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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第2章 世界の掟

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第2章 40話 「先のない闇」

どれくらい?

あとどれくらい待てばあなたは来てくれるのでしょうか?

私にはもう…

「えっ??」

 想像もしていなかった返答に面を食らった。あまりの驚きに全身の力が抜ける。


「いや、だからバカだって言ってんだよ。お前、ルーフェンと離れるの嫌なんだろ?」


「なっ!?」


「ハハッ!やっぱ図星だ。ま、確かにルーフェンはお前を連れて行けないって言ってたけど、何か理由があるみたいじゃね?だから別に邪魔なんて思ってないんじゃないか?」


「そんなの分からないじゃない。邪魔だって思ってるよきっと…」


「もー!ホープはめんどくさいやつだなー。じゃあ直接聞けばいいじゃん!」


「ええっ?!」


「ウダウダ考えても一緒だと思うぜ」

 机に頬杖をついて、足をプラプラさせていた。私は呆然と固まる。なんと身勝手な…。

 ……でもサイガのいう通りかもしれない。私の考えすぎなのだろうか?彼は適当に言ったのかもしれないが、自分の心が動いたのが分かった。

 彼に一度尋ねてみようか…。そして旅についていきたいと言ってみようか。一体どんな顔をされるのだろう。正直怖いがこのモヤモヤした気持ちのままずっと過ごすのは嫌だった。


「確かにあんたの言う通りかもね……。言ってみないと分からないこともあるよね。ねえサイガ。話、聞いてくれてありがと。サイガに話して良かったかも」


「んー。………良かったかもってなんだよ…。あんま嬉しくない…」

 彼は変な顔をしていた。喜んでいるのか、困っているのかよく分からない顔だ。本当に彼は顔に出る。嘘が隠せない性格で、ルーフェンと全くの逆だ。これくらい分かりやすければいいのに。


「ふふっ…」

 思わず笑みがこぼれる。


「………」

 そんな彼は小さく笑った私を、少し驚いた顔でじっと見つめた。一体どうしたというのだろう?


「なあにサイガ?」


「……な、なんでもねぇよ!」

 サッと目をそらされる。


(私、何か変なこと言っちゃったのかな?)


 自分の記憶をたどり、サイガとの会話を思い出していると、バラバイとルーフェンが外から戻ってきた。


「あー。おかえり師匠。もうオレたちの宿に戻る?」


「そうだなぁ。もう遅いし戻ろうか。ルーフェンさん、ホープ君、今日はどうも迷惑をおかけしてすみませんな」


「いや、こちらこそ。お互い様だ」

 ルーフェンが静かに言った。


「あ、師匠。ホープは女の子なんだぜ」


「エッ?」

 彼はぎょっとした表情をしていた。全く予想もしていなかったようだ。それを見て悲しくなった…。


「…そうなんです。別に隠してた訳じゃないんですけど、言うタイミングが見つからなくて…。ごめんなさい」


「いやいや、君が謝ることではないよ。ではこれからはホープさんとお呼びせねばな!わははははっ!」

 バラバイは豪快に笑った。


(ホープさんってなんか嫌だな。でも良かった、隠してたの怒ってないみたい。バラバイさんはすぐサイガに怒るからね…)


「……では私らはもう戻ります。ルーフェンさん、また明日に行かせてもらいますな」


「あぁ」


「おやすみサイガ」


「おー!じゃーなホープ!」

 そうしてサイガがニッと笑ったのが最後だった。二人は私たちに背を向け帰って行った。


「……あの、ルーフェンさん。お話があります。聞いてくれますか?」


「なんだ?あぁ、そうだ俺も話がある。…部屋でいいか?」

 気持ちの読めない表情で言った。







 二人して椅子に腰かける。食堂は人が多く騒がしかったが、やはり部屋は静かで快適だ。落ち着いて話ができそうだった。

「話ってなんですか?」


「いや、まずはお前から話してくれ」


「じゃ、じゃあ………。前にルーフェンさんは私に聞きましたよね、これからどうしたいのかって。それで私…、ルーフェンさんの旅についていきたいと思っています」


「俺の旅に…」


「はい。この前、昔の記憶を少し思い出したんです。まずはそれを聞いてもらえますか?」


「ああ。言いたいことは全部言え。俺は口出しはしない。まずは聞いてやる」


「ありがとうございます。それはたぶん私が6、7才くらいの記憶です。そこは屋内でした。おそらく………家です。私の家かは分かりませんが。そこで私たちは泣いていました。」


「私たち?他にも誰かいたのか?」


「そうなんです。私は泣いていて、そして同じく6、7才の少年も泣いていました。私とその少年は大人の男の人に泣くなと慰められていました。大丈夫だ、心配するな…と」


「なぜ私たちが泣いていたのかは分かりません。そして男の人の顔もよく思い出せません。………でも少年の顔は思い出せます。その子の瞳は紫でした」


「紫の瞳だと?だったらそれは…」


「はい、たぶん私の兄弟。そうでなければ血縁関係にある人だと思います。………私はその子を、あの人たちを探したいのです」


「私はどこで、いつ生まれたのか。そしてなぜあの時、森に一人でいたのかを知りたいのです。あの人たちが生きているのかも分かりません。でも私は探したいのです。答えがほしいのです。抜け落ちた記憶を取り戻したいのです。もちろん良い記憶だけとは思えません。嫌な記憶もあるでしょう。でも真実がどんなに残酷だとしても、私は自分が誰なのかを知りたいのです」


 話していると嫌な思い出がよみがえる。辛かった奴隷の日々、そしておじいが死んだあの時…。

 もしかしたら私は、ただ何か生きる目的がほしいのかもしれない。―――今の私には何もないから……



「そうか……。お前の気持ちは分かった。だが今度は俺の話を聞いてくれるか?」

 私は黙って頷いた。すると彼は息を大きく吸って吐いた。


「ホープ、お前は普通に生きるべきだ。……お前は気立ても良くて優しく、頭もいい。だから自分が思うよりも、どこでだって生きていける強さを十分に持っている」


「お前はまだまだ子供だ。今ならまだ未来を明るいものにできる。きっと良い家の、良い人たちの里子になることだって可能だろう。そうして普通の幸せを送るべきだ」


「きっと今までさんざん辛い思いをしてきたんだろう。ならこれ以上もう険しい道を突き進まなくていいんじゃないか?旅はお前が思っているよりも危険で辛いものだ。その上どこにいるか、生きているかも分からない家族を探すのは良い考えとは思えない……。だって俺が……。」


「俺が旅をしているのは……、人を探しているからなんだ。どこに居るかも分からないヒトを……」


「えっ…?」


「はぁ………、話が逸れたな。つまり俺が話したかったことは、もうお前は幸せに生きていいんだ。自由なんだから何かに縛られることはない。子供らしく笑って過ごしていればそれでいい」

 それは意志のこもった力強い瞳だった。おそらく本当に本心だろう。彼は私のことを本気で心配し考えてくれているのかもしれない。



(自由なんだから……か)



 自由ということはただ何も考えずに生きているとも言えるのかもしれない。奴隷の日々がまさしくそうだった。でもあの頃はいつか外に出るという光のために毎日頑張れた。



 だが今は何もない。あの頃の私は、外の世界には光の世界が広がっていると思っていた。でも実際は違った。

 自由になったとたん、何をすればいいのか分からない。何も分からない。したいことがない。だから私は家族を探すのを言い訳にして、ただ彼の旅についていきたいのかもしれない。

 だってそれが楽だから。私には生きる術がない。たぶんこの人に放り出されたら生きていけないから…。あぁ、自分はなんて身勝手なんだろう…。



 自由というのはこんなにも不自由だったのか………



「……ルーフェンさん、正直に言ってください。私はあなたの旅に邪魔ですか?」

 私は彼の顔をじっと見つめて言った。ただ嘘偽りのない答えがほしかった。すると彼は下を向いて一言言い放った。



「…………あぁ………」


(えっ……?)

 その小さな返事を聞いた瞬間、息が詰まった。そして目の前が真っ暗になる。頭がくらくらする。やはりそうだったのか…。面と向かって言われるとさすがに痛かった。

 世界は無情で残酷だ…。なんで、どうしてこうなったんだろう…



「……だが安心しろ、今すぐにお前を放り出したりなんかしない。サイガたちの城までは一緒にいてやるから…」

 私の気のせいだろうか?彼は申し訳なさそうに言った。やはりそうだったのか…。しかしあたりまえか。結局はただの他人なのだから…。

 鋭いトゲがグサッと刺さる。もうトゲが刺さる隙間なんてないと思っていた。だがどうやら間違いだったようだ。

 下を向いて自分の足元をじっと見る。


(ははっ…。もう二度と立ち直れそうにないや…)

 鼻がツーンとして、目頭が熱くなる。


「分かりました。無理を言ってごめんなさい。あの……、少し外に出てきますね」

 下を向いたまま、できるだけいつも通りの声で言った。彼が一体どんな顔をしているのか怖くて見れない。でもおそらく、いつも通りのあの冷静な顔だろう…。


 そうして私は逃げるように部屋を出た。部屋の扉を閉めた瞬間涙が溢れ出てきた。宿を出るとどこにもぶつけられないこの気持ちを持ったまま走り出した。街の人たちの目も気にせず泣きながら、息を切らせながら走った。そんな自分が惨めで情けなくてさらに泣けてくる。


(そうだよ、その通りだよ……。あの人は死にかけの私に同情して助けてくれただけ。別に私が必要だった訳じゃないんだから………。あれ?ははっ。どうしてこんなに泣いてるんだろ)







 どれくらいの間走ったのだろうか。気がつけばどうやら街の外に出ていたようだ。しかしそのまま走り通し、周りには人影も建物もない、あるのは一面真っ白な雪だけの丘に着いた。

 街の光がすごく遠くに見える。




 あぁ、なんて広いのだろう…。この世界は。でもこんなにも広い世界なのに、私はたった一人だなんて。

 それに私にはこの世界のどこにと行く宛も帰る場所もないなんて。


 どうして…。どうして私だけ…


「………さんっ!」


「……おかあさんっ!……おとうさんっ!!!どこにいるの??どうして私は一人なの?なんで、なんでっ?私が何をしたっていうのよ??」

 夜空に向かって叫び続ける。


「おかあさんっ………おとうさんっっ……、逢いたいっ……逢いたいよっっ!!」

 顔も名前も分からない。生きているのかも分からない…。でも気がつけば叫んでいた。呼んでも応えてくれないヒトたちを。


「私は生まれてきてはいけなかったのっ?あのまま奴隷だったら良かったの?!ねぇっ!誰か教えてよっ!応えてよっ!!」

 幼い迷子の子どものように泣きじゃくった。


「やっぱりあの時あのまま死ねば良かった…。どうして私だけ生きてるの……?どうして………」


 空には美しい赤い月がただ黙って私を見下ろしていた。




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