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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第3章 魔法の世界
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第3章 46話 「二人の森」

 


「止まって!!止まってってば!!もう熊はいないよ?!大丈夫だから!」

 そう言って私は馬の背中をバンバンと叩くが、止まる気配は全くない。

 馬は必死に走り続け、もうずいぶん長い間走り回っている。


「ホープっ!落ちちまうぞ!!しっかり掴まれって!」

 一緒に馬に乗っているサイガが後ろから叫ぶ。


「でも止まらないと!ルーフェンさん達からどんどん離れて分からなくなっちゃう!」


「止まってっっ!!お願いだからっ!」


 荒い息を上げながら狂ったように走り続ける馬に私は堪忍袋の緒が切れる。


「………いい加減止まりなさいっっっ!!」

 私は馬に対して一喝した。

 あまりの怒りに目がカアッと熱くなる。


 すると驚いたことに馬はピタリと止まった。

「えっ!?」


 しかしあまりにも急に止まったため、私たち二人はバランスを崩し、落馬する。


「きゃぁ!!!」

「うっ、うわっぁ!」


 二人同時に悲鳴をあげ地面に転げ落ちる。

 私はお尻から盛大に落ちた。

 しかし落馬したというのに、幸いなことに草や花の繁みがクッションとなり、大ケガは免れた。


 お尻の痛みに耐えながら立ち上がると、荒れ狂う馬に長い間乗っていたからか頭がクラクラした。


「サイガ大丈夫?」

 頭を抱えながらサイガを呼ぶ。しかし返事はない。


 嫌な予感がして彼の方を見ると、仰向けで倒れており、動く気配はなかった……


「………サイガ?サイガっ!?」


 私は頭の痛みにフラフラしながらも、なんとか駆け寄る。

 しかしサイガは目を閉じたままピクリとも動かない…


「そんな……!サイガっっ!起きてよ!!サイガぁっ!!」


 するとサイガの口がピクッと動く。


「………うぅーん、師匠……もう少し寝かせてくれよ……」

 目を閉じたままうなされるように呟いた。


「なっ!…………起きなさい!サイガのバカ」

 私はそんな彼の顔にバチーンッと平手打ちをする。


「痛ってー!!えっ!?」

 とサイガは驚いてパッと目を見開く。


「……なんで今オレぶたれたんだ……?」

 悲しげな表情の少年は少し赤くなった頬を擦る。


(…ちょっと強かったかな……)


「どこか痛い所ない?頭とか打ってない?大丈夫?」


「う、うん。…ほっぺたが痛いけど…。えっとそれで……、オレたちどのくらい走ったんだろ?」

 問いかけたサイガが立ち上がるのに、私は手を貸す。


「早く戻ろう。さっきの場所まで」

 私はまだ少し怯えた馬の手綱を掴みながら言った。


「えっ?ちょっと待ってくれ、それはダメだ」

 彼ははっきりと断言した。


「どうして?ルーフェンさん達と早く合流しなきゃ!この森、ただでさえ暗いのに、夕方にでもなったらますます何も見えなくなるわ。たぶんもう日が暮れだす頃だと思うし……」


「待て待て。考えてみろよホープ。熊が居た所に戻るのは危ねぇだろ?……それに師匠達がさっきの場所にまだいるとは思えねぇし」


「で、でも!熊に襲われてたら??食べられちゃってたらっっ!?」


「……とりあえず落ち着こうぜ。……師匠達はきっと大丈夫だ。でもオレらみたいに、それぞれバラバラになってる可能性もある……。だからむやみやたらに歩き回らねぇほうがいいんじゃねぇかな?」

 彼はウーン…、という表情で腕を組ながら言う。


 冷静なサイガに私はびっくりする。

 こんな熊のいるような森の中で子ども二人きりなのに、不安ではないのだろうか?


「で、でも…」


「ホープ、そんな顔すんなよ!大丈夫だって。オレがなんとかしてやるからさ!」

 元気よく口にするサイガ。その様子に私は……


「……サイガって意外と……」


「んー?なんだ?」


「いや、なんでもない。それで、どうするの?ここで待つ?」


「うーん。そうだなぁ、どこか休めそうな所を探して、火をおこそうぜ。そうすれば野生の獣は寄ってこないと思うし」


「わかった。じゃあ歩こ」


 馬には乗らずに引っ張りながら、私たちはゆっくりと歩いていく。


「まさかノの森で迷信の怪物じゃなくて、熊に出会うとはね……。私、考えてなかったよ」


 雑草で埋め尽くされた地面を見つめながら、歩いていく。


「お!あそこでいいんじゃね?」


 しばらく歩いた先で、サイガが指差したのは、少し拓けた他よりも背の低い草の生えた場所だった。








「良い子にしててね。……サイガ、木に馬繋いだよ。これでいいかな?」


「おー、ありがとな。よし、枝も置いたし、後は火を付けるたげだぜ。よーし!見てろよホープ、今から木を擦って火、付けるから!


「まずは枝を削らないとな。ナイフナイフ…あれ、どこにあるっけ……」

 腕をまくり、息巻くサイガに、私はあることを思い出し、彼を止める。


「あ、待って。私が火付けてあげる」


「えっ?いいよ。火付けるの難しいんだぜ!」


「うふふ!大丈夫!実はね私……」

 サイガが積んだ枝に手をかざして息を整え集中する。


「トリテグ、カサル!」

 手をかざして呪文を唱えると、自分が思った通りの強さと大きさの火が、パッとその枝に引火した。


(やったぁ!)

 心の中で飛び上がる。こんなにうまくいったのは初めてだ。いつもは強さや大きさが思い通りにならなかったのに。


「どう?すごいでしょ!」


「ホープお前、魔法使えたのかよ…?」

 一方のサイガは少し怪訝そうな表情だった。


「えっ?うん……」

(もう少し喜んでくれると思ったのに……)



「……そうか。えっと、じゃあ休憩しよう。オレはその辺でもう少し枝採ってくる。ホープは馬を見ててくれ」

 サイガはそのまま曇った顔だった。


「ありがとう…。うん。じゃあ待ってるね」


 魔法を見てから急に元気のなくなったサイガは、草を掻き分け暗い森を歩いていった。


 森は静まりかえっていた。

 私は何か音が欲しくて、服の下から首に掛けた犬笛を引っ張り出す。


 そしてそれをおもいっきり吹き込んだ。

 キーーっと高い音が鳴って、それはうるさく鳴り響いた。


「不思議。みんなにはこの音が聴こえないなんて。それにルーフェンさんもオーボエ吹いてくれたらいいのにね……。楽器の音ってきっと遠くまで聴こえるよね」


 音も無くなり、再び静かになった。

 たった一人の森は静かで、あの森を思い出した。おじいの死んだあの森を……



 急に辛く寂しくなった私は、馬の側に寄り、話かける。


「もうすぐ日が暮れちゃう。ルーフェンさん達大丈夫かな……。どうなったんだろ。探しにきてくれるかな。早くきて……」


 木に繋いだ馬の鼻筋をゆっくり撫でる。すると馬は気持ち良さそうにうっとりした目をした。


「あなたが驚いて走り回ったから、ルーフェンさん達と離れちゃったんだよ?……でもあなたも必死だったんだよね。よしよし、もう大丈夫だからね……」


 馬から荷物を外し、少し離れて火の側の木に腰掛ける。

 そこで荷物をあさり、残り少なくなった革の水筒を取り出して飲み干す。


「それにしても疲れちゃった。うーん、水ももう空だし、近くに小川なんかがあったらな……。そういえば迷信の元になった湖ってどこにあるんだろ?」



 目を閉じて耳を澄ます。



 しかし水の音は聴こえなかった。代わりに鳥や小動物の気配を感じる。



 そして人の足音が近づいてくるのが聴こえた。

 それはサクサクと草を踏む音で、大人のものよりも軽い足音だ。

 そして何よりも小さな歩幅である。その主はすぐに分かる。



「水は近くにはないみたい。………でもやっぱり怖いから、湖を見つけたとしても近づきたくないや」


「どこに近づきたくないんだ?」

 小さな歩幅で、ノソノソと歩いてくるのは、やはりサイガだった。


「ありがとうサイガ。戻ってくるの早かったね」


「おー。じゃあここに置いておくからなー」

 両手で抱える程の量をサイガは、よいしょ、と地面に置く。


「どうしたんだ?水無くなったのか?」


「うん。川とか見なかった?……あ!それとも湖かな?」


「見なかったな。んーー。ほんとに湖ってあんのかな?結構オレら森の奥まで来たんじゃね?」


「そうだ。ねぇサイガってお城からあのスウガの国までどうやって来たの?ノの森は通らなかったんでしょう?」


「うん。オレらは川を渡ってきたんだ。ほら、西から東までずっーと流れてるあのラトアシ川だ。そりゃあもうすげぇ濁流で、船から落っこちるかと……」


「ラトアシ川?……ノの森から近いの?」


「いいや、少し離れてるんじゃないか」


「そっかぁ……」


「ん?もしかして喉乾いたのか?オレの飲むか?」


「いや、大丈夫だよ。……はぁ。水の魔法が使えたらいいのに。本で読んだんだけど、魔法で生み出した水はちゃんと飲めるんだって。でも私、さっきの火の魔法しか使えなくってさ……」


「魔法なんて別に使えなくてもいい。オレ魔法嫌いなんだ」


「えっ?!どうして??使えたら便利じゃない。……そういえば、さっき私が魔法を使ったら嫌そうな顔してたよね。どうしてなの?」


「理由を言っても笑わないか?笑わないって約束してくれるか?」


「え?……う、うん。笑わないって約束する」


「それじゃあ……。オレには兄さんがいるって、前に話したことあったろ?」


「うん。一緒にお城で働いてるんでしょう?お兄さんも騎士なの?」


「いや。兄さんは魔法使いとしての才能を認められて城に招かれたんだ。ぜひ城で働いてくれってな……。」


「招かれた…?相当すごい魔法使いなんだね。でもどうして、サイガ全然嬉しそうじゃないね。嫌……なの?」


「あぁ。そりゃ誇らしいさ。」


「えっ?だったら……」


「でもよ、不公平じゃねぇか?どうしてオレには魔法が使えないんだ。なんで兄さんだけ……。それに兄さんは背も高いし、賢いし優しいし……、挙げたらきりがねぇほど、完璧な人間なんだ。なのにオレは……」

 サイガはすごく悔しそうな表情だ。そして思い詰めた顔をしている。


「サイガ……そんなこと。サイガだって……!」


「……なのに、なのにオレは全然モテないんだ!!」


「えっ??」


「なんでだ!不公平だろっっ!!くそっ!兄さんばっかりモテやがって。オレももうちょっと兄さんみたいに美男子ならっっ!!」


「えっ?そこっ??!!そこなのっ?!魔法あんまり関係ないじゃん……」


「ん?なんか言ったか?」


「ううん。別にー。」



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