第4章8話「伝えた心」
見えないほどの遥か高い所から、キラキラ輝く結晶がたくさんたくさん舞い降ちる。それらは世界を白金色に染めていた。
雪は好きだ。美しく降り積もっていくそれは、耳を塞ぎたくなるような喧騒も、顔を背けたくなるようなニオイをも和らげてくれるから。
「雪か…。好かんな」
ルーフェンがポツリとそうつぶやく。
その言葉に、視線を窓の外から室内のルーフェンに移す。
「えっ…。寒いから、ですか?」
「もちろんそれもあるが、雪や雨だと足の古傷が、なぁ…」
そう言って義足をカツンと指で弾く。
ルーフェンは怒ったような困ったような、変な表情だ。
「えっ、大丈夫ですか?タルガ、呼んできましょうか?」
思わずルーフェンの側まで駆け寄り、顔を除きこむ。
「ふっ。いや、なに、天気の悪い日に年寄りが腰が痛いと言うのと同じだよ」
ルーフェンは『問題ないさ』というような感じで、軽く手を挙げながら言った。
しかし私にはなんだかルーフェンが我慢しているように感じた。
私はルーフェンを見つめる。
そしてふと思う。
いつか、この人は本当の素顔を私に見せてくれるだろうか?それはどんな顔なのだろうか…
「……あ!じゃあこうしませんか?これから雪や雨の日は、私が狼になって背中に乗せます。そうすれば足の痛みなんて気にならないでしょう?」
「えっ…?ははっ。ホープ、そういうのは魔法をきちんと扱えるようになってから言うもんだぞ」
「あははっ……。そ、そうですね」
私は頭をポリポリと掻きながら、彼に苦笑いをした。
ルーフェンはその様子を見て、意地悪そうに少し笑う。
「だが……。礼を言うよ」
ルーフェンは穏やかに笑う。
それにつられて私も穏やかにうなずいた。
(あぁ、これから先もずっとこういう日が……)
「…っあの!ルーフェンさんは呪いの首謀者を見つけた時のご褒美、もう考えているんですか?」
「ん?なんだ突然。まだなんの検討もついていないのに、ずいぶんせっかちだな」
「いやえっと、ただなんとなく、ルーフェンさんは何を求めているのかなって…」
「おいおい、なんだそれは?」
ルーフェンは言葉通り、不思議そうに眉をひそめた。
「……そういうお前はどうなんだ?何かほしいもの、あるんじゃないか?」
フッと軽く笑いながら、優しく問いかけた。
「いや、私はルーフェンさんの望みを聞いてるんですけど」
「お前のを聞いたら答えてやらんでもない」
「すごく意地悪ですね。……うーん、私のほしいもの?」
そうして私は口を真一文字に閉じ、頬をポリポリ掻きながら考える。
彼は腕を組み、私の返答を待っていた。
「私のほしいものは……」
とそこで口を閉じる。
「どうした?言ってみろ。王ではないが、俺でも叶えてやれるかもしれんぞ?」
ルーフェンはなんだか真面目に言った。
「私のほしいものはきっと叶わないから……。だから言えません」
「叶わなくても口に出すくらい構わないじゃないか」
「でも……」
「望むだけなら、なんでも許されるはずだ」
「本当に?」
ルーフェンは静かにうなずく。
そして彼の茶色い瞳が私に優しく微笑みかけた。
「叶わなくても、望むことだけでも許されるなら、……私、ずっと思っていました」
「何をだ?」
私はルーフェンを真っ直ぐに見つめる。
そして思いきって、閉じ込められた想いの詰まった蓋を開け放った。
「私、……ルーフェンさんと一緒にいたいです…。これからも一緒にいさせて下さい……!私をこの城に置いていかないで下さいっ!」
一度開けてしまったそれは、血のように一気に溢れ出し、言葉になって流れ出ていく……
『えっ…?お前何を言って……?』
「そして私の、私のっ……!」
『……っ、ホープ起きろ』
「私のおとーさんに、……うん?」
『…………おい』
肩を小さく揺らされて、ゆっくりまぶたを開けた。
まぶたを擦りながら体を起こす。
どうやら机に突っ伏して眠っていたようだ。
「ホープ、こんな所で寝てたら風邪引くぞ」
「ルーフェンさん?」
かすむ目に飛び込んできたのは、腕を組むルーフェンだった。
「あれ、さっきのは夢?…………ハッ!」
顔が一気に熱くなって、目も一瞬で冴え渡る。
「ル、ルーフェンさんっ!?私、寝言とか何かおかしなこと、言ってなかったですかっっ!?」
その言葉にルーフェンは一瞬眉を潜めた。が、次の瞬間には、いつもの表情に戻って口を開く。
「…………おい、ヨダレたれてるぞ」
「えっ…」
どうやらヨダレが汚いと思われただけみたいだ。
ホッと胸を撫で下ろし、口の端のヨダレを拭く。
「それよりお前、俺の部屋で一体何してるんだ」
「えっ?……えっと私、ルーフェンさんが帰ってくるまで部屋で待とうと。でも暇だったから魔法の練習してて、それで疲れて椅子に座って……。あれ、そこからの記憶が……」
「魔法の練習?おい、魔法を使ったのか?また倒れたらどうするんだ」
ルーフェンは一気に不機嫌な表情になった。
「あはは、ごめんなさい……」
「まあ大丈夫そうだからとりあえずは良いさ。それで?魔導師に魔法のこと、相談できたのか?」
「ええ。私には根本的な問題があって、魔法の制御は難しいそうです。私はピューランという者だそうなので」
「ピューラン?なんだそれは?」
「えっと、つまり魔法の扱いが下手ってことです。だからこれからキチンと練習しないと……」
「いや、お前はもう魔法の練習なんてしなくていい。これからの普通に暮らしにそんなものはいらんからな」
彼は腕を組みながらピシャリと言った。
「これからの普通の暮らし……」
その言葉を繰り返す。意味のある言葉を。
あぁ、さっきのが夢でなかったら良かったのに。
……いや、ちがうかな。本当の気持ちを伝えたとしても、何も変わらない。
「ん?どうした?気分でも悪いのか?」
「いえ。それよりルーフェンさんは?どこに行ってたんですか?」
「あぁ、バラバイの所だ。王の状態がかなり悪いらしい。そのうち目を覚まさなくるだろう、とさ」
「目が覚めなくなる……。あの、私にも何か手伝わせて下さい。ええっと、まずは……」
「お前は何もするな」
「えっ?どうしてですか?」
「……どうしてもだ。分かったな?」
「でも一人より二人の方が良いでしょう?」
「ホープ、余計な事を考えるな。お前は静かに、何も考えずに過ごしていればいいんだ。分かったな?」
「何も考えずに?」
「ああ」
「……嫌だと言ったら?」
その言葉にルーフェンは正しく面をくらった顔をした。
だが数秒も経つといつもの真面目な表情に戻る。
「俺の言うことを聞くんだ」
彼は冷たい声で言った。
なんだかルーフェンじゃないみたいだ……
「ルーフェンさん、なんか変です」
「……お前の方こそ変だぞ。どうしたんだホープ」
「だって、だってっ!……これが私たちの最後になるかもしれないんですよ……?っだったら何か返させて下さいっ…」
言葉に出すと一気に現実味が増して、泣き出してしまいそうなる。
「最後?」
「だって!ルーフェンさんは私をここに置いていくんでしょっ?それでルーフェンさんはもう二度と、ここには戻ってこないんでしょっ……!」
そこで我に帰り、パッと手で口を押さえる。
言ってしまった……。
だが言葉を止めても、もう遅い……。
ルーフェンはいつもの表情だった。
しかしひとつだけ違うのは、口をきゅっと結んでいて、それをほどく様子は全くない。
恩人のルーフェンにこんな事を言うなんて、本当にどうかしている。
「私、私……ごめんなさい。頭を冷やしてきます」
いたたまれなくなり、私は部屋を逃げるように後にした。




