第4章12話「雪夜に招かれた客」
「うっ……ううっ…。………っ………」
ルーフェンは白いベッドに横たわり、玉のような汗を額に浮かべていた。彼は何かうわ言を言いながら苦しんでいる。
その横には白衣を着た男性が立っており、ルーフェンの額の汗を拭く。
「ルーフェンさん。しっかり……」
声を掛けようとするも、喉が詰まって上手く声が出ない。
「診たところこれは、王様と同じ呪いだろう」
ルーフェンの側に立っている男性が冷静に告げる。男性からは様々な薬品のニオイが漂っていた。おそらく医者だ。それもきっと魔法医師。
「王様と同じ呪い」
魔法医師が口にした言葉を繰り返す。
その瞬間、"呪い"という言葉にこれほどの恐怖の重みがあったのだと知る。
魔法医師とおぼしき男性は、ルーフェンの袖をおもむろにまくりあげた。
服の下に隠れていたのは、禍々しい気配と、黒く脈打つ伸びた影。
その影は枝のようにルーフェンの腕に絡まり締め付け、そして傷つけていた。腕はうっ血し、腫れ上がっている。
「こんなっ、なんでっ…?さっきまでは普通だったのにっ……。それに、それに王様よりもずっと酷い状態っ!どうしてっ?なんとかならないんですかっ?」
恐怖と怒りが入り交じり、私は思わず魔法医師に向かって声を荒げ一気に言う。
そして私は魔法医師の真っ白で汚れのない白い服を、強い力でギュッと掴んだ。
「治療の仕方が分かっていれば、もうとっくにやっている。俺たちだって王様を救いたいし、この人の事だってなんとか救おうと努力はしてる」
魔法医師は冷静に、そして凄みのある声で言い放った。
その言葉にハッとなり、冷静を欠いた自分に気づく。恐怖も怒りも相変わらず収まらないが、頭は冷えた。
「ごめんなさい」
「……いや、こちらもすまない、厳しく言うべき時ではなかったか。この人は王様と違って魔法使いではないから、魔法の耐性が弱いんだ。だから王様よりも症状が重く、進行も早い」
魔法医師はルーフェンの袖を丁寧に戻す。
「そ、そんなっ…」
「呪いを遅らせるには眠っているのが一番だから、意図的に魔法でそうしてる。もしも目が覚めたら、また同じ魔法をかけるから、その時はオレに声を掛けてくれ」
私は黙ったまま頷いた。
「それと最後にひとつ。王様が呪いかかっていることは、ほとんどの者が知らない。だからこの人の呪いのことも、くれぐれも内密に。進行を遅らせられる手段がないか、魔導師長とも相談して探ってみる。だが実際はもう、あらかた調べ尽くしてるんだがな……」
「私に何か出来ませんか?なんでもいいんですっ。お願いします……っ」
「だったらこの人の側にいてやりなさい。君に出来るのはそれくらいしかないが、それも大事なことだ。……騎士長殿、この事を王様へお伝えしていただけますか?」
「ええ、もちろんですとも。……ホープさん、大丈夫。彼らは優秀ですからな。きっとなんとかしてくれるでしょう。だから今は待ちましょうや。心配せんでも大丈夫」
バラバイはかがんで私と目線を合わせながら言った。しかし、その言葉とは裏腹に、彼の目には不安が宿っていた。
きっとなんとかしてくれる?誰かが何かをしてくれる?
それを待つの?それでいいの?本当にそれでいいの…?
「ではホープさん、わたしは王様と対応を考えますからな。また様子を見に来ますが、ホープさんはルーフェンさんのことを見ててやって下さいな。それも本当に大事な事ですからな」
「はい。バラバイさん、来てくれてありがとうございました……」
魔法医師とバラバイは、やがて部屋から出ていった。
雪は止み、月の光が差し込んだ部屋には、私とルーフェンだけが取り残されていた。なんだか世界の全てから置き去りにされたみたいだった。
思い出せ。ただ待って見ていて、最後はどうなった?
雪夜の惨劇が鮮明によみがえる。
そう、おじいは死んだ……。
だったら何もしないで待ち、何も出来ないと諦めるのは止めよう。
「私はピューランで魔法使いなんだから、何か出来るはずよ」
声に出し、そうして自分に言い聞かせる。
「ううっ…。イリー……ナ…、イリーナ…」
ルーフェンが額に汗を滲ませながらうわごとのように、でも確実に、その名を口にする。
求めるようにして呼ぶのは、一体誰なのか。
この人を死なせてはならない。
「ルーフェンさん。絶対私がなんとかします。だからどうか今はただ眠って下さい……」
そうやって聞こえているのかも分からない彼に語りかけ、額の汗を清潔な布で拭う。
「イリーナ…。俺、…お前に……会って……」
「ルーフェンさん、大丈夫ですから。だからどうか眠って下さい」
「ううっ…っ……」
それでもルーフェンは苦しそうに、うなされたままだった。
ルーフェンの右手を、私は両手で静かに握った。
彼の手は大きくてゴツゴツしていた。私の頭を撫でてくれて、勇気を与えてくれる手。
だが今そこに、力は込もっておらず、すっかり冷えきっている。
そしてどれだけ握っても、握り返してくれることはなかった。
「眠れ、眠れ……」
かつて誰かにそうやってもらったのを思い出して、ルーフェンの手を握り、語りかけるように歌う。
「眠れ、眠れ、深き青に抱かれて。彼方から舞い降りた、白き翼の森の賢者。血に染まりし月灯りの下、それは静かに羽ばたきて、深き青の底にて眠る。……眠れ、眠れ……精霊の湖で……。青の底では全ての罪が流される。清く尊き精霊の、魂が紡ぐこの唄に……、願いを込めて、いざ祈ろう……」
遠い昔、いつかどこかで聴いたことのある子守唄を、私は優しく穏やかに唄う。
もう顔も声も思い出せないけれど、いつかどこかで誰かが、眠れない夜に何度も歌ってくれた……。
歌詞の意味はイマイチよく分からないけれど、この美しい旋律が好きだ。
だからこそ、今歌う。大切な人を少しでも癒してあげたいから。
歌い終えると、ルーフェンは静かな寝息をたてていた。どうやら深い眠りについたようだ。
ただ歌っただけなのに、なんだか私はすごく疲れて、ふらふらと、ルーフェンの眠るベッドから少し離れた白いカウチに横たわる。
ふぅと小さくため息をついた。体に力が入らない。
意志を込めた魔法を使ったことを直感する。
だとすればどのような意志を込めたのだろうか。
ルーフェンを癒したい?ゆっくり眠らせてあげたい?その両方かもしれない。
『意志ではなく意味を込めろ』と小さな魔法店の店主に言われたことを思い出す。意志を込めることは曖昧で、確かに危険だ。
なぜなら自分でもどんな意志を持っているのか、十分に確認することはできないのだから。
強い意志を持とうと、カウチから立ち上がって背筋をしゃんとした。
「私がなんとかするの。絶対ルーフェンさんを助けるんだ」
「ルーフェンさん、待ってて下さいね。よし……。イルマさんに会いに行かなくちゃね」
私はドアを開けて長い廊下を早足で行く。
向かう場所はもちろん彼女の部屋だ。
廊下は不気味な程、静まりかえっている。夜が更け、皆寝静まっている頃だ。
誰も巻き込みたくないから、人はいない方がいい。
だから今の時間は好都合だ。
策は何もない。どんな結果になるか検討もつかない。
だが、自分が何をしなければならないのかだけは、直感的に、本能的に分かっていた。
獣の勘……、いや、オオカミの勘、なのだろうか……?
イルマの部屋までは結構距離があるはずなのに、直ぐに着いたような感覚だった。
驚くほど冷静で落ち着いている自分がいる。
よどむことはなく、もう、覚悟は決まっていた。
『コンコンッ』
「……はーい、どなた?」
『ガチャ』
「あら、ホープちゃん…。こんな真夜中にどうしたの?」
「……分かりますよね?どうして私がここに来たのか」
「……あぁ、そうなのね。あなたがお告げにあった"雪夜に招かれた許されざる罪人"だったのね。……一人で来たの?」
「はい。イルマさんと二人きりで話がしたかったんです」
「そう。……だったら竜骨の広場に行かない?どうしてかしら、なんだか、あそこで話がしたい気分なの」
「ええ、分かりました」
「じゃあ行きましょうか」




