第4章 2話 「兄弟」
「ここに座っていて下さい」
タルガはそう一言告げ私を座らせると、白く塗られた薬品棚に足を引きずって行く。その棚の中の薬品は、貼られたラベルが壁がわを向いているような乱雑な棚だ。
「私は大丈夫だから。少し休んだら良くなったみたい。それよりもタルガの方が心配だよ!」
「僕こそ大丈夫ですよ。ホープさんは大事なお客様なんですからなにかあったら大変です。……ああ、またこんなふうに並べて…。きっとゾーラさんですね。毎回注意しているのにこんなに適当に…」
彼はぶつぶつ文句を言いながら、ラベルを表に向けたりとごそごそしている。おそらく目当ての薬を探しているのだろう。
私たちは治療室と呼ばれる部屋に来ていた。アルシアという若者が医務官を呼んで来ると言っていたが、タルガに連れられ、なぜか彼らが来る前にこの治療室にやって来たのだった。
竜骨の広場には20人程の多くの人がいたが、そうやってすばやく治療室にやって来たのは、ほんの数人だった。
あの騒ぎの元凶の、ベベルという魔法使いは、身分が高そうな男たちに連れていかれ、その一方で、挑発していた騎士たちは、ひどい怪我をしていたようだったが、ばつが悪そうにそそくさと退散してしまったのだった。
「ねぇ、さっきの広場で待ってなくて、医務官に診てもらわなくて、本当に平気なの?」
薬を探すタルガの背中を見つめながら尋ねる。
「医務官は魔法の怪我専門ではありませんから。アルシア様もそこの所なかなかお分かりになって下さらないのです……」
それが当たり前のことのように、すらすらと言葉を並べていく。
「えっと、じゃあ誰に診てもらえば正解なの?」
「それは僕ら魔法医師、ですよ!」
彼は探し物の手を止め、こちらを向いて少し誇らしげに鼻をこすりながら言った。
「まほういし……?」
初めての単語に眉をひそめる。治療室は薬品の独特な匂いでこもっており、それが絶えずツーンと鼻についてまわる。
「はい、城内でさえ魔法医師と普通の医者は特に変わりないと思っておられる方、多いんです。アルシア様がおっしゃっていた医務官というのは、一般的に普通の医者を指しているのです。ホープさんも違いをご存知なかったのですね」
嘆いているようなはたまた皮肉をこめたような、そんな口調だった。
そのタルガの口調から、魔法医師というものはかなり一般的な単語のようだ。知っているふりをした方がよいのだろう。
「も、もちろん知ってるよ、魔法医師ね。えっと、魔法に関するものは魔法医師、普通の怪我は医者ってことかな?」
タルガの言いたそうな言葉を並べて彼に確認する。
「そうなんですよ!魔法は後からジワジワ苦しめる毒などがありますから、気を付けないといけないんです。 だから魔法医師というものがいるのに、魔法医師も医者も大差ないと多くの方が勘違いされているのです」
理解されたのが嬉しいのか目を輝かせ、弾んだ口調だった。
「ジワジワ苦しめる…。そんな魔法があるなんて…………。さっきのリパリアっていう魔法、びっくりしたよ。あれは喧嘩?お城でもあんなふうに喧嘩するんだね…」
「本当に申し訳ありません。ああいったことはよくあるんです。あっ…!こんなところにありましたよ、7日草の粉!あとは人魚の鱗ですね」
「えっ……!?よくあるっ……??」
信じられなくて言葉がつまる。城というのはそれほど危険なのだろうか…??
「さすがにベベルさんもわきまえてますから、命に関わるような魔法は使いませんよ?でも今は王様のことがあるので、皆さん……特に騎士さんたちはイラだっているんです」
はあ…と彼は小さなため息をつく。なんだかずいぶんとその問題に疲れているようだった。
「タルガがあやまることじゃないけど…。王様の…ことって……?」
素直に気になったことを尋ねてみる。ただ相手の顔色を伺いながらだ。―――これは私の癖みたいなものだ。
「王様のことというのは………。そういえば先ほどのアルシア様というのは、トレイユ国の第2王子様です。とってもお優しい方なのです。えっと人魚の鱗は確かこの辺りに粉にしたものが…」
はぐらかしたのだろうか?話が変わってしまったことに少し引っ掛かるも、さっきの若者が王子ということに反応する。
「第2王子…。やっぱりあの人、王族…だったんだね」
石で出来た冷たい床を、穴が空くほどじっと見つめる。
「はい、そうなんです。……どうかされましたか?」
「タルガ気を悪くしないでね……。私、王とか貴族とか嫌いなの。あの人たちってきっと身分を低い人のこと、人間だと考えてないんだわ。だからひどいことたくさんできるのよ。…そう、奴隷だとか……」
自分の小さなこぶしをぎゅっと握りしめ、アルシアというその若者を思い出す。美しい衣服をまとって、またその身なりに合った上品な話し方……。
嫌でも屋敷にいた頃の、奴隷の頃を思い出してしまう。自分とは真逆なその生き方……。
「奴隷…?トレイユでは奴隷制度はありません。アルシア様は僕のような者の名前も覚えて下さる優しい方です」
緊張したような、力んだような声でタルガははっきりと言い切った。
「……そう…なの……」
力なく微笑んでタルガを安心させる。
しかしそうはしたが、彼のその言葉を素直に受け止めることが出来ない自分がいた。
タルガを見ると彼は心配そうな顔で私の出方をうかがっていた。
気持ちを切り替えるため、私は大きく息を吸って背筋を伸ばした。
「ねぇ、さっきのベベルさんって人は魔法を使った人だよね、だったらあの人も魔法医師?」
相手にも分かるように声色を大きく変え、話題も変える。
「いいえまさか!ベベルさんは戦の魔導師、戦闘師さんです。魔法医師だったら人を傷つけるような魔法は使いません」
ムスッとむくれて言う。
「戦闘師?それに魔導師……?そうだ、聞きたかったんだけど、魔法使いと魔導師って何が違うの?」
「"魔法使い"とは一般的に魔法を使える人全員のことを指しています。"魔導師"は魔法使いの中でも、国や城に仕えているような、一定以上の知識や技術を持つ者のことですね。……ちなみ魔導師にも種類があって、戦に長けた"戦闘師"、研究に打ち込む"探究師"、医術を深める"魔法医師"……などなど、様々な種類に分かれています」
まるでそういったものが載っている本を読み上げているかのようにすらすらと述べていく。彼の説明は理解しやすく、頭にスッと入ってきた。
「そうなんだ。ありがとう!勉強になったかも」
「ええ。……"師"という言葉は魔導師のこと略して指したものなのです。あっ、ありましたよ。人魚の鱗…。これは魔法による打撲によく効くんです。7日草と一緒に飲むと効能が上がるのです。水に溶かして飲むのが良いですね。えっとどちらもとても苦いので、ハチミツいれておきますね」
タルガの手には蓋がしっかりと閉められた2つの瓶が握られていた。1つのラベルには"7日草"と書かれた比較的新しい瓶。もう1つは"人魚の鱗"と書かれたとても古びた瓶だ。
「…あの、7日草……??っていうのが何かは知らないけど、それを入れるのはなんとなく分かる…。でも待って、人魚の鱗?」
「そうですね、確かにこれを飲むのには抵抗があるのは分かります。でも人魚の鱗は魔法による傷の治りが早くなるので…。飲んで下さい」
彼は水差しから空のコップに水を入れていく。
「いや、そうじゃなくて人魚っ……」
「おい!ホープここにいたのか!大丈夫か!?全く、兄さんが一緒にいたのになんでホープが怪我してるんだよ!!」
捲し立てるように近づいてくる少年が、人魚についての私の話を妨げた。
少年はよく知っている人物だ。だかいつもと違った上品な洋服を着ている。
それはおそらくトレイユ城の臣下を表す、鹿と青い花が刺繍されている騎士の服だ。そうして腰には彼の身の丈に合った剣が提げられていた。
「サイガ!」
声を荒げて会話に割り込んできたのはそう、彼だったのだ。
「ああ、サイガですか。ここは治療室ですよ。もう少し静かにしてもらえませんか?」
タルガはあまり驚いた様子もなく、サイガの慣れているのか、わずらわしそうに目を細めて言った。
「兄さんって…!じゃあタルガがサイガのお兄さんだったのっ!?」
「あぁ、そういえば言ってなかったですね……」
特に気にする様子もなく、タルガは小さなさじで、2つの瓶から粉をとりながら言った。
「もー!兄さんっ!ホープが起きたらまず俺に知らせてくれって言ったじゃん!」
「あ、そうでした。それも忘れていました…」
さすがに今度は少し申し訳そうな顔で手を止める。
「タルガ、誰かに似てるなぁって思ってたんだけど、サイガだったんだね」
こうして横に並んでいるのを見るとよく分かる。顔もそうであるし、どこか人を安心させるような雰囲気もどことなく似ている。
「どうしてサイガがここに?」
「おう、ルーフェンに城を案内してたんだけど、あの騒ぎを聞いてさ。そんなかに見慣れない女の子が兄さんと居たって聞いたから、すぐにピンときたぜ。ホープだってな。……そんでお前大丈夫なのか?」
サイガは私の顔をじっと見つめて言った。
「そうなんだ。ふふっ。ありがとう」
優しく微笑み、それで彼に無事を知らせる。
「サイガ、僕の心配はしてくれないんですか?」
タルガは弟の顔をチラリと盗み見、コップにハチミツを入れた。
「兄さんは見るからに元気そうじゃん。それにどうでもいいや」
「…………」
タルガの作業の手が一瞬止まる。
「…ね、ねぇ、ルーフェンさんとバラバイさんは?」
「ん?あぁ、ルーフェンは竜骨の広場へホープを探しに行ったんだ。手分けして探そうってなってさー。俺は医療室を見に来たってわけ。たぶん待ってたら来ると思うぜ?入れ違いになってもめんどうだし、ここにいたら来ると思うぜ」
彼は物珍しそうに、医療室の薬品棚を眺めていた。
「分かった。待ってる。じゃあバラバイさんは?」
「おー、師匠はスウガの国から帰ってから王様に会ってたりしてな、ずっと忙しいんだ」
「王様……。そうなの。…サイガも城では騎士の格好なんだね。本当に騎士だったんだ」
少しモヤモヤした気持ちになる。
「本当にって……。城じゃこれが正装でさ。騎士見習いでも格好だけは正装させてもらえるんだぜ。カッコいいだろ?」
フフンと鼻を鳴らし、腰に手を当てる。
「ふーん。ねえ、そういえばどうしてサイガとバラバイさんは他国の…、スウガの戦祭りに参加してたの?」
「ん?あー、俺の国には司教様がいないからな。トレイユから一番近い司教様がいる国、スウガに行ってたってわけさ」
「ん??えっと、…どうして司教様がいないと会いに行かないといけないの?」
すると彼は信じられない、という顔で腕を組んだ。
「……なぁお前ってさ、ノの森の七不思議も知らなかったし、中央街も知らなかったし、ほんっとになんにも知らないんだな」
あきれたように目をぐるりと回した。
「えっと、あはは…。そうみたい……。それで?司教様のこと教えて?」
「………まあいいけど。じゃあ……。ロント教はさすがに知ってるだろ?」
「ロント教……。うん知ってる、確かシダっていう神様を信仰してるんだよね」
「そうそう。シダ"様"、な。そんでロント教の一番偉いのは"大司教様"なんだけど、その1つ下の階級の"司教様"は世界に数人しかいないだろ?」
全く知らなかったが、流れを遮るのもめんどうなので、話を合わせなければ…。
「あー、そっかそっか…。司教様はロント教の2番目に偉い人で、あんまりいないのね。それで?」
笑顔でなんとかごまかして、話を合わせる。
「司教様がいないと、精霊祭をしてもシダ様からのお言葉が聞けないからだよ」
「えっ?シダの?えっとどういう意味?」
「だーかーら、シダ様だ。"様"!……司教様はシダ様、つまり神の声を聴く人。今後のトレイユがどうなるのか、司教様を通してシダ様の視た未来を聞きに言ったんだ」
「うーん、えっと…。つまりシダ"様"は未来が視れて、司教様はそのシダ様と話せるってこと?」
「ああ、そうだ」
「……それ、信じてるの?」
「はあ?……当たり前だろ」
「あ、ごめん…。別にばかにするつもりはないの。サイガは信じてるのね、神様がいるって」
「まあな。別にいいけどさ」
「僕たちの祖父がロント教の司祭だったので、他の人よりも信仰が厚いのかもしれません。小さな村の小さな教会のですけどね。……という僕ももちろん信じています」
薬の調合でしばらく黙っていたタルガが私達の会話に入る。
「そうなんだ。あの人がすごく偉い人だったなんて…。人は見かけによらないね…」
モジャモジャの髭を生やした、変な話し方をするかわいらしい老人という印象しかない。
「薬、できました。ホープさん、どうぞ」
サイガと会話している間に彼は黙々と作っていたようだ。はい、とコップを渡される。
「タルガありがとう」
クンクンとコップを嗅いでみる。
人魚の鱗が入っているそうだが、特に嫌な臭いはしない。ハチミツの甘い香りだけだ。
(今度の薬はまともみたい…。飲んでみようかな…?)
「ホープ!」
その声を聴くと懐かしい感じがした。
そんなに離れていなかったのに、ずいぶんと久しぶりな気がする。
「ルーフェンさん!」
どんどん近づいてくるルーフェンは私を上から下まで眺めて、怪我がないか確認していた。
「ホープ、ここにいたのか…。大丈夫なのか?……お前は確かタルガ…といったか?お前も大丈夫だったか?」
タルガへも同様に上から下まで眺めた。
「私は大丈夫です」
「僕は大丈夫です」
言葉が見事にかぶり、お互いに顔を見合わせる。するとタルガはにっこりと笑う。私もつられて笑う。
「そうか」
ホッとしたようにルーフェンも少し微笑む。
「さあ、話はこれくらいにして、ホープさん、薬飲んで下さいね。僕は他の方たちにも薬を渡してきますから。サイガは竜骨の広場に持って行ってくれますか?」
「おー!分かったぜ」
「うん。タルガ薬ありがとう、ちゃんと飲むね」
タルガは今さっき自分で作った薬をぐいっと飲み込む。そうして足を引きずりながら魔法医師を待つ人へと届けに行った。
弟も続いて医療室を出ていった。
二人を見送るルーフェンがぼそりとつぶやく。
「……ノの森で倒れてからずいぶん顔色が良くなったな。あの子は謙遜していたが、腕の良い医者のようだ」
あの子というのはきっとタルガのことだ。
「あ、ルーフェンさん、タルガは医者じゃなくて、魔法医師だそうですよ」
ついさっき覚えたことをそのまま伝える。
「ん?そうなのか?……医者と魔法医師ではずいぶん役割が違うからな。きちんと区別しておかないとな」
驚いた。ルーフェンは魔法使いでもないのに、魔法医師と医者の違いを知っているようだったからだ。
「ルーフェンさんって……物知りなんですね」
「ん?別に物知りじゃない。昔一緒に働いていた奴が俺のその間違えをよく指摘して……」
懐かしそうに目を細め、ふっと笑った。
「えっ?一緒に働いていた?」
「あぁ、いや、なんでもない。ホープ、早く薬を飲めよ」
すぐにいつもの真面目な顔に戻り、私にそう促した。
「……ええ」
ハチミツ入りの薬を、さらに詳しく尋ねてみたいという想いと共に、私はぐっと飲み込んだ。
かすかに苦い香りが鼻を抜けていった。
「お二人ともここにいらしたのですか!」
息を切らせて治療室に入ってきたのはバラバイだった。彼もやはり騎士の格好で、その腰には剣を提げていた。
「バラバイさん!」
「バラバイさん、どうかしたのか?」
ルーフェンがバラバイのその様子に心配そうに尋ねた。
「いやなに、国王があなた方に会いたいとおっしゃっておるのでなあ、呼んでくると言ったがなかなか見つからず…。ホープさん、ようやく起きたのですな。いやあ良かった良かった。森で倒れたときはどうなることかと……」
息があがっていて、いつもより早口なバラバイにつられて自分も早口なる。
「あの、バラバイさんが私を運んでくれたんですよね?ありがとうございます」
「いやいや、それくらい何てことありませんのでな」
彼はニッコリと笑う。
「バラバイさん、さっきの国王が会いたいとはどういうことだ?」
「あぁ、そうでしたな。国王があなた方を呼んでおられるのだ。さあすぐに行きましょうや」
バラバイらしからぬ真面目な顔で言った。
ルーフェンと私は困惑しながら、バラバイを見つめていた。




