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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第4章 トレイユ城

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第4章4話「暗示」

『カチャリ……』

 私は王の寝室の扉を静かに閉めた。部屋から出ると呪いの嫌な臭いはなくなり、ホッと息をつく。そうして息をついた所で、部屋の外で待っていたバラバイが、ずかずかと私の前に立ちはだかるようにしてやって来た。


「おや、ホープさん、あなただけですか?」

 彼は少し意外そうに尋ねる。


「はい。ルーフェンさんはまだ中で王様とお話を……」


「そうですか。ではやはりあなた方がお告げの罪人…なのですかな?」


()()()()??えっと…その私は…。たぶんルーフェンさんが…」

 どう答えようか迷っていると、バラバイが先に口を開く。


「……いや、聞くのは止めましょう。あなた方が例え何者であっても、王を救って下さるのなら、それで良いのですな」

 私が戸惑ったのを見て、おそらく私達が人には言えないことを抱えていると勘違いしたのだろう。なんだか優しい眼差しで、彼は遠くを見ていた。

 まぁあながち間違いではないが……


「は、はぁ…」


「……そうそう良い言葉がありますな。人はみな、生きているだけで罪人である…。ありがたいシダ様のお言葉ですな…」

 ウンウンと頷きながら、一人でバラバイは納得している。


「生きているだけで…?」

 どうやらシダという神は、なかなか厳しい神のようだ。だが罪人は()()()、ではなくルーフェンである。それを訂正しようと私は口を開く。


「えっと、確かにそうかもしれませんが、でもたぶんお告げの罪人は私たちというか…その…」


「おや?お告げの罪人はルーフェンさんのことだとおっしゃりたいと?」

 彼は私の言葉を遮って、鋭く投げ掛ける。


「…………」


 彼は口を真一文字に結んで、私をまっすぐに見つめていた。

 なんだか私がお告げをすっかり信じているような感じだが、そもそもそのお告げさえ本当かどうか怪しいものだ。


「……確かに、ホープさんはまだ子ども。そうなのかもしれませんなぁ」

 彼はこう言ったものの、言葉とは裏腹に、とても歯切れの悪い言い方だった。


 モヤモヤした私は、彼に少し強めに尋ねる。

「…だったら……。どうしてバラバイさんは納得のいかないような顔してるんですか?」


「それはですな……」



「それは??」




 そうして少し間があったあと、バラバイはゆっくりしゃがんで私と目線を合わせた。

 大きな体のバラバイが、いつもより小さくなる。するとなんだかざわついていた心が、まるで波が引いていくように落ち着きを取り戻した。

 ――この人は私が思っていたよりもずっと、子供の扱い方がうまいのかもしれない――



「お告げを受けとった時、司教様がおっしゃられたお言葉をがありましてな……」

 バラバイも落ち着いた声でゆっくりと言う。


「司教様の言葉?」

 私の言葉にバラバイは大きくうなずいた。


「……知りたいと願う真実というものほど、実は思いがけぬところから舞い降りてくる……、と」


「思いがけぬところ??」

 なんだか気が抜けて、呆然となる。思いがけないところというのはつまり……私のこと?


「ふふっ。ええ、思いがけぬところから……ですな」

 するとバラバイは急に私の頭をグシャグシャになでた。突然のことに驚きながらも、伸びた髪が視界を悪くしたため髪を整える。彼は優しく微笑んでいた。


「あの、バラバイさん?」


「おっと!すみませんなぁ、いつもの癖で……。ホープさんはなんだか私の娘に似ていてつい……」


(えっ…?私が?)

 そういえばサイガから以前、バラバイには二人の娘がいたと聞いたことがあるような……。


「それでですな、特に上の娘はわたしが思い付かないようなことをよくするのですよ。子ども達は本当に面白い……」

 幸せそうに目を細めて笑うバラバイを見て、その娘を少しうらやましく思った。


「あぁ、そうそう子ども達といえば…。タルガはどこか抜けているところがある…」


「タルガが?…………何かあったんですか?」



「いやなに、ホープさんが起きたら、すぐに知らせてくれと頼んでおったのに……。ホープさんが目覚めたと最初に教えてくれたのは、ギマートでしてな。タルガがなにやら見なれない少女といたと。まぁ、すぐにホープさんだと分かりましたがね」

 そこでバラバイはスッと立ち上がる。そして大きくため息をつくと両手を腰に当て、少し苛立った様子で鼻を鳴らした。



 ギマートというのは、確かこの城で一番最初に会った騎士のことだ。私とタルガのことをひやかした騎士……。



「あはは…。お、怒らないであげて下さい。たぶん私があれこれ頼んでしまったので、タルガは忘れてしまったんです」


『ガチャン……』

 突然大きな音をたてた扉に私は驚く。そこから出てきたのは、いつもにも増して深刻そうな顔をしたルーフェンだった。


「あ、ルーフェンさん!……あの…大丈夫ですか?」

 私の問いかけに、ルーフェンがこちらを向く。


「とんでもないことになったな……」

 彼は頭を掻いてまさしく一体どうしようか、といった感じで腕を組む。


「はぁ……。俺がもし呪いを解けなかったら…。仮面とやらを剥がせなければ…」

 ルーフェンは少し緊張したように、おでこに手を当てた。その様子を見てある言葉を思い出す。




『何か失礼があれば罰せられるかもしれん……』




 これは王の部屋に入る前に、ルーフェンが私に言ったことだ。

 そうだ、呪いを解けなかったら?影の首謀者とやらを見つけられなかったら?

 ……失礼どころか、それこそ大罪人として罰っせられるだろう。

 王を救えなかった罪は一体どれほどの罰を受けるのか……?それはほんの少し考えただけでも恐ろしいものである。

 きっと私が奴隷だった時に受けたどんな罰よりも重いものなのは確かだ。



「ル、ルーフェンさん…」


「…………大丈夫だ。そんな顔するな。お前は何も心配しなくていい」


「おや、それは心強い。まぁそんなことにはきっとなりませんよ。ルーフェンさんは鋭いですし、ホープさんは思いがけない子ですからな」

 バラバイは他人事のようにのんびりと言う。


「ん?思いがけない子……?」

 ルーフェンが眉をひそめて首をかしげた。


「それにですな、王を救えば、お二人はなんでも手に入れることができるのですよ?例えば、ここにずっと暮らすことだってできますし……」


(ここにずっと暮らす……。サイガやタルガ、バラバイさん達とのんびりと…?)

 そこでチラリとルーフェンの方を見ると、ルーフェンも私を見ていた。

 しかし彼が今何を考えているのか、私には全くわからなかった……。

 わからない。結局のところ、この人は私をどう思っているのだろうか?


『バチンっっっ!!』

 どうやらバラバイが手を叩いたようだ。大きな音にハッと現実に戻る。

「あぁ、そうそう!くれぐれも呪いのことは城の他の者へは内密に!…ほとんどの者は、王が魔瘴にかかっていると信じておりますからな」

 そう言って、バラバイは人差し指を唇に当てる。


「マ…ショウ……にかかっている?」

「そうか。あぁ、分かった」

 聞きなれない言葉を繰り返した私に対して、ルーフェンは十分納得したようにうなずく。


「ええ。……ではわたしはこれで。……もし何か用があれば侍女か執事まで伝言を。ではお二人とも、我が王のこと、頼みましたよ。それでは……」

 そうして彼は大股で長い長い廊下を歩いて行った。その様子を私たちはただ黙って眺めていた。




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