竜と呼んでくれるのはアンタくらいだ。……どちらにしろ人らしくないのが不満だが……俺はヒューマンだ」
この作戦に加わってくれたことといい、俺は気に入られてしまったのかもしれない。
世界は泥の匂いで充満していたが、そこに甘ったるい女のものが混じり込む。
……俺はこんなたちなので、女には慣れていない。
「どちらでもいい。同志アウサルよ、そうか、そういうことか。貴様は我に気があるのだな」
「……。あるわけ無いだろ」
慣れてはいないがそれだけは無い、絶対に。
何を言い出すんだアンタは……。
「ならばなぜ我に抱きついている?」
「アンタが歌いだしたからに決まっているだろ」
否定の代わりに離れようとするも、筋力は彼女の方が遥か上なのかびくともしない。
俺は強制的に薄着のラジールを抱き続けるはめになっていた。
「フ、そうか。我の歌声にメロメロか……フフフ、我にも春が来たようだな……。それもこんなに美しく、禍々しい男の子が相手とは光栄なことだ。自伝の為にも今の心境を記録したい気分だよ……。その男は竜の生まれ変わりのようであった……」
「待て。アンタなに言ってんだ? 勝手におかしな自己完結するなってよっ?!」
人の話を聞かないヤツなのだ……。
俺が冷静なツッコミを入れても、ラジールは熱心に人の蛇眼を見つめてのめり込んでくる。
「よし今後は貴様を最優先で手伝ってやろう。ああいくらでも誘うが良い。うむ、我の得意は、荒事と、闘争だ……。それを求めて国々を渡り歩いて来た」
「物騒過ぎるってアンタ……」
呆れつつも笑い返すとラジールが俺を解放してくれた。
それから頭上を見上げてほくそ笑む。
これから始まる大仕事に俺も胸を高鳴らせた。
「同志よ、一度戻って休むか」
「そうだな。荷馬車隊が来たらあとはスピード勝負だ。悪人の財宝を掘り当てたからには、根こそぎ奪い取ってやらないとな」
俺が不適に笑むとラジールも似たような顔をした。
泥まみれなのもあって、これがどうもおかしな情景を見せられた気分だ。
「クククッ泥棒……いや義賊とはことのほか楽しいなっ! ヨーレイヒッ――」
「アンタなっ、忠告したはなからなぜ歌うっ!」
またラジールを抱き寄せ口を塞ぐはめになった……。
アンタほんとに何なんだよ……。
そりゃ、歌い出したくなるくらい俺だって楽しい気分だけどな……。
修正
入れ忘れの挿絵をコッソリ追加いたしました。