第4章3話「王の呪い」
「カツン…カツン…カツン…」
三人で長くピンと伸びた廊下を、規則正しい一定のリズムで、まるで滑るようにして歩いていく。
「そういえば先ほど竜骨の広場で、何か騒ぎがあったようですなぁ。全く、こんな忙しい時に誰が…。お二人はその騒ぎを知っておられますか?」
石の廊下を、どんどん進んで行きながらバラバイがふいに尋ねる。
「えっと…。…はい」
「あぁ」
迷いながら答えた私の一方で、ルーフェンは素っ気なく答えた。普段なら誰に対しても丁寧に接するのに。…珍しい。
そう思いちらりとルーフェンの方を見ると、鼻をこすったり、服のシワを伸ばしたりと、どこか彼から落ち着きのなさを感じる。王に会うのだから当然と言えば当然かもしれない。
「おや、そうですか。いやはや、お二人ともお耳が早いのですなあ」
感心したように彼はうんうんと首肯く。しかし自分の部下が起こしたことを知ったら、きっとカンカンになって叱るだろう。
(そうか、今から王に会うのか……。この国に奴隷制はないってタルガは言ってたけど……。きっと王って人を見下す嫌なやつなんだわ)
無意識に左手の甲にあるカラスの火傷の跡をなぞっていた。これは私が奴隷になったときに付けられたものだ。この火傷を見るたびに思い出す。上に立つものの仕打ちを。
手袋を持ってくれば良かったと後悔した。袖で丁寧に跡を隠す。見られたら何か言われるかもしれないから…。
「さあ着きましたぞ。この先に王がおられる。準備は良いですかな?」
大きな扉の前でバラバイが言った。いつの間にか到着したようだ。扉の前には若い衛兵が二人立っている。
「いや、少し待ってくれ……。ホープ、ちょっとこっちへ来い」
「はい?」
「ホープ、お前は賢いから分かっていると思うが、何か失礼があれば罰せられるかもしれん……。出来るだけ俺が答えるからお前は黙っていろ。いいな?」
バラバイに聞こえないようにルーフェンはコソコソと私に告げる。その言葉に肝が冷えた。
「は、はい…」
「よし…。…悪い待たせたなバラバイ、もう大丈夫だ」
「いいえ。ちなみにわたしはおじゃまなようですから、すぐに退出して王とあなた方の三人だけになります。お二人のことは信用していますが、もし王に何かあれば……。失礼のないよう頼みましたよ。では……。王よ、失礼いたしますぞ!」
扉の先は玉座の待つ大広間……ではなく、寝台、椅子、机、タンス…明らかに寝室のようだった。
部屋に入ると何か奇妙な香りがかすかに鼻についた。それは気を抜くと感じられないような、本当にかすかに匂っていた。自然界には存在しないような、薬品のような、でもちがうような……。でもとても嫌な臭いだった。
「王よ、二人をお連れしましたぞ。」
そして寝台からソロリと起き上がるシルエットに驚いた。それは女性だったからだ。王とは男だと思っていたのだが…。
寝台から起きた王は姿勢よく立ちあがった。王はこちらを真っ直ぐに見ていたのだった。
トレイユ王とは女性だった。年齢は40を過ぎた頃だろう。しかし美しく年を重ねたようで、凛とした涼やかさを持っていた。あのアルシアという王子と同じで赤毛に灰色の瞳をしていた。だが顔だけは全く似ても似つかなかった。
「ではわたしはこれで失礼しますぞ」
「ああ、ご苦労だった」
バラバイは王の返事を聞くと大股でゆっくりと部屋から出ていき扉を閉めた。本当に部屋には王と私とルーフェンの三人だけになった。いくらなんでも不用心ではないのだろうか…?
「そなたが罪人か?」
「えっ??」
「ん…?」
不意打ちをくらい思わず声を出して反応してしまう。ルーフェンについ先ほど口を開くなと言われたところなのに……
「いや、失敬。わたしには関係ないことか……。すまん、紹介が遅れたな。わたしがこの国の王である」
ゆったりとして低い声、沈黙を恐れない話し方から、自信のある強い女性だと思った。―――がそれに反して彼女の顔は弱々しく青白かった。それにずいぶんと痩せ細り、体調も良くないみたいだ。
かすかな臭いは彼女からのようだ。病でそういった薬を飲んでいるのだろうか?
(ホープ、片膝をついて顔を下げろ…)
(あ…、はい)
ルーフェンのマネをして言われた通りにする。
「そなたらがルーフェンとホープか…」
話し方があのアルシアという第二王子と同じだ。
「二人ともよくぞ我が城へ参った。前置きは良いだろう……。単刀直入に用だけ伝える」
(用?私たちに何か用が?)
なんだろうかと思案するが、全く想像がつかない。
そうして次に王は絞り出すように言った。
「……わたしの命を救え」
「…はぁ……?王のお命を…ですか?」
隣のルーフェンはまさしく面食らったというように、声が少し上ずっていた。
「ふっ…。なんのことか分からぬという顔をしておるな」
彼女は意地悪そうに少し笑う。顔を臥せながらも少し伸びた前髪の隙間からそれを覗き見た。
「見ての通りわたしは弱っている。だがこれは病ではない。呪いを受けているのだ。城の魔導師長が言うには死の呪いらしい…」
(呪い?死の…?)
彼女はそういうと腕をまくり上げた。
(……っ!!)
戦慄する。腕には血のように真っ赤な模様が伸びていた。それはまるで枝のように彼女に巻き付いている。そしてその腕から嫌な臭いが漂っていた。あれはどうやら呪いの臭いだったらしい……。よく嗅げば血のような臭いも混じっていた。とにかくすごく嫌なものを感じる。
「……これは全身に廻っているのだ。おそらくわたしの王位を良しと思わぬ者の仕業だろうな……。そなたにはその術者を探してほしいのだ。褒美はそう……、そなたらの欲しいものをなんでもくれてやろう。金でも女でも地位でもなんでもだ。……さぁ、引き受けてくれるな?」
王は答えを急いでいるのか、矢継ぎ早に言葉を並べていく。
「お待ち下さい…!一体どうして俺たちが?優秀で信頼できる部下はたくさんお持ちでしょう?それなのに……」
ルーフェンは困惑しているようで、声から緊張が伝わってくる。
「あぁ、その通りだな…。そなたが疑問を持つのも無理はない。だがこの…、このシダ様のお告げの内容を聞けば分かるだろう」
「シダ様のお告げ?」
「そうだ。我が国とスウガの国とは深い親交があってな。知っての通りスウガには神の声、すなわちシダ様の声を聞く司教様がいらっしゃるわけだが…」
スウガとは戦祭りをしたあの国のことだ。優しく笑うレギンの居た国…。
「戦祭りの時期になれば毎年、スウガへバラバイを遣わせスウガ国王と謁見させるのだ。そして司教様からお告げをいただく許可をもらっている。そのお告げを記したものが……これだ」
机の上に置かれていた本を彼女は取り上げた。表紙にはそのままの通り『お告げ』と書いてある本を、彼女がそれを私たちに見えるように向ける。
「これには次の戦祭りの時期までのお告げがいくつか記されている。きっとそのどれもが決断が難しいもの、困難な問題に対し、道を拓いてくれるものとなるだろう。……まあそれは良しとして、その中にわたしの呪いに関するお告げがあったのだ」
話を聞きながら思った。彼女への呪いは不憫に思う。しかし私にはいるかどうかも分からない神のお告げなんて正直信用できない。
でもこの王は至極真面目に悩んでいるようだった。
「お告げ…」
ルーフェンがぼそりとそう呟いた。
「その内容とはこれだ。読み上げる、よく聞くがよいぞ」
本を開きゴホンと少し咳払いをして、彼女は息を大きく吸った。
「『鹿が臥せる時、主導者は立ち上がる。だが心せよ、彼を信じてはならぬ……。その者は影の仮面を被っている。その影こそが鹿の心臓を喰らいつくすのだから。
雪夜に招かれた客は許されざる罪人である。しかしその者を帰らせてはならない。仮面を剥がすことが出来るのは罪人ただ一人であるからだ。
さすれば鹿は再び立ち上がるであろう……』以上だ」
やはり体調が良くないようで、彼女はそれを読み上げると豪華な椅子にゆっくりと腰を下ろした。
ほら思った通りだ、と心のなかで声が響いた。
神のお告げというものはちんぷんかんぷんで、ほとんど理解できなかったからだ。
「…内容はどう解釈すれば?」
ルーフェンも理解できなかったようで、眉をひそめながら言った。
「重要な単語は、鹿、仮面、罪人だろう……。鹿というのは十中八九わたしのことだ。断言できる。トレイユの象徴は鹿なのだからな」
あぁ、それで…と一人納得した。この国の騎士が着ていた服には青い花とそして鹿の刺繍がなされていたからだ。
「それで、鹿が臥せる、つまりわたしが死ぬ時に新たな主導者が現れる。しかしその者こそが黒幕、もしくは呪いの術者本人で、後に王になるということだろう」
納得のいかないようにフン、と鼻を鳴らした。
「だが光はある。仮面を剥がせる、つまりは黒幕をあぶり出すのは雪夜に来た客。その者は罪人らしいが…。まぁわたしには問題ない。命を救ってくれるならばな」
「…その罪人が俺たちだと言うのか?」
「まずこの時期に城へ客を招くことはない。それにそなたたちは雪夜にやって来た……」
王はもう確信しているみたいだった。ウンウンと頷きながら言う。
「だがバラバイから客は二人いると聞いていたが……、まさかその一人は子どもだったとは。ホープという者が目を覚ますまで待たなくても良かったのだな。…全くバラバイめ…。まあ良い。さすればルーフェン、罪人とはそなたを指すのだろう」
のけ者扱いされたことに少し腹が立ったが、王の言う通りだ……。
確かにルーフェンは昔、罪を犯したと自分で言っていた。そうしてその罰として足を切りおとされたと…。
そんな壮絶な彼の過去には興味が湧いて尽きないが……
今はとりあえず隅に置き、やはり雪夜に招かれた客とはルーフェンなのだろう。彼は鋭いからすぐに解決してしまいそうだし。
「わたしにはもうあまり時間が残されていない。この呪いはやがて心の臓に届くだろう。……これはな、術者自身も命をかけ行うものらしい。術者も同じ呪いにかかり、どちらかが死ぬまで解けぬ命の魔法だという……。わたしには分かる。呪いからやつの鼓動を感じる…。どうやら生命力はやつの方が上らしい……」
「…引き受けてくれるな?」
有無を言わさぬ鋭い口調。ほとんど強制だ。大理石でできた床を見つめながらそう思った。
しばらく沈黙が続く…。そして沈黙を破ってルーフェンは答えた。
「…分かりました、お引き受けします…」
彼の返事は低く控えめなもので、広く高い天井にすぐに吸い込まれてしまった。
「そうか、礼を言うぞ…」
頭を垂れているため王の顔は見えない。が、おそらく安堵したのであろう、椅子に深くもたれ掛かったのが音で分かった。
「心辺りは何かあるのですか?」
「心辺りか……。どうだろうな。わたしは民が飢えていれば救い、貴族達が盗賊に困っていれば討伐隊を組み、城の者へは一人一人名を覚えその苦労を労ってきたつもりだが……。……わたしは誰かから恨まれていたのだろうか…」
彼女は肩を落としていた。それだけで彼女の想いは十分すぎるほど伝わってくる。
「……ホープよ、退屈であろう。もう下がって良いぞ。すまなかったな。……ルーフェンはもう少し話がある。ここへ残ってくれ。この国のことを大まかに話そう……」
急に名を呼ばれてびっくりしたが、自分のやるべきことは何となく分かる。
私はゆっくりと立ちあがり、深くお辞儀をする。
そうして王の目を真正面から捉えた。彼女も私を捉えていた。やはり力強い瞳をしていた。私は誤解していた。王にも他人を思いやるこのようなヒトがいたのだ……。
「失礼します」
私はそう言うと大きな扉へ向かって足を運んだ。そうしてルーフェンを部屋へ残しそこから出ていった。




