第4章9話「暗雲」
ルーフェンの部屋から出て、自分の部屋に戻り、手足を投げ出してそのままベッドに大の字になる。
「なんであんなこと言っちゃんたんだろう。取り消したいよ。」
枕に顔を埋める。
「ルーフェンさんは死にかけの私を拾っただけなんだ。だから旅に私を連れて行く義理はないんだよ、ホープ。ここまでしてもらったんだから、これ以上望んではいけないんだ……。」
そう自分に言い聞かせる。
あぁ、私がもう少し大人であれば、一人で生きていけるのに。
きっと大人になれば寂しくない。
そうすれば、誰にも迷惑を掛けることなく、自由に、自らの思うままに一人で生きていけるのに。己の幼さを憎む。
今すぐにでも謝るべきだろう。
でも、一体どんな顔をして?
目の奥から熱いものが込み上げてきて、堪えきれず、それが枕を濡らしていく。
『コンコンッコンコンッ』
低いノックの音が部屋に響く。
「えっ?だれ?ルーフェンさん?」
もしかして話をしに来てくれたのだろうか。
「おおーい!ホープ?いるのか?開けるぞ」
声の主はすぐに分かった。声変わりの始まった、ガサガサ声。
「サイガ?」
名前を呼ぶと、ドアがガチャリと開く。
「よお。ちょっと頼みがあって……、ん?なんか涙目だけど……、あぁ、眠いのか?もしかして寝るところだった?」
「ううん。どうしたの?頼みって?」
私は名一杯の笑顔を作り、彼に応えた。
「そうか。なら良かった。えっと、あのさ、俺と一緒に年分け祭に出てくんないかな?」
***************
「よお、デイエラ!待たせたな。こいつがホープだ」
サイガは元気いっぱいに言う。
私はサイガに連れられて、見慣れぬ部屋に連れてこられた。
部屋はキラキラした服や、楽器、良く分からない道具などが沢山置かれている。どうやら使っていないものもあるらしく、ホコリを被っているものもあった。
そしてこの部屋の真ん中には、見知らぬ少女が一人、腰に手を当てて待っていた。
「来たわねサイガ!ハーイ!あなたがホープね?」
「えっと、あの…、どういうこと?」
私は戸惑いながら、サイガとデイエラと呼ばれた少女の顔を交互に見る。
「うっしっし!あたしにどーんと任せなさ~い!じゃ早速着替えましょ!」
人差し指で鼻を擦りながら、私の手を引っ張っていく。
「オッケー!頼んだぜデイエラ!じゃあなホープ」
「えっ!ちょっと待ってサイガっ…!」
ヒラヒラと手を振って、彼は私を、デイエラと呼ばれた少女の元に残し、出ていった。
「あたしデイエラ。よろしくね、ホープ」
くりっとした可愛らしい目をしたデイエラという少女は、私と同じくらいの歳だろうか。彼女はニッコリと笑顔で手を差し出す。
「よ、よろしく…。って着替えるって一体何するの?」
差し出された手をそっと握り返した。
「ん~?聞いたでしょ?年分け祭のこと」
「えっ?えぇ…。サイガに年分け祭に一緒に出ようって言われたけど…。何をするの?」
「何をって……?お祭りなのよ?男の子が女の子を誘う理由なんて、ひとつしかないじゃない!ダンスよ、ダ・ン・ス!」
彼女は人差し指を立てて、なぜか誇らしげな顔だった。
「ダ、ダンスっ?」
「うん。サイガから聞いてた通り、あたしとあなた、同じくらいの背格好ね。これならあたしのドレス着れると思う」
「え?ちょっと待って!ダンスとそれにドレスって…。というかあなた誰?」
「だ~か~ら~!デイエラって言ったじゃん」
「いや、そうじゃなくて……」
「あぁ、そうね。おっけー!じゃ自己紹介しましょ!さっきも言ったけど、あたしはデイエラ。城の楽団員よ。舞踏会なんかで王様や貴族様の前で演奏してるの」
「舞台用のドレスを貸してくれないかって、サイガに頼まれたの。それじゃあなたのことを聞かせて?」
「へぇ~、そうだったの。よろしくね、デイエラ。……私はホープ。訳あってルーフェンさんって人と、一緒にこの城に来たの」
「ふーん、訳あって、ねえ。なんかだか危険な香りがするわねぇ。」
腕を組みながら、彼女は私の周りを一周する。
「きっ、危険な香り?」
「うん。……訳ってどんな?あなた達は行商人、とか?」
眉を潜め、くりっとした可愛らしい目がやや細くなり、首を傾げる。
「ううん、違うの。強いて言えば旅人かな」
私も同じように、眉を潜め、首を傾げた。
「へぇー、旅人かぁ、素敵じゃない!色んな所を回って、色んな人に出会って……。自由で良いわね」
デイエラの顔がパッと明るくなり、顎の前で手をギュッと組んだ。
「自由……?私が?」
自由?私は他の人の目から見れば、そう見えるのだろうか。
「ええ、だってそうでしょ?……さて、じゃあ、ドレス選んでみよっか?」
「えっ、でも私、ドレスなんて……」
「う~ん、あっ!これとかどうかしら?基調にしてるの紫だし、ホープの瞳に合うと思うの!着てみて!ほら早く上の服脱いで!」
「えっ!?ちょっ、ま、待ってっ!」
「恥ずかしがることないじゃない。女の子同士なんだから、脱がないなら脱がしてあげるわ!」
と、強引に服を引っ張られる。
「ちょっと、待ってっ!」
「えいっ!それぇっ!……て、えっ?……な、何よこれ。あなたこの傷、どうしたのっ!?こんなにたくさん……」
彼女の顔は青ざめていた。
驚くのも無理はない。私の体中には奴隷の時に付けられた無数の傷跡があるのだから。
「服、返してくれる?」
彼女の顔を見たくなくて、服に目線を落とす。
「大丈夫っ!?誰にやられたの?もしかしてルーフェンって人に……?」
一瞬見えた彼女は、今にも泣きそうな顔だった。
「違うの。ルーフェンさんは違う。あの人は優しい人だよ」
デイエラから受け取った服をサッと着ながら言った。
「だったら一体誰が……?」
「……もういいの。この傷をつけた人は、私の側にはいないんだから」
しばらく沈黙が続く…。
「ご、ごめん。変な空気になっちゃった。でも心配してくれてありがとう。うーん、だけど何にしろ、私はダンスなんて踊れないから」
「そう…。ねぇホープ、もし仕返ししたい人がいるならあたしに言ってね。父様に言って懲らしめてもらうから」
拳を握りしめながら、デイエラは言った。
「ありがとうデイエラ」
「うん……。さっ!この話はもう終わりにしましょ!年分け祭のことは、あたしの方からサイガに断っておくね。それよりあなたと友達になりたいな!いいよね?」
「ええ。もちろん。私もあなたと仲良くなりたい…」
「ふふふ~、じゃあね、あたしの演奏聴いてくれる?あたしチェロやってるの!」
「へぇ~、カッコいいね。うん、聴かせて?」
「任せて!年分け祭で演奏する曲弾いたげる」
デイエラはクローゼットの中から"デイエラ"と名前のプレートが貼ってある楽器ケースを取り出した。次にサッと慣れた手付きでチェロと弓を取り出し、小さな丸いすに座って構えた。
「よし、じゃあね、"旅人の朝食"って曲弾くね?」
「~♪」
彼女は息を整えてから弾き始める。
華やかな曲だ。どこか民族性を感じる独特な、リズミカルさがあり、耳触りは心地よい。
目を閉じると体の振動がより感じられ、なお一層心地よくなる。
「じゃーん!聴いてくれてどうもありがとう!どうだった?」
『パチパチパチパチ……!』
「デイエラ上手。こんな綺麗な曲だったら、年分け祭に参加したくなっちゃった。いいなぁ、私も楽器出来たらな……」
「うふふっ!満足してもらえたみたいで良かった。楽器やりたいの?じゃあ練習してみましょうよ!」
「えっ?」
「音楽の楽しさを色んな人に知ってほしいの。それに使われてない古い楽器がいっぱいあってね。楽器も眠っているなんて可哀想じゃない?ほら、楽器を選ぼ!」
デイエラは名前のプレートが書かれていない楽器ケースをいくつか引っ張り出して、順番にケースの蓋を開けていく。
「じゃーん!どんな楽器が好み?金管?木管?」
「キラキラ光っててどれもキレイ……。ねぇ、オーボエの音に合う楽器ってなんだろう?」
「オーボエに合う楽器?オーボエがやりたいんじゃなくて?」
「うん」
「ふーん。なんだかホープって変わってるね……。そうねぇ、……掛け合いならフルートかバイオリンかしら?」
「フルートかバイオリンかぁ。……そういえばフルートの音、私好きだな……。小鳥みたいに高くて可愛い音だけど、それでいて、どこか気品も持ち合わせているような不思議な音……。そこが好き」
「へぇ~。ホープって面白い感性してるのね。表現の仕方が独特だけど、なんとなく的を得てる。可愛いけど気品があるって……、なんだかあなたみたいね。ふふっ、ホープに似合ってると思うよ」
「そ、そうかなぁ?えっと、じゃあフルートを教えてくれる?」
「あ、そっか、ぐぬぬっ…、フルートかぁ…。あたしさ、バイオリンとかチェロとか、弦楽器は得意なんだけど、フルートって少ししか触ったことないから、教えられないわ……。あっ、そだ!イルマおねーちゃんお願いしてみよ」
「イルマおねーちゃん?」
「うん。とっても綺麗で優しい人だよ。お城の魔導師なんだけど、フルートものすごく上手なの」
「魔導師の上にフルートも上手なのかぁ。多才な人なんだね」
「ええ、そうでしょう?イルマおねーちゃん、この時間なら、たぶん部屋で魔導師の仕事してると思うけど……。でもちょっとくらいならいいよね。ね、行こ?」
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と、デイエラに連れられて、城の一室の扉の前に連れてこられた。
今日は連れ回されてばかりだ。
「おねーちゃん!イルマおねーちゃん!」
フルートの楽器ケースを胸に抱えたデイエラは大きな声でイルマという名前を呼ぶ。
しかし返事がない。デイエラは待ちきれなかったのかドアを開けた。
部屋のドアを開けると、サッと血の気が引く。
(この嫌な臭い……。まさか…)
「待って、デイエラっ!」
「えっ?どうしたのホープ?」
「はーい、はいはーい、どなた?」
部屋の奥から一人の女性がこちらへ向かってきた。彼女はにこやかな笑顔を浮かべていた。
しかし彼女からかすかに香ってくる。
呪いを受けた王と同じ臭いが。
『これはな、術者自身も命をかけ行うものらしい。術者も同じ呪いにかかり、どちらかが死ぬまで解けぬ命の魔法だという……』
頭の中で、呪われた王が私に教えてくれた言葉が響いた。
「あら、デイエラ、こんにちは」
「イルマおねーちゃん、遊びに来たよ!」
私は固まって動けなかった。でも目だけは彼女から離せなかった。
「……あら?その子は?デイエラの新しいお友達?」
不思議そうな表情のイルマは、少しかがんで私と目線を合わせた。
そして再びにこやかに微笑んだ。
「わたしはイルマ。どうぞよろしく」
彼女の均整のとれた笑顔を見ながら私は悟った。
(あぁこの人だ…。この人が王に呪いを掛けた張本人、影の仮面を被った主導者だ……)




