第4章7話「自由」
「バラバイさんがピューラン?」
「あぁそうだ。そして奴はピューランでありながら、騎士の道へ…」
ヌーシャルは唇を噛みしめて、苦い顔をしている。
「えっと、でもどうしてライバルなんですか?」
「おお!聞いてくれるか?これは長い、なが~い話になるが、それはだな…」
「失礼致しますっ!!」
「んんっ?」
「ん?」
二人揃って声のした方を見ると、半開きになっていた扉に軽いノックをして、会話を遮る青年がいた。
「お取り込み中、申し訳ありません。ヌーシャル様お目にかかれて光栄です。少しお時間よろしいでしょうか?」
「んん?はてさてキミは誰かね?」
「わたくしはラカン伯爵の遣い。例のモノを受け取りに参上しました」
青年は礼儀正しくお辞儀しながら言った。
(ラカン伯爵って確か、背が伸びる薬の……)
「あちゃー、噂をすれば来おったわい。ぐぬぬ…。……ほれほれ、キミはもう出てってくれるかね?見ての通り私は忙しいのだよ」
ヌーシャルは顔を歪めながら、シッシッと手を払う仕草をする。
「えっ?ちょっと待ってください。まだお話が…」
「そんなに学びたければ、魔法学校にでも行けばよかろう。わたし程の大魔導師になると忙しいのだ」
「そんな……、もう少しだけ…」
「あぁっ、もう仕方ない!なら最後に魔法を見せてやろう」
「えっ?」
「ではまた会おうぞ……。テサ・タリア!」
ヌーシャルが右手を少し挙げてそう唱えた。
するとビュッと髪が舞い、思わず目を閉じる。
「っ!?」
次の瞬間には強い突風に煽られ、どんどん押されていく。
「わわわっ?!」
そしてあれよあれよという間に、部屋の外に押し出されていった。
最後に小さな段差につまずき、盛大に尻もちをつく。
「アイタタタ…」
「あちゃぁ~!やってもうたわい…」
ヌーシャルがそう呟くのが聞こえると、もう魔法の突風が無くなっていた。
お尻をさすりながら、部屋の中の二人を見る。
青年は目をまんまるにして私を見ていた。
そしてヌーシャルは少しバツの悪そうな顔をしている。
「こ、断っておくが、転んだのは私のせいではないからな。ではさらば。……ルベン・ツイーニヤ!」
ヌーシャルがまた呪文を唱えると、今度はひとりでにピシャリと扉が閉まった。
そして鍵がかかった音を最後に、私は閉め出されてしまった。
あてがわれた自室に戻ると、再びお尻をさする。
まだジンジンと痛みがあり、いたわりながらそっとベッドに腰かけた。
「むー。確かに忙しそうだったし、魔法はすごかったけど……。女の子に対して実力行使だなんて」
腹立たしく思う。
「もう忘れよう……。さて、これからどうしよう?私も何か仕事しなくちゃ。王様に呪いをかけてる影の主導者探し、手伝おうかな?……それにしても……」
『ぐぅ~~』
「お腹空いた」
『コンコンっ!コンコンコンっ!』
「ルーフェンさーん?……いますか?」
少し待っても返事がない。
「ルーフェンさん?開けますよ?」
思いきってルーフェンの部屋の扉を開ける。
「いない。どこ行っちゃったんだろ?」
昼食を一緒に食べようと約束していたのに。
「それにしても、かなり散らかってるみたい」
ベッドの上には衣類が置かれていた。そして比較的大きなテーブルの上には、楽器と短剣があり、手入れしていたのか、その道具が散乱していた。
「ルーフェンさんって意外と片付けるの苦手なのかな?」
なんとなしにテーブルに近づいて楽器をよく見る。確かオーボエという楽器だ。
小さな金属がガチャガチャと密集していて、下手に触ると壊してしまいそうだ。
「あ、ルーフェンさんの日記だ」
背表紙に『日記』と金の刺繍がなされている。薄汚れてかなり古そうなものだ。
以前にも何度かこの日記を目にしたことはあるが、もちろん中は見ていない。そしてルーフェンがこの日記を付けているところも見たことはなかった。
ただ時々彼がこれを眺めては、どこか悲しそうにため息をついていた。
今までも、そして今まさに、中身を見たくて見たくて仕方がない。
「一体何が記されているだろう……」
今がそのチャンスだ、と日記に手を伸ばす。
が、それを見てはダメだ、と頭の中で誰かの声が響いた。
「見たい!…いやダメだ!………でもやっぱり見たい!うーん、だけど…」
しばらく唸りながら葛藤していたが、結局は誰かの声に負けて、私はなんとか我慢する。
「ダメだ、勝手に見ちゃダメだ。う~~!よし!違うことを考えよ」
自分の頬をパシパシと叩き、気持ちをなんとか切り替える。
「ヌーシャルさんの魔法、すごかったな。そうだ!練習してみよう!最初の魔法は確か、テサ・タリア…」
「ピューランのことはひとまず置いておいて……。呪文の意味を良く分かっておかなければならないのだったかしら」
魔法店でもらった本を開く。ちなみにこれはいつも身に付けている。
「ふむふむ、テサが『疾風』で、タリアが『押し出す』ね。練習台は……」
重そうな椅子が目に留まる。
いや、木でできているから壊してしまうかもしれない。
次にポールハンガーが目に留まる。
細くて軽そうだが、鉄でできており頑丈だろう。
「あれが丁度いいかな。まずは動かしてみよう」
目をつぶってイメージする。
強くて早い風が、大地を荒々しく吹きすさぶ様子を。
「テサ・タリア!」
今だ!と目を開ける。
そして左手を挙げ、ポールハンガーに向かって呪文を唱えた。
すると鉄でできた細い棒はまるで生きているかのように、ゆっくりクルクルと回りながら倒れた。
「やったぁ!成功ね!」
ふふっと笑みが込み上げる。やればできると自分を誉めたいくらいだ。
「もう少し威力をあげたいかな。よし、もう一回!」
私はポールハンガーを起こした。