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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第3章 魔法の世界

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第3章 42話 「ザイの魔法店」

 


 太陽はもう昇っていた。空は晴天で雲一つない。しかし私の心は晴れない。


 リーヤと話した後、私はなんとも言えない悶々とした気持ちを抱えながら宿に戻った。

 ルーフェンは私と顔を合わすのが気まずいと思ったのか、はたまたただ疲れただけなのか、私が部屋に戻った時には灯りは消え、彼は眠っていたのだった。―――狸寝入りかもしれないが。


 そうして私も眠り、まさに今目が覚めた所である。


 今日の夕方、ゼファがルーフェンの返事を聞きにやって来る……。

 ルーフェンはハッキリとは断言していないが、きっと護衛をするのだろう。なんだかんだ言ってルーフェンはプライドが高い人だから……。


 起きるのが辛い。これからの事を考えると体ではなく、心が重かった。

 仕方なく体を起こし、ベッドの端に腰掛ける。


 隣のベッドのルーフェンは、珍しくまだ眠っていた。彼は静かに目を閉じている。

 私が彼の横顔をボーッと見つめているとパッと目が開く。


「起きたのか?おはよう」

 ベッドで横になったままの彼は、顔だけこちらに向いてかすれた声で言った。


「っ!!……お、おはようございます」


「ホープ、朝から悪いんだか、朝食を頼んできてくれないか?この足では歩くのも座るのも面倒でな……」






 そうして二人して朝食を済ませた。ルーフェンの感情は相変わらず読めないが気まずさはなかった。まるで昨夜の話し合いはなかったかのように。


「そう言うわけで、俺は歩くのも面倒だから今日は部屋にいる………。せっかくの天気だ。お前は外に出てきたらどうだ?………これで欲しいものでも買ってこい。ゼファとかいう商人が来るから、夕方までには帰ってこいよ」

 彼は私が口を挟む隙を与えないかのように、続けてそう言うと、腰に着けていた小さな袋ごと、半ば私に押し付けるように手渡した。手渡された袋は重かった。


「お金なんてもらえません!」


「別に無理に使わなくてもいい。ただ、とりあえず持っておけ。何があるか分からんからな」







 ……と言うわけで、私は昼前に宿を出て街を一人散策していた。

 ルーフェンは昨夜の事を気にした様子もなく、いつも通りであり、拍子抜けだった。


 精霊祭は終わったというのに、まだ出店は開いていて、人も多く目まぐるしかった。匂いと音に敏感な私にとっては、これほど人が多い通りは歩きたくない。―――しかし私には行きたいところがあった。


「ギルグ通りの角から6番目のお店……。6番目…。あ、ここだ!!ザイの魔法店!」



 ギィっときしむ古びた扉を開け、私は店に入る。扉には鈴がついていて、リンリンっ…と鈴が鳴いた。

 店の中は独特の香りがして、果物のように甘い匂いもあれば、鼻をつまみたくなるような刺激的な香りもあった。


 そう、私は魔法を使えるようになりたかった。


 あの不思議な青年、リーヤに言われたように、出来ることを増やそう、努力しようと思ったからだ。私にも出来ることがあるとすれば、それは"魔法"しかない、と。

 そして街の人に尋ねて、街一番の魔法店にやってきたのだった。


 店は広かった。しかしがらんとしていてお客は誰一人としていなかった。それに店主もいない。人通りの多い道にあるのに、まるでここだけ別次元のようだ。


 店には一体何に使うのか、全く検討もつかない謎の物体が陳列されてある。

 黒い植物の入った瓶、透明な蛇の皮、吊るされた動物の骨…


「ん?ご自由にお試し下さい…?」

 瓶にメモが貼ってある。その中には小麦粉のような、赤い粉が入ってあった。

 手袋を外し、その粉を一つまみして手のひらにそっと放す。鼻を近づけて匂いを嗅いでみると、ケーキのような甘い香りがする。


「美味しそうな匂い!舐めてみていいよね…?」

 独り言を呟き舐めようと舌を出すと……


「あんた、それ舐めたら死ぬよ?」


「えっ!?」

 その言葉に驚いて粉を床にこぼしてしまう。


「フフっ。冗談だよ。舐めても死にゃしないさ。腹を壊すくらいだよ。こりゃかわいいお客さんだ。女の子が一人でどうしたんだい?」

 いつの間にか隣にいたその人は爽やかな香りのする人だった。艶やかな黒く長い髪を一つにまとめていた。


「あ、あの…これは?」


「それはドウガイだよ。良い香りがするだろう?毛を伸ばす魔法の粉さ。……あんた魔法は使えるのかい?」


「えっと、たぶん…。この粉で毛が伸びる?」


「たぶん??ああそうさ。魔法使いなら試してみなよ。呪文と使い方は……」


「あっ、待って下さい!あの、私は魔法を練習したいんですけど、魔法の知識は全くなくって。それで魔法について簡単でいいので教えてくれませんか??」


「なんだいあんた、おかしな子だね。魔法についてだって?……名前は?」


「突然ごめんなさい。ホープです。知りたいんです、お願いします…っ!」


「ホープね。ん、あんたの瞳珍しいね……。……あー、……アタシはイーライ・ザイ。この店は祖母の代からやってる。いいね、そういう初々しいの。あんた気に入ったよ。アタシで良ければ教えてやるさ」


「いいんですか!?ありがとうございます!」

 言ってみるものだ。なんだかトントン拍子で、ビックリする。


「じゃあ店は閉めるか。どうせ誰も来ないんだからね…。奥に入りな。茶でも出してやるよ」



 そわそわしていた。知らないことを知るのは楽しいからだ。早く魔法の事を知って扱えるようになりたい……


「さて、じゃあ何から話せばいいのかね?……魔法を使えるようになりたいんだね、じゃあ魔法語は?読み書きは出来るのかい?」


「魔法語?呪文のことですよね?……いいえ全く」


「なら最初は魔法語を覚えることだね。魔法語にはそれ自体に力と意味が宿っているんだ。魔法語というのは魔法に意味を込め、何を成すかを決定づけるもの。名前と同じさ」


「意味を込める?」


「ああ。普段の言葉と違う言葉を使わないと、混同してしまって危ないからね。それに意味を込めないと、下手な魔法を使いかねない。意味を込めず意志を込めるととんでもない魔法になることもある」


 私は戦祭りのことを思い出していた。あの時バラバイは呪文を唱えていなかった。おそらく"意志を込めた"に当たるのだろう。


 そして、私も……。追っ手の騎士を殺したあの夜、私は呪文なんてものは唱えていなかった。感情任せだった。あれもきっと"意志を込めた"のだろう。


「魔法語を覚えた後はどうやって練習するんですか?」


「練習は体で覚えるしかないね。魔法語の意味と自分の使いたい魔法を一致させるのさ。念じるに近いかね」


「魔法語を覚えて念じる……。あ、そうだ!魔法を使うとすごく疲れたんですけど、魔法は体力を使うのですか?」


「そうだね……。魔法を使うには魔力がいるが、それは体力の一部と言ってもいい。魔法は無限に使える訳じゃない。」


「だが魔力は高めることができる。体力や筋力と同じようにね。上手く効率的な扱い方をすれば魔力は持続するし、鍛えれば鍛えるほど魔力は上がり、より強力で難しい魔法も扱えるようになる」



「すごいっ!あの!今の私にも出来るような簡単な魔法はないですか?」


「フフっ。あんたやっぱり面白い子だ。……だったら、火を付ける魔法を教えてやるよ。単純で簡単な魔法さ。………意味は、炎よ照らせ」


 そう言うとイーライは人差し指をじっと見つめて、一言言い放った。


「トリテグ、カサル」

 その瞬間指先にパッと火がつき、それは消え入りそうに小さく、ゆらゆらと揺れている。


「わぁ…!すごい!私もやりたいです!呪文を唱えるだけでいいんですか?」


「呪文を唱えながら、イメージすることが大切さ。炎がポッとつくようにね。さぁ、やってみな」


 イーライがやったのと同じように、左手の人差し指を顔に近づけて、それをじっと見つめる。

 炎が指先につくイメージ……。イメージ……

 そして……

「トリテグ、カサル!」

(炎よ、照らせ!)


 シーン……。呪文を唱えたというのに、炎はつかない。


(どうして??お願い!付いてよっ……!お願い…っ!)


 意地になって、心の中で一生懸命念じつづける。付け!付け!

 それでも指先に変化はない……。


「焦っちゃだめさ。集中しな」


 彼女に諭され、焦った気持ちを一度沈める。

 そして目を閉じてもう一度、心の中で呪文を唱える。

(トリテグ、カサル……)


 ボンっ!!!


「熱っっっ!!!」


 勢いあまったのか、それはイメージしていたのとは違って、とんでもない火力だった。


「ホープ!あんた前髪燃えてる!!」

 イーライがものすごい剣幕で言い放った。自分では見えないが、おでこの辺りが熱いくて焦げ臭い……


「きゃあっ!!!水っ!水を!!」


「セレン、ディオ!!」

 イーライは両手をあげて、私のおでこの辺りに手のひらを向けて、謎の呪文を唱える。すると強烈な勢いの水が頭、顔に掛かった。

 すると焦げ臭いのが無くなり、熱くもなくなった。


 二人してキョトンとした顔を見合せた。そして……

「あっはっはっはっ……!!」

 豪快にイーライが笑った。


「ぷっ!あははははっっ……!」

 それにつられて私も大声で笑う。二人して笑い転げた。


「はぁー、危なかったね!どうやら火傷はしてないみたいだね。とりあえず良かったよ。あぁ、これで水を拭きな」


「自分でもビックリしちゃいました。助けてくれてありがとうございます。私って魔法へたくそですね。……さっきのは水の魔法ですか?」


「あぁ、そうさ水のね。……でもあんた、魔法の筋はいいよ。初めてで火がつくなんてね!……でもやっぱりもっと練習が必要みたいだ。今度練習するときは手を顔から放すんだよ??どれ、前髪見せてごらん?」


「本当ですか!?だったらもっと練習すれば、すごく魔法を使えるようになりますか?!」


「こら、じっとしな。あらら、前髪かなり燃えちゃったね……。とりあえず乾かそうか。テサ、ベリテ!」


 すると温かい風が濡れた髪や服を乾かしていく……


(す、すごいや…)


「努力すれば誰だって上手くなるさ。仕方ないね、さっきあんたが舐めようとしたドウガイを使おうかね。髪を伸ばしてやるよ」


「あの赤い粉を?えっと、イーライさん……」


「なんだい?」


「前髪だけじゃなくて全体を伸ばしてもらえませんか?私よく、男に間違えられるんです……。お金は払いますから」


「なんだい?こんなにかわいい子を男だって?……全く、凡人どもは見る目がないねぇ。じゃあお言葉に甘えて代金は貰おうか。その代わり任せな、髪を長く伸ばしてやる。ついでにキレイに切ってそろえてやるよ」


「ありがとうございます!ではお願いします」






「じゃあドウガイを全体にまぶせて……。よし、こんな感じかね。あとは呪文だね。目を閉じて、じっとしてなよ?……ナリギア、カルタリア!」


 次の瞬間頭が、正確には髪の毛が熱を帯びる。しかしそれはじんわりとした温かさで、先ほどのように熱くはなかった。


「ほら!出来た。もう目を開けても大丈夫。鏡、見るかい?」


 目を開けると前髪が目にかかって邪魔だった。

 そうして手渡された鏡には、驚いた顔が映っていた。


 まるで別人だ。髪型でこんなにも変わるなんて!

 鏡の中にいたのは、もう男に間違われない、紛れもない髪の長い女の子……。


「わぁ!ありがとうございます!」


「喜ぶのはまだ早いよ。ちゃんと整えてあげるからね。で、どこまで切ればいいんだい?」








「出来たよ。どうだい?ちょっと短くなってしまったが、肩くらいまで切って大丈夫なんだろ?」


「はい、バッチリです!」


「で、あんたの目的は魔法だった訳だが、どうだい??」


「なんとなくですが、分かりました。あとは自力でなんとかしていこうと思います」


「フフっ、良い心がけだね。じゃああんたにこれをやるよ。魔法語の本さ。基本的な呪文や、魔法道具の使い方なんかが載ってる。初心者にはぴったりさ。アタシにはもう要らないものだ」

 それは明らかに彼女の私物であろう本だ。表紙は所々すりきれているが、丁寧に使われていたようだ。


「さぁ、私から教えれることはこんなもんかね。じゃあドウガイの粉の代金を払ってもらおうか。500タウサね」


「こんなにしてもらって、本当にありがとうございました」


「いや、こちらこそ久しぶりの楽しい客で面白かったよ。じゃあね、かわいい魔法使いさん」


 イーライは手をヒラヒラと振って見送ってくれた。私はお辞儀をして店を後にする。


「よぉし!たくさん魔法を使えるように練習しよう!」

 私は一人、ザイの店の前でそう息巻いたのだった。



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