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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第3章 魔法の世界

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第3章 50話 「過去からの声」

影の中にあなたの欠片を探したの。

この影があなたのものなら、一片の欠片でもあなたが残ってあるんじゃないかって。

でも見つからなかった。



そう、そうよね……。これはあなたじゃないのだから


 


(頭が……重いなぁ……)



 雪は止み空は晴れていた。その晴天の中で時々聴こえる鳥達の歌声はうっとりするほど美しい。自分の今の気分とはま反対なその清々しい世界に少し嫉妬するほどだった。




 私たちは当初の目的地だった中央街には行かず、今はサイガとバラバイの城のあるトレイユに向かっていた。

 私以外は誰も中央街を目指し、歩きたいという者はいなかった。

 あんなことがあったのだ。当然と言えば当然だろう。

 ただ、その名が示す通り"世界の中央"だというその街を訪れたい思うのは、世間を知らない元奴隷くらいだろう。


 私たちは目的地を目指して黙々と歩んでいた。

 普段は明るく賑やかなサイガも、今は静かに足だけを動かし続けている。

 そうしてザクザクと雪を踏み固める音が4つ……


 森で起こったあの事件のあとは、互いの無事を確かめた後すぐに歩きだした。

 それから特にあの森で起こった事に関しては一切誰も触れなかった。



 私がそれに対して口を開かなかったのは、ゼファのせいで送る羽目になった奴隷の日々……、そして自分の身に次々と起こる理解不能な問題と夢で頭がぐるぐるしていたからだ。

 オオカミになったこと、ハーレンのこと、なぜ7年前の自分がノの森で倒れていたのか……。



 それらを頭から追い出すのに必死だった。他のみんなも同じように黙りこんでいた。きっとそれぞれ思うことがあるのだろう。

 そうして私は混沌とする霧がかったような、うまく働かなくなった自分の頭で感じる世界の清々さに、ひとり苛立っていたのだ。



(……ハーレンは何者なの?……そうだ今度オオカミになったらもう戻れないかもしれない。気を付けないと…。トレイユの国へはあと少しってサイガは言っていたな。着いたら私どうなるんだろう。ルーフェンさんとはそこで別れるのかなぁ……。やだな……)



(はぁ……頭が痛いや。ああ、また私はうじうじ考えて…。これはもう悪い癖ね。そういえばハーレンにも言われたっけ。もう少し楽に、客観的に自分を見れるようにならないと。)

 ふぅ…と小さいため息をつき、天を仰ぐ。




(……私、一人で生きていけるのかなぁ。せめてもっと魔法が使えたら少しは…)




「それで?どうやってお前達は助かったんだ?」

 ルーフェンが口を開いた。そこで私は現実に戻る。


「えっ?それを聞きたいのはこっちだぜ。オレが最後に見たときは熊に襲われてただろ?それにあのゼファのヤローが馬を殺したって……」

 どうやらサイガとルーフェンが会話をしていたらしい。私は頭がいっぱいで気がつかなかったようだ。



「あぁ、その通りだ。馬には可哀想な事をしてしまったなあ」

 バラバイはその時の状況を思い出しているのか、その目線は定まることなく宙に浮いていた。


「くっそ!!ゼファのヤローほんと許せねぇ!!それに昔、あいつはホープを……」

 憤りを感じてくれているのか、グッとしかめっ面をしたサイガはそこで口を閉じる。


 あ……。これはまずい……

 私はバラバイの方をチラリと盗み見る。


(ねぇ、ちょっとサイガっ!)

 小声で彼を呼び、隣のサイガの袖を引っ張る。


「んあ?なんだよ……」

 すると彼はしかめっ面のまま、顔だけこちらに向ける。


「昔?なんだホープがどうかしたのか?」

 ん…?とルーフェンが眉をひそめ私を見た。その横のバラバイも同様の表情をしていた。


(サイガ!ルーフェンさんは構わないけど、バラバイさんには奴隷だったこと知られたくないの……。言わないで!)

 二人に背を向け、ヒソヒソと隣のサイガに耳元で注意する。


(あっ!!…あ、そっか。……そうだよな……。わりぃ!気が回らなくてさ)


 サイガはガシガシと頭を掻きながら、そしてチラチラとバラバイの方を見ながら言った。


(ううん、いいの。じゃあお願いね?)


「おう!」



「どうしたんだ?二人とも……」

 口を開いたルーフェンは、なんとも言えない表情で私たちを眺めていた。

 その表情とは疑問か、はたまた困惑か…。そのようなところだ。


「……い、いえ!なんでもありません」


「なんだったんですかな?今の秘密の会話は……。ホープさん……?」

 私に声をかけていたが、目線はサイガに向いていた。こちらは疑惑の目だ。


 おそらくサイガがチラチラとバラバイの方を見ていたからだろう……。まるでサイガがバラバイの悪口を言ったのではないかと言わんばかりの鋭い視線…。


「べっ、別に師匠の悪口言ってたんじゃないからな!」

 サイガもバラバイの視線の意味を悟ったみたいだ。何も悪いことはしていないのに、そして否定する事もないのに否定した。


(それ、ますます怪しくなるよサイガ……)



 そこで少し咳払いをし、私は元の話題へ戻す。

「えっと…。サイガと私の乗ってた馬もゼファに殺されたんです……」


「……そうか…。それは怖かっただろう…。守ってやれなくて悪かったな…………。はぁ……」

 ルーフェンはそこで口を閉ざし沈黙する。


 代わりに口を開いたのはバラバイだった。

「少し休憩しましょうや。ルーフェンさんまで疲れた顔をしておるようだ。あなたがそれなら、子どもらまで前へ進む気力が無くなってしまう。これは休まねば」


 久しぶりの休憩に、頭が痛かった私は胸を撫で下ろしたのだった。








「荷物、ずいぶん少なくなっちゃいましたね……」


「ん?ああ、そうだな。馬に乗せていた分は重いから置いていったんだ。だが大丈夫だ。お前の分の荷物は全部ある。お前のものは少ないからな」

 ルーフェンはポンポンと私の荷物の入った鞄を叩いた。確かに私のは荷物といっても、衣類しか入ってない。




「……分かってるってば!」


「分かっとらんから言っとるんだろう」



 少し離れて座っている、バラバイとサイガの言い争いが聞こえてきた。そちらに視線を移すと、膨れた頬をしたサイガが面倒そうに返事をしているところだった。

 ……きっといつものことだろう。サイガが何かやらかしたか、言ったに違いない。



 再び視線を戻し、私はルーフェンに向き直る。



「ルーフェンさんのは?」


「俺のか?なに大したことないさ。まさに、"冬を越すのも2000カン"だな」


「冬を越すのも2000カン……?えーっと、2000カンってなんですか?」

 よく分からない言葉に、私はおうむ返しで訊ねた。


「ん?んー、そうだな……俺もカンが何かは知らんが……。故郷のことわざだ。意味は何となく分かるだろう?」


「えっと……。うーん、カン?カン、カン……。ワカリマセン………」


「ふはっ。……まぁなんだ。つまり、旅では手に持てる以上の荷物は持たないに限るってことさ。本当に必要なものは常に身につけているから心配ない。旅なんて案外、楽器と金さえあれば何とかなるもんだ」

 ルーフェンはいつもより少し大きめに笑った。


「あはは…。なるほどです」



 そういうやり取りをしていると、ザクザクと雪を踏む音が近づいてくる。

 離れていたサイガとバラバイが私達の隣にやって来た。


「楽器と金?お前らなに話してたんだ?」


「なんでもいいでしょ。……サイガまた何か怒られてたの?バラバイさんを困らせちゃだめだよ?」


「う、うるせぇな…。分かってるよ……。あぁ、そだ。聞いてなかったな。あの熊は?ルーフェンと師匠が倒したのか?」

 バラバイの説教が少し堪えたのか、サイガはすばやく話をすり替える。


「いや、さすがにそれは俺たちでも難しいさ。熊は魔法に驚いたのか、ゼファ達が逃げると熊は去っていったんだ」

 ルーフェンは真顔で答えた。


「いやいや驚いたのではありませんよ、ルーフェンさん。あれはきっとわたしらの日頃の行いが良かったのですよ!そうは思いませんかな?ルーフェンさん。ワッハッハッハ……!!」

 冗談か本心なのか分かりかねるが、バラバイならそのどちらもあり得るだろう。豪快に笑う彼は清清しいほど天然な人だと思った。


(うふふ!バラバイさんっておもしろいなぁ……)


「ふーん。師匠はほんと能天気だなぁー」

 一方のサイガは興味なさげに言った。


「………ずっと考えていたんだが、おかしくないか?普通この時期、熊は冬眠してるはずじゃないんだろうか」

 いつの間にかバラバイに対して敬語ではなくなっていたルーフェンに気がつき、私は少し驚いた。


「おや。た、確かにそうですなぁ……。ふぅむ……」

 彼は右手でアゴを触りながら考え込んでいた。そこにはこの旅で少し伸びた不精ひげが生えていた。



「あはははっっ!師匠じーさんみたいだ!そのままヒゲのばしちゃえよ!」


「じーさん……??サイガ!!師匠をじーさんとはなんだ!まったく、わたしはまだ34だぞ?それにお前の父親とそう変わらんだろう!それをじーさんとは……くどくどくど……」



(そっか、もうちょっと若いかと思ってたや。それにしては落ち着きがないなぁ……。うふふ!昔はきっとサイガみたいだったんだろうなぁ……。あ~、説教、また長くなりそう。少し離れよ)



 彼らから少し離れてのびのびと息をする。



「う~~ん!冷たい空気って少しシャキッとする~。でもまだ頭痛いな…。疲れてるのかなぁ?そりゃあたりまえかぁ……」



「バラバイとサイガ、また始まったな。大丈夫か?疲れたのか?」

 始まった、とはルーフェンもなかなか言うものだ……。


「いいえ、大丈夫ですよ」


「そうか。……なぁホープ、それでさっきはどうしたんだ?サイガと何か話していただろう。俺にも言えないことなのか……?」

 ルーフェンが少し悲しそうに見える。



 …………彼は私の過去を知っているし、秘密にする必要はないか……



「えっと、ゼファは奴隷商人だったんです」


「奴隷商人?」


「はい。それでゼファが言うには7年前、私はあのノの森で倒れていた……。そして彼は私を売った張本人だったと」


「…………」

 彼は黙って私を見つめていた。私はそのまま話を続ける。


「本当かどうか分かりません。私、ゼファのことちっとも覚えていないですから……。あの場にいたサイガはともかく、バラバイさんには奴隷だったこと知られたくなくて……黙ってたんです」


「……そうだったのか……。大丈夫か?」


「はい。大丈夫ですよ。全然気にしていませんから。……あ、説教終わったみたいですよ。行きましょ!」

 私は心配させまいと作り笑いを浮かべた。

 気にしていないと言ったのはもちろんウソだ……




「ルーフェンとホープ、コソコソして何話してたんだ?ホープも何か言われたのか?」


「別に~。もう説教おわったの?」


「っ!!……説教じゃないってば……。注意だよ。ただの注意!なぁそうだろ師匠?」


「ただの注意……。はぁ……」

 バラバイは何も言わず大きくため息だけついた。


「サイガ、ちゃんと言うこと聞きなよ?注意してくれる人がいるのって、たぶんありがたいことだよ?」


「お、おう…」



「……そうだ、サイガとホープはゼファと逢ったのに、よく逃げ切れたな……」

 ルーフェンが少し感心したように言う。


「ん?まあな!あ~、そもそもゼファたちが襲ってきたのは……」


 そこで彼はハッとなって私と目を合わせる。

 どうしたのだろう?


『言ってもいいか?奴隷商人って』

 今度はサイガとは少し離れていた。そのため、ゆっくり口をパクパクさせながら彼は私に確認する。

 なるほど、気を遣ってくれているのか。


『いいよ』

 私も口をパクパクさせて応えた。


「あいつらが奴隷商人だったからなんだ……。ほら、奴隷って子どもの方が高く売れるっていうじゃんか」


「奴隷商人……。なんとも不快な響きですなぁ。サイガたちが捕まっていたかと思うと本当に許せません。それにしてもよく逃げ切れたなあ」

 やはり感心したように腕を組ながら何度も首を縦に振る。


「オレらが助かったのは……えっとホープが……」


『言ってもいいか?』


 言ってもいいか、というのはきっとオオカミのことだろう。

 少し考え込む。ルーフェンとバラバイの事は信用している。―――つもりだ。

 話すべきだろうか?



『……私が言うね』


「あの、聞いて下さい。ルーフェンさん、バラバイさん、黙っていてごめんなさい。私実は魔法が使えたんです……」



「あぁ、そうだったのですか。別に隠し事と言うほどでは……」

 のんびりとバラバイは言った。



「えっ………?」

 バラバイと違ってルーフェンは驚いて固まっていた。当然だ。ここまで色々お世話になってきて黙っていたなんて。

 全て話せと言われた訳ではないが、その表情を見ると、やはり言ってほしかったのだろうと思う。

 罪悪感からか、ルーフェンの顔が少し傷ついたように見えた。


「ほ、ほんとにごめんなさい」

(あぁ、頭が重いや……)



「それで私は………私は……」


 なんたがフラフラしてきた……。そんなにオオカミになったことを、二人に言いたくないのだろうか。


「ん?ホープさん?どうかしたんですかな?」


「えっと、いえ、なんだか頭が重くて……。それで私は…………」



 ドサッ……



(あれ?)

 私はうつぶせで倒れた。自分でも驚いた。

 自分の重みで地面に積もった雪に型をつくる。ただボーッとしていた。頭が突然空っぽになって、そしてだんだんと視界が真っ暗になっていった。


「おいっっ!!」

「えっ!ホープ??どうしたんだ!?」

「ホープさん!?」


(あれ?起き上がれない………。何してるんだろう私。みんなに心配させちゃダメだ……)



『心配、してくれてるの?……ヒトなんて大っ嫌いだったのに。いつの間にか私……。私なんかを心配しないで…。だって私はあなた達を……』



(あれ?これは私の考えてること?いや、ちがうな……。じゃあ誰の?誰の言葉だったんだろう?……女の人の声。女の人……、スウナさん?そうじゃなかったらレギンさんかな?それとも…………?)



 そうして、まるで疲れ果てて眠りに落ちるように、私はすうっと深い闇に落ちていった。



声が遠くで聴こえていた。誰かは分からない声が……




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