第3章 44話 「そして護衛へ」
「うーん、なんでだろ。何がダメなんだろう?……でももう一度っ!」
フゥと息を吐き、呼吸を整える。
「集中集中……。イメージして………。セレン、ディオぉぉっ!!ふんっ!ぐぎぎぎ……」
そのまま気張って上げた両手を見つめるが変化はない。
「やっぱりダメ…。どうしてなのよ?もうっ!なにがいけないって言うのよ」
一人でべそをかく自分が情けない。私はリーヤと出会った街の見える丘で、一人魔法の練習をしていた。
あの指輪をもらってから、もう何日も何日もこうして過ごしていた。そして明日はついに護衛の旅だ。
しかし私には収穫は無かった。魔法の上達はほとんど見えない。
「……少し休憩しようかな」
少し雪の残る草の上に転がる。雪は少し冷たいけれど、今日は驚くほど日差しが強くて体感的にはそこまで寒くはない。
この調子ならすぐ雪は溶けるだろう。
「そっか。一年がもう終わるんだね。年が明けたら私は15歳かぁ。………新しい年は楽しいといいな。全ての悩みが無くなりますよーに。ってね!そんな魔法があったらいいのにな……」
相変わらずリーヤの正体は分からないままだ。
そしてルーフェンと深い話し合いをする事もないまま今日まで日々は流れた。
私には問題が山積みだ。
その他には例えば、指輪のことは自分だけの秘密にし、ルーフェンにも教えていなかった。
そうして犬笛と一緒に指輪を首から掛けれるようにして、服の下に隠していた。
犬笛のことも指輪のこともルーフェンには話していない。
特に理由はないが、ルーフェンに言ったらきっと、
「そうか……」
しか言わないと思ったからだ。いつものすまし顔でね。なんと味気ないことか……。
「早く魔法を使えるようにして、ギャフンと言わせたいなぁ……。ルーフェンさんもきっと驚くよね!でも……」
百発百中に出来るのは、最初に教えてもらった明りを灯す小さな炎の魔法だけだ……。
「他にも簡単な魔法が書いてあったら良かったのに。この本ほとんど呪文なんて載ってなかったんだよね……」
ぶつぶつ文句を垂れながら本を開く。そして一番最後のページを開いた。
なんと呪文は最後に1ページ分しか載ってなかったのだ。
きっとこの本は本当に初心者用なのだろう。
「はぁ。こんなので私、役にたてるのかなぁ…」
こうして日が沈む頃にまた一人ため息をついた。今日も特に収穫は無かった。
ゆっくりと目を開けると、スッキリして気持ちが良かった。きっと優しい鳥の鳴き声で目が覚めたからだろう。
今日は指輪をもらったあの日から11日目。
そう、護衛の日だ。
「おはようございます。ルーフェンさん、義足はどうですか?」
「おはよう。ホープ、そうやって毎日毎日聞いてくるが、もう大丈夫だ。」
「あ、そうでしたっけ……。今日から護衛ですね。サイガとバラバイさんに会うのも久しぶりですね」
「そうだな。もう10日程も会ってないのか……。俺は預けていた馬を取ってくるから、悪いが荷物を宿の外まで持ってきてくれるか?」
「はい。もちろんです」
私が笑顔で応えると、ルーフェンは黙って頷き部屋を出ていった。
預けていた馬とは、私達が街まで乗ってきた馬の事だ。私を殺そうとした騎士が乗っていた馬……。
忘れていた訳ではないが、奴隷仲間の事を思い出す。
ルーフェンは私の知らない間に、街の人達に隣の国で起こった奴隷脱走事件―――つまり私達の事―――について聞いてくれていた。
しかし街の人はそんな事があったことも知らなかったらしい。
つまり、手がかりは何もなかったのだ。
「どこで何をしてるんだろう……。皆無事に逃げ切れたのかな……。こんな事になるなら、はぐれた場合の事を考えておくべき……」
そこで独り言を止める。今さら何を言っても遅いのだ。
はぐれるというのはすなわち捕まると言うこと。
逃げ切れた私は運が良かったのだ。本当に。
(感謝しなきゃ。ルーフェンさんに。そしておじいに……)
朝、目が覚める度に思う。毎日起こしてくれた、あのしわがれた、しかし温かい声はもう聴けないということを……
「さて、そろそろ行かないと。私のうじうじ考えるクセは良くないよね。自分でも直さなきゃと思ってるんだけどなぁ。……おじいが心配しちゃうや」
私はルーフェンの重い荷物を持ち上げ、ドアを勢いよく開けた。
待ち合わせ場所にいたのは商人達だけだった。彼らは馬車の前に立っていた。
馬車の中は見えないが、かなり大きく、大人が4、5人は乗れそうだ。きっと魔法石が積んであるに違いない。
そしてゼファの言っていた通り、知らない顔の商人が二人いた。
「おはようございます、ルーフェン殿。護衛よろしくお願いいたします。」
ゼファが一番に開口し、残りの二人は黙ったままただ会釈しただけだった。
「おや、バラバイ殿は一緒ではないのですか?」
「……じきに来るだろう」
変な間があった後、ルーフェンはそう答えた。
(ルーフェンさん、ゼファのおじさんの事嫌いなのかな?なんだか冷たい態度……。そんなに嫌だったら断れば良かったのに。やっぱりプライドが許さなかったのかなぁ)
そんな事を考えながらサイガ達を待つ。
するとすぐに遠くに二つのシルエットが見えた。そしてそれはどんどん近づいて来る。
「おー!お待たせ!……ってホープ髪の毛どうしたんだよ!?伸びてるぞ??」
サイガは片方の眉を上げて食い入るように私を見た。
「ふふっ!久しぶりだね!どうかな?似合ってる?」
「おや、どうやら私達が最後だったみたいですなぁ。いやぁ待たせたようで、どうもすみませんな」
「いえいえ。時間通りですよ。バラバイ殿も本日から護衛お願いいたします」
「いやいや、こちらこそですな」
そうやって大人達が話している横で、私達は静かに話す。
「俺達ガキは何もしなくていいんだってさ。つまんねーや」
「うん。確かにそうだね。こんな時によく思うよ、早く大人になりたいなってね」
「あ、そだ。なぁホープ。お前さ馬、一人で乗れねぇんだろ?だったらさ、その、えっと……。俺と一緒に乗らね?」
サイガは下を向きながら、地面の土を足で蹴りながら言った。
「え?サイガと?うーん……」
突然の提案に驚く。しかし私の本音は、もしルーフェン以外と乗るのなら、サイガよりバラバイの方が……。
「サイガ本当に大丈夫なの?」
「あ、あたりまえだろっ!!これでも騎士見習いなんだぞっ!?任せろ!!」
少年は自信たっぷりに息巻く。
「……じゃあ乗ってあげる」
「ほんとか?!やったぜ!」
彼は飛びあがらんとばかりに喜ぶ。
「ふふっ。サイガどうしてそんなに喜んでるのよ?そんなに自慢したいの?」
「ち、ちが!……別に喜んでねぇし!!おれはただルーフェンとか師匠と乗ったらもしもの時、巻き込まれて危ねぇと思っただけだし!他には何も考えてないからな!それだけだし!!」
口を尖らせて言った。サイガの感情は本当に読めやすいが、考えまでは読めない。
心配してくれた事は素直に嬉しいが、変に否定するところが怪しい……。他に何か思惑があるのだろうか?
(ま、サイガと乗ったら面白そうだしね…。いっか!)
結局はそうして楽観的に決着を着けた。
私はバラバイや商人達と話ていたルーフェンの側に行き、彼の袖を引っ張る。
「ん?どうした?」
「あの、サイガと馬に乗ってもいいですか?」
「サイガと……?ふっ。あぁ、ホープの好きな用にすればいいさ」
ルーフェンはサイガをチラリと見てフッと笑うと、簡単に許可してくれた。
「乗ってもいいって!じゃあ乗せてね。私ホントに全然乗れないんだから、落とさないでよ?」
「お、おう!任せろよ!」
そう言うとサイガは馬にサッと乗る。正直それを見て感心したが、サイガには黙っておいた。
「ほら!手貸せよ!」
「うん。ありがと、じゃあ……」
手を伸ばすとグイッと引っ張られて難なく馬にまたがれた。そうしてサイガの前にちょこんと乗った。
私が乗ると、サイガはすぐに馬を少し歩かせる。
「どうだ?乗り心地?」
彼の顔は見えないが、きっと自信満々なのだろう。声だけでそれが伝わってくる。
「ふふっ……。まぁまぁ、かな!」
「な、なんだよ、まぁまぁって……」
ルーフェンと乗った時みたいに安定感はないけれど、不思議と安心感があった。
子ども同士だからかもしれない。変に気を遣わなくて済むから……
視界の高くなった馬の上から大人達を見ると、どうやら話は終わったようだ。二人の商人達は馬車に乗り込み、ゼファその前に乗り馬車を引く。
ルーフェンとバラバイも馬にサッと乗り、準備万端だ。
「それでは出発します。道中お願いいたします」
ゼファが少し大きい声で言った後、馬車は動き出した。
それに続いて私達の馬も動き出す。
少し経った後、後ろを振り返ると街は小さく見えた。
この街で別れを言いたかった人。それはレギンさんだ。
しかし彼女は年末の神事で、何日も部屋に籠って祈らなければならない役職にあるらしく、別れを言いに教会に訪ねに行くと会えないと言われた。伝言を頼んだが、結局残念ながらあの祭りの日からもう会う事は出来なかった。
心の中で街で出会った人々、そして彼女に別れを告げる。
私は前を向き、雪の少し残る道に続いた。




