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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第3章 魔法の世界

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第3章 49話 「運命への道」

 


「少し休憩しよ」

 そう言ったのは、あの湖を離れもうずいぶん経った頃だった。



 しばらくはサイガを私の上に乗せ移動していたが、流石に疲れを感じ降りてもらったのだ。

 すると今度は彼が疲れたようで、歩くペースが落ちてきた。だから休憩を提案したのだ。



「あ~…。オレすげぇ疲れた」

 サイガは言葉を終える前に大きな木の下に、まるで崩れ落ちるかのように座った。私もそのすぐ側に座る。


「うぅ、寒っ…。オレ動物に変身するなんて初めて見たぜ。そんな魔法があったんだなぁ……。それで、人間に戻れないのか?」


 黙ってうなずく。そしてどうにもならない歯がゆさと共に重い現実に直面し、気分が沈む。


「そ、そんな落ち込むなよ!大丈夫、オレの城に行けば元に戻してくれるさ。優秀な魔道師がたくさんいるんだ。だからきっと戻れる。きっとな!」


「うん……」

 力なくため息混じりで応えた。


「……うお!モフモフ~」

 空気を換えようとしたのか、ふざけて頭や顎を触ってくる。


「なっ!なにすんのよ!?……ちょっとっ!サイガっっ!!」


「わわっ!ごめんごめん、そんなに怒るなよ……。いいじゃん…」

 私に怒鳴られて彼はパッと手を離す。そしてシュンとなった。


「姿は狼でも私の中では頭は頭なの!一緒なのっ!……それに少しは年長者を敬いなさいよね!」


「えっ……?お前何歳なんだ?」


「15よ。……年が明ければだけど」


「えーっ!俺より2歳も??オレ同い年だとてっきり…。ほ、ほんとかよ…」



 重い空気が和んだので、それからはお互いに相手の知らないバラバイとルーフェンの雑談をした。

 サイガから聞いたのはバラバイが『実は結婚している』、『騎士になったのは女の子にモテるため』とかだ。

 一方で私が話したのは、ルーフェンは『世界を旅してる奏者』だとか『女の人からモテる』とかそんな話だ。

 しかし最後は言いたい放題になった。



「師匠って城の騎士にすげぇ怖がれてるけど、奥さんには頭が上がらないんだぜ?それと二人の娘にもな!奥さん、師匠にはもったないくらい美人なんだ~!」


「あ!それと、ルーフェンってぜってームッツリスケベだろ。すました顔してるけど、男のオレにはよく分かるぜ。ホープ気を付けろよ…?」

 二人がいない事をいいことに、散々悪口を言った。言っていたのは主にサイガだか……。

 もしかしたら彼はいつまで経っても迎えに来てくれない二人に苛立っていたのかもしれない……。



 言いたいだけ言った後、サイガは大きなあくびをしたかと思えば目を擦りだし、パチパチと目を開けたり閉じたりを繰り返す。


「あー、すげぇ眠い……」

 無理もない…。凍てつく寒さの続くこの季節。霧の晴れた空に見える月はずいぶんと傾き、もう深い夜も越えた頃だろう。きっとあと2、3時間もすれば夜が明ける。


「……ちょっとだけ眠ったら?起こしてあげるから」


「おー。ほんじゃぁ。……あっ!なぁ、もしかして寝たら自然に魔法、解けるんじゃないか?」


「えっ……?あはは…。魔法って狼のこと?その発想はなかったよ…。サイガってほんっと面白いこと考えるよね。寝たら解けるかぁ……」


「それ褒めてくれてんのか……?それとも……………。まあいいや。なぁ、ホープも眠ったらどうだ?そろそろ夜明けだと思うし、日が昇れば自然と目が覚めるだろ。だから起こしてくれなくても平気だ」


「……確かに、そうかもね。じゃあちょっとだけ眠ろうかな。……サイガ寒いでしょ?仕方ないな、貸しだよ?隣で眠ってあげる。おやすみ…」

 そう言って、私はノシノシのしと歩いてサイガの横にぴったりとくっついて座る。


「おお……。助かるぜ。やっぱ動物ってあったけーな!故郷の馬と羊達を思い出すぜ。オレはもう寒くて寒くて凍えるかと。眠ったら最後、目が覚めねぇんじゃないかとちょっとビビってたんだ……」

 サイガはウルウルした目で喜ぶ。相当寒さが辛かったようだ。


「ただし!変なとこ触らないでよね」


「わ、わかってるって……」

 サイガはすぐ隣で丸まって横になる。もちろん私には背を向けて。私も同じように横になる。前足の間に顔を置いて、何も考えずただひたすらに、ボーッとサイガの呼吸音を聴いていた。



 すると5分も経たない内に、隣から寝息が聞こえてきた。やはり疲れていたのだろう。



「ふぅ…」

 ようやく一人になり、一息ついてゆっくり考える時間ができた。私は眠ると言ったが起きていた。起きていたのは一人になりたかったのだ。


「あれは夢じゃなかったんだね……。おじいが死んだあの森で見たのは、確かに紫の瞳の狼だった……」

 そう独り言をぶつぶつと呟く。



 あの不思議な狼の、私を見る優しいあの眼差しは、ただの獣のそれではない。



「だとしたらあの狼は私の……。きっと私の……」

 それを考えると胸が高鳴る。



 そう。あの狼はきっと私の家族。もうそうだとしか考えられない。おそらくあの男の子に違いない……



「でもだとしたら、どうして話しかけてくれなかったの?どうして私の元からいなくなったの?どうして……」

 そうやって疑問が次々に浮かんでは消えていく。

 ……しかし一人で問いかけても、誰も答えてはくれない。


「ゼファの言う通りなら私、この森で7年前、たった一人で倒れてたんだ……。やっぱり考えられるのは捨てられた…。そうじゃなかったら、熊に襲われた……?熊に……。ルーフェンさん……」

 一人で考えると嫌な考えばかり思い浮かぶ。


「はぁ…。ルーフェンさんに何かあったら私……」

 なんだか泣きそうになってきた。先ほど悪口を散々言ったが、やはり……。


「ルーフェンさん、バラバイさん、無事でいて……」



 それからは嫌な思い出ばかりが浮かんでは消えていった。

 しかし気がつけばその内ボンヤリと、ただボンヤリと目の前に咲いた、細い一本の青い花を眺めていた。冬だというのにも関わらず、それは強く生きていた。



「……眠い……」

 まぶたが重く、目を開けているのも辛い状態だ。


「眠ったら解けるかな、魔法」

 ゆっくり目を閉じると、闇に引き込まれてしまいそうだ。

 なんとか考え事をして起きていようと試みるが、眠気には勝てなかった。

 もう一度目を閉じるとそのまま闇に引き込まれていった。









 闇に落ちた先はあの湖だった。現実感がなく、夢か現か一瞬どちらか分からなかった。

 しかしありえないものが目の前にいることで夢だと分かった。

 私はその夢のなかでも相変わらず狼だった。


「やあ……」

 銀の竜はニッコリと笑っている。


「ハーレンっ!!会いたかった!……あなたに聞きたいことがあるの!」


「君の聞きたいことは分かってる。この湖の事だよね?どうして夢に出てきたのか」

 まくし立てる私に対して、のんびりと話すハーレン。

 いつでもハーレンはのんびりしている。竜はみんなこうなんだろうか??


「ええ!それとゼファの事よ!どうして私が忘れている事をあなたは知っていたの?これはただの夢……でしょう?」


「これはただの夢……か。……えっとね、この湖は君のいる世界のものではないよ。悠久の想いが宿った幻の湖だ。どこにも存在しない、君自身が作り上げた幻……。いや、正確には君ではないね。……ま、僕にはどちらでもかまわない。君がそれを引き継いでくれるなら」


「ハーレン、答えになってないわ。はぐらかさないで!ちゃんと答えてよ」


「ははっ。厳しいね……。えっと、ゼファのことだったね。それは君が視るものは全て僕も視てるからだよ。例え君が全て忘れても、僕は覚えてる」

 ハーレンそう言うと、少し懐かしそうに空を見上げる。一体何を思い浮かべているのだろうか…


「どういう意味?……あなたは私の何なの?」


「僕かい?僕は君の味方さ。僕で良ければいくらでも君の身代わりになる……。そんな感じだよ」

 のんびりしているハーレンの、青い瞳をじっと見る。その瞳は陰りのない、至極澄んだ瞳だ。それは偽りのないように見える。


「味方??」

 だとしたらなぜ教えてくれないのか?どうして……?



 しかしその美しい瞳を見て思う。思い返せばハーレンは私には嘘をつかない……。はぐらかしたり、沈黙はするけど、決して嘘はつかなかった……。

 それにゼファに関しては忠告までしてくれた。過去を教えてくれなかったのも、もしかしたら私が傷付かないように……、彼なりに考えて隠していたのかもしれない。



 そうだとするならば、本当に彼は味方なのかもしれない。ただし彼の本心は分からないが……



 じっと見つめた先の青い瞳に、リーヤの事を思い出す。……やはり良く似ている。いや、瞳だけじゃない。話し方も、のんびりとした雰囲気も。そしてどこか人間ではないような……?――いや、実際ハーレンは竜だ。



「ねぇホープ……。君がもし本当に運命の子なら、神の言う通りに『彼』と再会するだろう。だからまずは『彼』を見つけないと……」


「神の言う通り……??確か運命の子って前にも言ってたよね?ハーレン、あなた何を言ってるの?『彼』って誰のこと?……もしかして……、紫の瞳の男の子のこと??」


「いや、ちがうよ。紫じゃなくて『緑』さ」


「えっ…………?」

 全く考えもしなかった答えだ。紫でなければ青かとも思っていたのだが、そのどちらでもない緑とは……




 これは本当に夢……?




「さぁ、話は終わりにしよう。どうやら君の会いたい人がすぐそこに来てる。ほら、においで分かるんじゃないかな?……あぁ、そうだった!人に戻れないんだったね。長い時間のせいで力の使い方を忘れてしまった?……大丈夫、僕が君を元に戻してあげるから…。さ、行って」

 珍しく私に話す隙も与えないくらい、1人で……いや、1匹でスラスラと話し続ける。どうやら夢を終わらせようとしているらしい。


「えっ!ちょっと待って!!」









「…………た……が…」


「……れ…よ…」


(ん??……なんだろ?……)

 サイガのいびきだろうか?気がついているのにも関わらず、目を開けるのが面倒で、閉じたままにする。

 そうして耳をすませば、鳥の美しいさえずりが聴こえてくる。仕方なく目を開くと、陽は顔に降り注いでいた。太陽はもうとっくに昇っていたようだ。



 あぁ!目が覚めてしまった……。ハーレンにはまだ聞きたいことが沢山あったのに。



「寒っっ!!……ハッ!サイガっっ!?きゃっ!なんで私サイガに……。あ!元に戻ってる……!」

 私はハーレンの言った通りに人に戻っていた。しかしあまりの寒さに、隣のサイガに抱きついていたようだ。悲鳴をあげたあと、潮が引いていくかのごとく私はサッと離れた。

 幸い、彼はぐーぐーとよく眠っていて、私が抱きついていたことに気がついていないらしい。

 とりあえずホッと胸を撫で下ろす。


「本当にただの夢なの?ハーレン……。えっと、ハーレンが最後に言ったのはなんだったっけ……。確か…」


「……ぞ。……あぁ」

 遠くから人の声が聴こえる。人に戻ったため狼ほど聴こえは良くはないが。それが誰の声かすぐに分かった。


「こ、この声は!!サイガ起きて!サイガ!」

 うつぶせだった彼を仰向けにひっくり返し、その頬をペシペシと叩く。


「んー?なんだよホープ……。あーっ!元に戻ってるじゃん。良かったなぁっ~」

 眠いのだろう。彼はぼんやりと薄目を明けながら私の姿に喜ぶ。


「えっ、あ、ありがと。……そうじゃない!そうじゃないの!!そんな事よりっっ!」

 私はサイガの手を引っ張り、無理矢理に起こそうとする。


「んー?どうしたんだ~?」


「声が聴こえたの!あっちの方よ!早く行こ!さあ早くっっ!!」

 私の笑顔で誰の声なのか理解したようだ。眠そうなサイガの顔がパッと明るくなった。




 私達は全力で走った。今だけは疲れも寒さも忘れて。

 雪の上に付けられた、自分達の足よりも大きな二人分の足跡をたどって駆けていく。

 そして……




「ルーフェンさんっ!」

「師匠!師匠っっっ~!!」

 振り返った二人の驚いたこの顔は、たぶん生涯忘れないだろう……。



 ボロボロになった大人二人にそれぞれが抱きついた。

 サイガはともかく、自分の年齢を考えると、そうするのは少し恥ずかしかった。けれどそれ以上に嬉しかったのだ。



 今度は生きていてくれた。今度は……!



「ホープ…。良かった、無事だったのかっ…!」

「サイガっ!お前は私に心配ばかりかけて!ほんとに……」



 恥ずかしさで彼らの顔を見れなかった。でも顔を見なくとも、どんな表情かは分かる。二人ともすごく優しい声だった……



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