第1章 9話 「夜を越え」
(まって!!!………いかないでっ!…………………っ! )
暗い闇の中で誰かに必死に手を伸ばす……。私はその人から離れたくなくて必死に走る。
あぁ、もう少しで届きそうだ…!と安堵したら次の瞬間、その人がどんどん離れていく……
(いかないでっ!いかないでっっ!)
そこでハッと目が覚める。額にはじっとりと汗をかいており、気分はひどく悪い。
「ここは……?」
私は見知らぬ部屋のベッドで寝ていたようだった。ベッドはふかふかで暖かく、お日さまの香りがしていた。
「……どこなんだろ…?」
周りを見ようとそんなベッドから上半身を起こす。すると急に頭がガンガンして、私は小さくうなり声を上げた。
数十秒経って頭の痛みに少し慣れた後、なんとか我慢して部屋を見回す。
部屋はきれいに整頓されていた。置いてあるのはこのベッドと机と椅子、それから荷物がいくつか床の上にあるだけだ。なんだかまるで生活感がないように感じる。
「どうして私、こんなところに?」
真っ先にこの疑問が湧く。そうして、なぜ自分がここにいるのか考えようとするが、重くて働かない頭では到底うまくいかない。
(あれ?私どうなったんだろう…。えっと、確か………確か……)
『ガチャン』
そのとき、急に部屋に1つしかないドアがゆっくりと開いた。
「あぁ、起きたのか…」
そこから現れたのは、茶色い髪と目をした30代前半くらいの男だった。
「誰っ……?」
見知らぬ男に怖くなり毛布の端をぎゅっと握る。体は強張り、ガタガタと震えだす。
「そんなに怯えなくて平気だ。俺はなにもしない」
少し困った苦笑いを浮かべながら言った。
しかし、そう言われても信じられない。
男はのんびりそう言ったあと、部屋に入りドアを閉める。そしてドアの近くに置いてあった椅子を、ベッドの近くに移して座った。
「それよりお前、体調は?どこか痛いところはあるか?」
次はにこりともせず、真面目そうな低い声で聞いてきた。
「……大丈夫…」
「そうか、ならいい。………安心しろ、ここは宿屋だ。何も怖いことはないさ。まだ疲れているだろう?もう少し眠ってるといい」
男は今度も真面目そうに言った。
(………宿?眠る…?そうだ、私眠ってた……)
ガンガン響く頭がうるさく、次の考えがまとまらない。胸が嫌にスカスカする。何か大切なものを落としてしまったみたいに。
(眠ってた…?どこで?…そうか森で…)
ゆっくりと思い出す。自分が何をしていたのか。そう森に…………
(森に雪が降り積もってて…、森…。森の中で……………森の中で……………死んだ……?)
そう思い出したその瞬間、森の光景が鮮明に思い出された。赤黒く染まっていく雪……。それは私の大切な人の血だ…。
「おじいが………」
体がワナワナと震える。自分の思い出したものが怖くて信じがたくて、全て夢だったのではないかと錯覚してしまうほどに。
「おじいは?……おじいはっっっ?! どこっっっ!?」
私はすがるように男の胸の服を掴んだ。すると少し間があったあと、男は静かにすまなさそう口を開いた。
「悪いな…。あのじいさんは置いてきたんだ…。お前しか助けられないと思ったから……」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが崩れ落ちる。
「うそ……。やだ………。いやだよ………。どうしてっっ!?」
空っぽだった心が、悲しみでいっぱいになっていく。
「どうしてっ?どうして私を助けたのっっ?」
私は叫ぶ。いっぱいになった心から溢れでた悲しみは目から流れ落ちていく。たくさん流れ落ちていく……。そしてこの気持ちのやりばを私は男に対して向ける。
「あのまま……、あのまま死なせてくれれば良かったのにっっ!!」
涙がぼろぼろとこぼれて、止まらない。私は男の胸を掴んだまま離せなかった。
悔しい……。悲しい……。憎い……。
心が色んな感情でぐちゃぐちゃになる。怒りと悲しみで心が壊れてしまいそうになる。私はその涙を止めることができず、ついに大声をあげて泣きわめく……
「どうして……、どうして…っっ!どうして私だけっ……」
私は男の胸の中でまるで小さい子供のようにわんわん泣きじゃくった。そうしてすがり付くように泣きわめく私を、男は何も言わずただ優しく、優しく背中をさすってくれていた……




