第3章 47話 「あの日に見たモノへ」
すっかり日が暮れ、気温も下がった冬の夜をなんとかしのごうと、私達は火のすぐ側で暖をとっていた。
魔法で着けた火は消えそうになったと思ったらまた激しく燃えている。
その影はユラユラと揺れて、なんだか不安定だ。
まるで森に二人残された私たちの心みたいだと思った。
私はおもむろにポケットに入れた本を取り出す。
隣に座るサイガは、私の動きに気づいたのか、顔だけこちらを向けた。
「ううっ。寒……。それなんの本だ?」
「魔法書だよ。もう何度も読んでるの。そろそろ新しい本がほしいと思ってるんだけどね」
「ふーん。もっと本が読みたいなんて、ホープは意外と学者肌なのか?オレは字を読むのも嫌だぜ」
彼は歯を食い縛り、難しそうな顔をしている。
「ふふっ。相当嫌いみたいだね」
「ああ。魔法書って何が書いてあるんだ?呪文が書いてあるのか?」
「呪文はほんの少しだけね。ほとんどは魔法語と魔法道具………っ!?」
「ん?ホープどした?…むぐっっ?!」
「しーっ!!サイガ静かにっっっ!」
私は彼の口を押さえつけ、注意深く耳をそば立てる。
「っ!??」
彼の表情が固まったのが見てとれた。そして焦りの色が見える。
彼の口からパッと手を離した。
「何かの気配がする……。熊かもしれないっっ!火から離れちゃダメだよ!」
「嘘だろ……?!だったら早く馬に乗った方がいいんじゃな……っ!?」
「ガサガサガサガサ……」
言葉を止めて音のした方を凝視するサイガ。音の先には暗闇が広がっている。
「っ!!く、来るぞっ!」
頼りなく燃える火の伸びた闇の先には……
「ゼファさんっ!?」
「ゼファのおっさん!!」
二人同時に叫ぶ。暗闇の中にいたのは、黒い馬に乗ったゼファだった。
「おお、やはり君たちでしたか!二人ともご無事なようで……」
「なんだよ…。おっさんたちか。はぁー。脅かすなよ…」
サイガは安堵の表情だった。きっと私も同じような顔をしているのだろう。
それに少し遅れてゼファのお供の、――確かミダとディナンだったか――、商人二人が大きな馬車を引いてやって来る。商人二人の顔は険しかった。
しかし、さらにそれに引き続くはずの残り二人がいつまで経ってもやって来ない。
私達の一番会いたい人が。
「ミダさんとディナンさんも無事だったんですね!良かった……。あの、……ルーフェンさんとバラバイさんは…?無事なんですよねっ?」
「いや…。残念ながらお二人は、わたくし達とはぐれてしまいました。熊が彼らを追いかけたのですよ…」
「そ、そんな…っ。ルーフェンさん……」
「なんだって!?くっそ!!……おーい!師匠っっ!!おーい!どこだーっっ!?」
サイガも心配なのだろう、そこらかしこでバラバイを呼ぶ。しかし返事はない。
「だ、大丈夫だよ、サイガ!二人はきっと大丈夫!あんなに強い二人なんだよ?熊なんか簡単に倒しちゃってる!」
「……おう。そだな」
返事をしたが、サイガは力なくうなだれた。
「さぁ。お二人は夕食、まだでしょう?わたくしが作って差し上げますよ?」
「……ありがとうございます」
実際、二人の事がすごく心配で夕食どころではないのだが……
「おー。よろしくな、おっさん。じゃあオレ、師匠達がその辺にいないか、見てくるよ」
サイガの元気は無かった。
「分かった。気を付けてね」
「さて、それでは料理を作りましょうかね」
ゼファは背負っていた鞄から重そうな布の袋を取り出す。
そしてパッと袋を開けると、チーズや果物、そして野菜が詰まっていた。
「これをずっと背負っていたんですか?馬車に入れておけば良かったんじゃ…」
「食べ物は旅で本当に重要なのですよ。だから自分の手の届くところに置くのが基本だと、わたくしは思っております」
「そ、そうなんですか。それでなんの料理を?」
「ええ。カパチでも作ろうかと。本来は白身魚も入れるのですがね……。わたくしの故郷の郷土料理です」
「カパ…チ?えっとゼファさんはどこの出身なんですか?」
「わたくしは西の地域出身なのですよ」
ゼファはニッコリ笑う。
西の地域。それを聞いて真っ先に思い浮かべたのは、おじいだった。
亡くなった彼は西のギギラという国出身だった。
言われてみれば、ゼファはおじいに雰囲気というか、どこか似たものを感じる。
どこだろう。ハッキリとした顔立ちだろうか?
それとも背が高く、ひょろりとした体格だろうか?
「西の…。そうだ、ゼファさんは商人でしょう?世界を旅しているんですよね?だったら……」
「ええ。なんでしょうか?」
私はルーフェンが酒場で演奏した時に思い出した、過去の記憶を再び思い出していた。
私と一緒に泣いていた男の子は紫の瞳で、そして確かに金髪だった。しかし私は白に近く、金というよりもグレーだから……。
「私みたいな人種について知りませんか?髪の毛の色が金髪とか薄い色で……。そして紫の瞳を持つ人を」
「探しているんですか、紫の瞳を?……そういえば聞いたことがあります。北の地に珍しい瞳の色をした王族がいたと。実際に見たことはありませんがね。ええ」
「お、王族っ??…えっと…珍しい色って?」
「いや、小耳に挟んだ程度なので、色までは分かりません。それにガセネタである可能性もあります」
「それと西の辺境の地に、西の地域では珍しい、変わった人種がいると聞いたことがあります。そちらも目にしたことはありませんので、どのような人種かは分かりかねますがね」
「北と西……」
これは重要な手がかりだ。少し未来へと差し込む光が見えた気がした。
「ありがとうございます!ゼファさん!」
「いえいえ」
ゼファはニコニコしていた。
(あれ?探してる理由は聞かないんだ…?我ながら変な質問だと思うけど…。ま、聞かれなくて良かったけどね)
「ゼファさんは西の地域出身なんですね。どうして東の地域のあの街に居たんですか?」
「え?…えぇ、まあ。東で採れた魔法石の買い付けにですよ」
曖昧な返事だった。
あまり商売の事を聞かれたくないのだろうか?
「そうですか」
(ん………?何か……。なんだろ)
そしてゼファの言葉に何か違和感を感じる。
パチパチと燃える炎を見つめ、考える。
しかしそれが何かは分からない…。
一人で静かに考えたかったので、少しゼファと火から離れ、暗い闇の方に歩いていく。
すると少し奥から人影が見えた。一瞬ビクッとしてしまったが、すぐに安心した。その人影は自分と同じくらいの身長だ。
「ホープか?こんなとこでどした?」
「サイガ、戻ってきたんだね。…ちょっと考え事」
どこで違和感を感じたのだろうか?ゼファの言葉のどこに……
「ふーん。なぁ、あの本貸してくれよ」
「えっ?本って魔法書?いいけど……、どうして??」
「人探しの呪文とかないのかなぁって」
「あははっ…。そんなのあったらとっくに試してるよ。………人探しの呪文、ね…」
そんな魔法があったらいい。
(もっと高度な魔法書なら書いてあるかな…?)
「ねぇ、魔法書がたくさんある場所ってどこだと思う?」
世間知らずな自分では検討もつかないので、サイガに尋ねた。
「魔法書かぁ。うーん、魔法店かな。それか魔法学校だな。まあ、学校は生徒じゃないと入れないと思うが。…あーっ!あと魔導士だ!魔導士がたくさん持ってるぜ!」
「魔導士って……、確か国や城に雇われてる魔法使いのことだよね??」
「おう。オレの城にも魔導士がいるけど、みんな部屋にいーっぱい本を置いてるぜー。もちろん兄さんもなー。…全く、何であんなに本が好きなのか…」
「本当!?ねぇ、サイガの城に行ってもいいかな?」
「おー!もちろんいいぜ!来いよ」
「ありがと!ふふっ!そうと決まったら早くルーフェンさん達を見つけないとね」
「ああ!…あ!だったら魔法石を使うってのはどうだ?」
「魔法石を?だからその呪文が分からないんでしょ」
「違う違う。今まで気がつかなかったけど、ゼファは魔法石の商人だろ?だったら何か良い呪文知ってるんじゃないか?そんで魔法石の扱い方もよく知ってるだろ?…ま、とにかく聞いてみようぜ!」
「え?う、うん」
言われるがままうなずいたが、しかしもしそんな呪文があれば、彼らもとっくに使っているのではないだろうか…
「とりあえずミダとディナンのおっさん達に聞いてみようぜ。二人ともたぶん馬車にいるだろ。馬車の中、見せてくれるかな。オレ魔法石見るの数年ぶりだぜ。すげぇ値段が高いんだってさ。だから城にある魔法石も厳重に保管されてるんだぜー」
「ふーん、そうなんだ。……そういえば魔法石ってね、魔法語でノ・ロティスっていうんだって。魔法書に書いてあったよ」
「ノ………?なぁ、"ノ"ってどういう意味なんだ?この森も"ノ"の森だろ?」
「えっ?あ、確かに…。えっと本に書いてたかな…?」
私はポケットから本を取り出した。
「トリテグ、カサル…!」
魔法で火を付け、その薄暗い灯りの中、魔法石のページを探して開く。
やはり魔法はすごく便利だ。もっと使いこなせるようになりたいと思う。
「うーん、書いてないや。でも単純に考えれば"ノ"は魔法で、"ロティス"は石かな?…ってことはノの森って………」
「魔法の森か?」
「魔法の森だよね…」
目を合わせながら同時に同じ言葉を口にする。
サイガの顔はひきつっていた…
「怖っ!!おー、やだやだ。こんな話、しなきゃ良かったぜ。湖の怪物が本当に出てきそうだ…」
「ちょっと、やめてよ…」
サイガの恐怖でひきつった顔を見たくなくて、手元の本に目を落とす。
しかしそこである記述を見て、ハッとした。
「………えっ?!魔法石の産地は北の国、ギラシヤスのみで採れる……?」
北の…?そうだった。本は何度も読んでいたのに、どうして分からなかったんだろう。
だとすれば、さっきゼファが言っていたのは…
さっきの違和感はこれだったのか。
「ふーん、そうなのか。……じゃあその本ずいぶん古いんだな。オレ前に聞いたぜ?ギラシヤスって国はもうないんだって、師匠が言ってたよ。オレが生まれるほんの少し前に戦争で負けて無くなったんだって。だからオレ達騎士がしっかり鍛練しないと、国が盗られるぞって脅されたぜー」
サイガが珍しく丁寧にギラシヤスについて解説してくれたが、私の頭にはほとんど入ってこなかった。
なぜならゼファの話の違和感の正体が分かったからだ。
ゼファは確かに言った。
あの街に居た理由は、東で採れた魔法石の買い付けに行ったからだと。
しかし魔法石は北の国でのみ採れる。そんなこと魔法石の商人なら知ってるはず…
ではどうして嘘をついたのか?
夢の中でハーレンが言った事を思い出した。
("……ホープ用心して。彼を信じてはダメだよ、決して。旅の間、ルーフェンと離れてはダメだ")
「サイガ……」
「おー?なんだ?」
「ゼファはどこかおかしい。彼の言葉を信用しちゃダメよ」
私は魔法で付けていた火を消した。
「ん?なんでだ?」
サイガはキョトンとした顔だ。
「それはゼファが嘘をついて…」
「その通りですよ。でもどうして分かったのですか?やはりあなたはあの時の子どもだったのですか?それで思い出したのですか?」
背後から声を掛けられ、驚いて振りかえる。気配が全くなかった。
「っ??!ゼファ!」
「少し予定より早いですが、仕事に取り掛かりましょう。ミダ!ディナン!!仕事ですよ」
「仕事?あなたは何者なの?魔法石の商人じゃないんでしょう?どうして嘘を?」
「えぇっ!?一体どうしたんだよ、ホープ?それにゼファのおっさんも」
すると険しい顔をしたミダとディナンが馬車の方からゆっくりと歩いてきた。
その手には炎に照らされ、ギラギラと光る剣が握られていた。
「なっ!おっさん達どうして剣を!」
サイガが叫ぶ。
「ゼファ!!あなた達、ルーフェンさんとバラバイさんをどうしたの?!まさか…」
「いいえ、わたくしは何も。………ただ彼らの馬を殺しただけですよ。こうやってね!!」
「ベルグ、ザイア!!」
ゼファが呪文を唱えた瞬間、ものすごい速さで何かが放たれた。
「きゃっっ!!」
「うわっ!」
それは真っ直ぐにヒュッと私達の馬の方に行った。
そして突然、馬は悲鳴をも上げることなく、その場に倒れた。
馬は遠目でも死んでいるのが分かった。
一体どんな魔法を使ったのか検討もつかない。
「魔法!?オレらの馬が!くそっ!師匠たちになんて事するんだ!!」
サイガが声をあらげた。そしてサイガはポケットから小さなナイフを取り出して構えた。
「彼らがいくら強くても、馬という足を無くし、熊から逃げきれるとは思いませんがね…。そしてあなた達もね」
ゼファは気味の悪い笑顔だった。悪意に満ちた気味の悪い顔………
背中に悪寒が走った。
「うそだろ…!師匠たちはっ!!」
「あなたはどうして?!どうしてこんなことをっ!」
「それはわたくし達が商人だからですよ。ただし、魔法石ではなく、奴隷商人ですがね…」
「奴隷商人だと!?」
「うそ…」
嫌な思い出がよみがえる。奴隷の辛い日々が。
「ええ。大人を捕まえるのはなかなか骨が折れますが、子どもは違います。それに子どもは従順ですから、高く売れるのですよ」
「いやぁ、実に素晴らしい。初めは珍しい瞳のあなたが欲しくて声を掛けたのですが、途中で現れたそちらの少年は体格も良いし、よく働きそうだと目移りしてしまいましたよ。しかしまぁ、上手くそのどちらも手に入るなんて実に素晴らしい…」
「あなたはやはり7年前にこの森にいたあの少女なのですか?…あの時は眠っていたので瞳の色は分かりませんでしたが…。髪の色も顔もあまり変わっていないので、もしかしたらと思っていましたよ」
「なに?何を言っているの?私を知っているの?」
「おや?あなたは覚えていないのですか?あれは7年前の赤月の日でしたよ。西で捕らえた奴隷を東に移送しているとき、この森で一人の少女が倒れていましてね。いやぁ、天からの贈り物だと、儲けものだと飛び上がりましたよ」
その時を思い出したのか、ニヤリと笑う。その目は笑っていた。
「ということは、あなたは逃げ出したのですね。あなたが飼われたのは……スナトル家の屋敷でしたね。ええ、覚えていますとも。わたくしは」
「え?ホープ、お前奴隷だったのか…?」
サイガは哀れみの目で私を見ていた。
「一緒に飼われていったあの老人はお元気ですか?それとも、7年前のあの時で、もうお年でしたからね、亡くなったとか?」
男は懐かしそうに目を細める。
その様子を見ると、胃がムカムカして吐きそうだった。
「許さないっ…!あなたがっ!!あなたみたいな人がいたからっ!私達はっっ!」
私はおじいの死に顔を思い浮かべていた。胸から血を流しながら死んでいたおじいを。私を、そして彼を奴隷として売り飛ばしたのは、ゼファだったなんて!
「ミダっ!ディナン、捕まえなさい!!顔は傷つけないように、お願いしますよ」
「あぁ、任せておけ」
「分かっている。命令するな」
それぞれがゼファに返事をする。
「なっ!!」
サイガは恐怖ですくみあがっているようだった。
そのサイガの顔を見て思った。昔の自分みたいだと。恐怖に怯える自分だと。
でももう二度と、あの日々に戻りたくなかった。
手にした自由を奪われたくなかった。
世界をもっと見て回りたいと思った。
「あんたなんかにっっ!!こんなところで私は終われないんだからっ!!」
私は叫んだ。
血が沸騰しているのではないかと思うほど、全身が熱くなった。燃えそうだ。
そして魔法を使った感じがした。しかし魔法は放たれた感じがなく、代わりに自分の中に全て収まったみたいだった。
(私はまた魔法に"意味"でなく、"意志"を込めているんだ……。でもそれでもかまわない。こいつが憎い…)
視界が急に低くなり、体が軽くなる。私は四本の足で地面を蹴った。
「なっ!?」
「おいっ!」
「うそだろっっ!???」
商人達がほぼ同時に叫んだ。誰がどの言葉を発したのかは分からない。
ただ、私を見て言ったのは確かだ。
そして私は怒りに任せてゼファに飛びかかる。
飛びかかる瞬間、ゼファは恐怖の表情を浮かべていた。
私は前足でゼファの肩を押さえつけ、鋭い爪で驚いた顔を引き裂く。
「ぎゃっ!!」
そしてそのままゼファの肩を鋭い牙で噛みちぎった。
その肩からは血が溢れだした……
「ぐわぁぁぁっっ!!肩がぁ!わたくしの肩がぁぁっっ!」
あぁ、いい気味だ……。
これが、本来の自分の姿だと思った。私は元から、ずっと前からこの姿を知っている。
この聴覚と嗅覚の鋭さ、四本足での走り方……
全てを知っていた。
そして、どうして自分にしか犬笛が聴こえなかったのかを理解した。
「ホープっ!?お前……!?」
サイガの悲鳴のような声が耳に入った。
私は獣に変身していた。比喩ではない。
私は"狼"になっていた。雪の降る冷たい"あの日"に見た狼に……




