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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第2章 世界の掟
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第2章 41話 「青い瞳ノ青年」

 


 一体あれからどのくらい経ったのだろうか。目が腫れて痛い上に、鼻が詰まって息苦しい。

 そうして泣くのにも疲れた私は一人膝を抱えていた。

 そんな私は自然と膝に顔を埋める。


 早く大人になりたいと思う。一人で生きていけるように。こんなことに心を揺らさなくて済むように。

 あとどのくらい?どのくらい待てば私は……


「大丈夫かい?」


「ヒッっ!?」

 あまりの驚きに変な声を出してしまった。

 顔を上げた目の前には、背の高い見知らぬ青年が立っていた。今まで全く気配もなく、気がつきもしなかった。


「やっと、やっと見つけた……。君をずいぶんと探したんだよ」

 その青年は夜の闇のような漆黒の髪をなびかせながら言った。しかし一方で、まるで雲1つない空のように、よく澄んだ美しい青い瞳をしていた。おそらくこの辺りの人間ではないだろう。


「ごめんね。驚かせてしまって」

 優しげに小さく笑った青年に対して、先ほど変な声を出したことを思い出し、恥ずかしくなる。


「あなたは?」


「あぁ、そうか。えっと、僕はレ……。リーヤだ。君が街で泣いて走っていたのが見えてね。なんだか心配になって追い掛けてきたんだ」


「目、腫れてるよ?ずっと泣いてたんだね……。何か辛いことあった?僕でよければ聞くから」


「いえっ!大丈夫です」

 あまりに突然でびっくりしていた私は、特に何も考えず間髪いれずにハッキリと断った。

 すると青年はとても悲しげな表情になった。その拒絶され傷ついた表情に罪悪感が芽生えた。


「あ、ごめんなさい。気持ちはすごく優しいんですけど。でも……」

 会ったばかりのこの人に?そんなことは出来ない。



「……ねぇ君、そんな格好で寒くないかい?これを着るといいよ」

 確かに部屋を逃げるように飛び出してきた私は、外套もルーフェンからもらった手袋でさえも持っていなかった。正直とても寒い。


「いいえ。そんなの悪いですから」


「遠慮しないで。大丈夫、僕は中にたくさん着込んでるし。それにマフラーも手袋もしてるからさ」

 そう言って青い瞳の青年は、私の隣にゆっくりと座り、彼は着ていた外套を脱ぎ、丁寧に私に掛けた。


「あ、ありがとうございます」

 背の高い青年の外套は、私には大きくてすっぽりと収まった。


「えっと、リーヤさん……でしたっけ?あなたはあの街の人ですか?」

 先ほど逃げるように出てきた街を、私は指差した。


「ううん、違うよ。僕は旅をしているんだ。」

 彼はのんびりと否定して言った。


 旅……。ルーフェンと同じだ。案外旅をしている人は多いのだろうか。青年に対して少し興味が湧く。


「旅を…。あの、聞いていいですか?リーヤさんはどうして旅を?」


 すると彼はゆっくりと、大きく息を吸って答えた。

「どうして…か。それはね、遠くに行ってしまった僕の大切な人を迎えに行くためだよ。……彼女は一人では帰ってこれないんだ。」


 一人では帰れない?どういう意味なのだろうか。

 少し重そうな話だ。聞いて良かったのかと心配になった。これ以上聞くのは止めておこう。


「そ、そうなんですか。……きっとその人、リーヤさんのこと待ってますよ。早く迎えに行けるといいですね」


「うん、本当に。でも大丈夫。僕は絶対迎えに行くから。僕は裏切らない。だから信じて待っていてほしいんだ……」

 青年は迷いのない、真っ直ぐな瞳をしていた。真面目な表情をしたその瞳の中には私が映っていた。


「ふふっ。リーヤさん、私に言ってもダメですよ。彼女に直接言わなくちゃ」


「あはは…。そ、そうだよね。直接彼女に言わないとね…」

 彼は少し悲しそうに笑った。



 しかし先ほどはそう言ったが、内心それが私に対しての言葉だったらどんなに良かっただろうにと思った。そうならすごく幸せだろう。こんなに想ってくれるなんて。

 そんな自分に恥ずかしくなった。そして同時に心が温かくてムズムズする。この気持ちはなんだろう……

 ―――そしてなぜだろう。この青年と私はどこか似ているような気がする。


 彼は旅をしていると言っていた。彼の話は参考になるかもしれない。もっと知りたいと思った。


「あのっ!聞いていいですか?……どうして旅を?何歳から?一人で旅を?旅で大切な事はなんですか?」


「ははっ…、知りたいことたくさんありそうだね。1つずつでいいかな?」

 彼は困った顔で、しかしどこか嬉しそうに言った。


「あ、ご、ごめんなさい。1つずつでお願いします…」


「うん。………どうして旅を、だったね。えっと、笑わないでよ?……それはね、一緒に居たいと思った人達が旅をしていた。それだけなんだ。……ワガママで小さい子どもみたいだろう?」

 彼は私から目を反らし、人差し指で頬を掻いた。そして小さく笑った。


「ふふっ、リーヤさんってかわいいですね」

 それにつられて私も口を押さえて小さく笑う。


「あははっ、やっぱり笑っちゃうよね…。あとは何歳からだったっけ?僕が12の頃からだよ」


 12歳?だとしたら今の私よりも年下だ。


「さすがに12で一人では旅ができないからね。大人と一緒さ。あぁ、あの頃は本当に楽しかったなぁ…」


「最後は旅で大切な事は、だったね。大切な事かぁ……。うーん」

 青年は口を尖らせて悩んでいる。


「大切な事はたくさんあるけど、1つあげるとしたらそれは……」

 彼はじっと私の目を見ている。


「それは?」

 早く続きが聞きたくて、同じ言葉を繰り返す。


「自分に出来ることを探す、かな?」


「自分に出来ることを探す?」

 私は意味がよく分からなくて、そのままそっくりオウム返しをする。


「うん、そうだよ。えっと、正確には自分に出来ることを増やす、かな?……僕は旅を始めた頃、一緒に旅をしてくれた人が何でもしてくれたし、与えてくれてたんだ。でもそれが本当に申し訳なくて、無力な自分が惨めだったし、何か力になりたいって思ったんだ」


「だからそんな自分にも出来ることを探そうって思った。……それで武術を教えてもらってね。先ず出来ることは自分の身は自分で守ることだってね。足手まといにならないように」


 私では想像も付かない考え方だ。


「旅を始めた頃って12歳ですよね?リーヤさんってその時からすごく大人だったんですね」

 私はもうすぐ15になるというのに……。子どもっぽい自分に恥ずかしい。


「ほんとかいっ!?君にそう言ってもらえるなんてすごく嬉しいなっ!」

 彼は本当に嬉しそうに目を輝かせていた。


「あ、出来ることってなんでもいいと思うよ。例えば料理や洗濯、……魔法が使えるなら魔法でもね」


 その言葉にドキリとした。―――私が魔法を使えるなんて誰も知らないはずだから。

 でもきっとたまたまだ、それか方便だろう。


「そうだ。ねぇホープ、もし未来が分かる魔法があるなら、君はそれを知りたいと思うかい?」


 なぜだろう。彼に対して何か違和感を感じた。おそらく突然のおかしな質問をされたからなのだろう。


「と、唐突ですね。……もし未来を知れるなら……?」

 変な質問だったが、これまで私の質問に真剣に答えてくれた青年に対して、自分も真剣に答えなくてはいけないような気がした。



 知りたいと思うのだろうか?いや―――



「知りたくありません。未来が分からないからこそ、今を生きることを頑張れるのではないでしょうか?」

 自分の言葉に驚いた。今をこんな風に考えていたのかと。


「それに私、もし未来を知ってもそれが嫌な未来なら、変えようと努力します。例え運命が決まっていても、私は最後まで抵抗しますよ。ふふっ。私、性格悪いですから」

 スラスラと言葉が続く自分に対しやはり驚く。


「そっか。やっぱりホープは強いね。変な質問してごめんね」


 彼には子ども扱いもされない、真剣に私に応えてくれる。この人はしっかり聞いてくれる人だと思った。そうして心を決める。

「いえ。リーヤさんって面白い人ですね。……私の話、聞いてくれますか?」


 すると青年はパッと真剣な表情になった。その表情を見た私は口を開く。


「リーヤさん、私は旅がしたいんです。それを信頼していた人に言ったら、私なんかが旅をしないほうがいいと言われてしまいました。旅は辛くて苦しいと。それに旅についてきてほしくないとも」


「でも私はやっぱり諦められない。家族を探したいんです。私みたいな子どもが旅を出来るでしょうか?彼の言う通り、私には無理なのでしょうか?」


「そっか、そんなことが。ホープ、辛かったね。難しい質問だね。……ただ僕から言えるのは、後悔しない生き方をってことかな。……僕はやらなくて後悔することが多かった。だから今は思うんだよ。あの時ああやっていれば良かったってね」

 初めて彼の澄んだ瞳に暗い陰りが見えた。


「だから君も失敗や後悔を恐れずにやりたいことはすればいいんだよ。始めなければ何も起きないんだから」

 青年は低い声でハッキリと言った。


「ねぇホープ。君が望めばそれが世界の掟になりうる。……君はこの世界に愛されてる。だから居場所が無いなんて思わないで。誰だって一人じゃない。大丈夫だよ。今は一人でも、未来にきっと愛してくれる人が見つかるから。そして君もその人を愛する時が来る。そうして世界は繋がっていく」


「??」

 意味が分からなくて、私はしかめっ面になる。次から次へと続く難解な言葉に困惑した。しかし彼は真剣で、からかっているようには見えない。


「あはは…。今は分からないよね。でもいつか分かる時がくるから。君が僕くらいになる頃にきっと……。だから僕を信じて。僕は君を決して裏切らない。それを待っていてほしい」

 彼の瞳とその言葉にドキリとした。なんなのだろう、この気持ちは……。


「それに大丈夫だよ。君はきっと旅が出来る。……僕を信じて。自分に正直になったらいいんだよ。そうすればきっと全て上手くいくから」


「自分に正直に……?」


「うん。ホープ、君は自分で思うより君は強い人だよ。僕なんかよりずっとね。だからどんな事でも乗り越えられる……」

 青年はそう言い切った。


「じゃあ僕はそろそろ行くよ。君の言う通り、早く彼女を迎えに行かなくちゃ。ありがとう、今の君と逢えて良かった。僕の事、忘れてないで…」

 彼の表情が名残惜しそうに見えるのは、私の勘違いだろうか?


 あぁ、彼が迎えに行くのが私だったら良かったのに。こんな素敵な人に迎えに来てもらえて、その人はきっと幸せだろうな…


「……忘れませんよ。こちらこそありがとうございました。これ暖かったです」

 私は外套を彼に返した。


 彼はそれを頷いて受け取ると、優しく温かい声で言った。

「じゃあね、またどこかで逢えたらいいね。おやすみホープ……」


「おやすみなさい。リーヤさん」

 しばらく私をじっと見つめた後、彼は背中を向けて街とは反対方向にゆっくりと大股で歩いていった。

 私は青年が見えなくなるまで見送った。彼は一度もこちらを振り向くことはなかった。



 見えなくなった後も、私はボーッと宙を眺めて、彼との会話を思い返していた。



 すると突然、青年との会話の途中に感じた違和感の正体に気がついた。


「あれ?……私、彼に名前教えたっけ……?」



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