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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第2章 世界の掟

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第1章 39話 「赤い月」

 


 私の観たいもの…。それは―――

 その瞬間椅子から立ちあがり、私は走り出した。



 扉を開けた先には多くの人が立ち止まり、皆一様に空を見上げていた。そうして私も同じように所々雲のかかる空を見上げる。



 それは幻想的で、不思議と心が温まるものだった。



「赤月だ…」


「きれいだなぁ…。心が洗われるようだよ」

 誰かが言った。その通りだと思う。


 赤月は観たことがないと思っていたが、勘違いだったようだ。

 すごく懐かしい気がする…。そして心が締め付けられる…



 その懐かしい所に帰りたい…。

「帰りたいよ…」



「どこにー?」

 後ろから声をかけられドキリとした。


「えっ?サイガ?」


「ホープ、空見すぎ。まぁ確かにキレイだけどなー」

 サイガは地面の石ころを踏んだり転がして遊んでいる。


「なに、もう飽きたの?」


「んー。別にー」

 気のない返事をする。


「サイガはやっぱりバカだね」


「なんだと!?なんでそうなるんだよ?」

 少年は口を尖らせる。彼はすぐに顔に出るので、手に取るように感情が分かる。


(サイガは怒りっぽくて飽きやすくて、コロコロと表情が変わっていって…、見てて面白いな)

 自然と笑みがこぼれる。


「………」

 すると彼はボサッとした顔をし、首を傾げる。


「どうかした?」

 私も首を傾げる。


「変な意味じゃないぞ……。ホープってさ、かわいいよなー、ホントに女みたいだぜ。おれもお前見たいに可愛い顔してたら……モテたかなー?」

 少し恥ずかしそうに、頬をポリポリと掻くサイガ。


 それを聞いて心がまさにバラ色になる。

「ほ、ほんと!?すごく嬉しいっ!そんなこと言われたの初めてだよ!」


「サイガ実はね…。私は女なの!」


「そうだよな、男だよな。……えっ、女?えーー!!!」

 口をあんぐりと開け、目が点になっている。そんな姿を見て私は…


「そんなに驚かないでよ。傷つくじゃん…」


「ご、ごめん。お前女だったのか…??びっくりしたぜ。…いや、だってホープの服装そんなんだし、それに…」

 そこで言葉を止め、モジモジするサイガ。

 彼が遠慮するなんて珍しい。


「確かに格好は男の子みたいだけど…。それになによ?言って。今後の参考にしたいから」

 すると私の顔を見ていた彼の目線が少し下がる。


 あ、もしかしてこれは…



「だってお前の胸………まな板じゃん」



「っ!!」

 その瞬間、ふつふつと怒りが沸き上がる。あまりの怒りに、彼に殴りかかりそうになった。

 しかしなんとかそれを押し留め、すべての怒りを拳で握り潰す。


「最っ低!もうサイガなんて知らないっ!」

 そう吐き捨て、困った顔をした少年を置いて食堂に戻った。


 途中でルーフェンとバラバイとすれ違ったが、無視してテーブルまで一直線に戻る。


「ご、ごめんって…!なぁホープ!」


 食堂まで追いかけてきたようだ。

 しかし私に近づいてくるのは躊躇しているようで、遠くの方で叫んでいる。


 私はわざと聴こえないふりをして夕食の残りを食べる。


「だってお前が言っていいって言うから…」

 ボソッと言ったのが耳にスゥーと入ってきた。まさに地獄耳だな私は。嫌な言葉ほどよく聴こえる。


 確かに言ってもいいとは言ったが…。やはりサイガはバカだ。


「なぁー!ごめんっ!ほんとに悪かった!」



「ホープごめん!!」

 煩いくらい何度も謝る少年。しかし勇気がないのだろう、まだ遠くから謝っている。


(はぁ…。もう仕方ないな、私に近づいて謝ったら許してあげようか…)



「サイガ」

 少年を呼ぶ声があった。その低くて落ち着いた声はルーフェンだ。


(ん?ルーフェンさんがサイガに話かけるなんて珍しいな…)


「なんだよルーフェン。今忙しいんだよ」

 年上の彼を平気で呼び捨てにするサイガに驚いたが、それにより、やはり彼がバカであるということが揺るぎない確信に変わる。


 しかしルーフェンは、年下の少年に呼び捨てにされても特に何も言わず話を続ける。


「ホープはお前と会ってからよく笑うようになった」


「えっ?そう…なの?」


(なに、私の話?)

 全ての神経をその会話に集中させる。


「ああ。だからホープはお前と一緒にいる方がいいのだろう。」



(なんで?どうしてそんなこと…)



「それに俺の旅にずっとは連れていけない。それで、もしできたらでいいからサイガ。お前の城にホープを………」

 そこで言葉を止め、間が空く。


「ホープをなに?」

 たまらずにサイガが言葉の続きを尋ねる。


「………いや、お前に言うことじゃないな。悪い、なんでもない」

 しかしルーフェンはそれに答えなかった。


「んー?なんだよ…」



 彼は口を閉ざしたけれど、続けようとした言葉は何となく分かる。足元の地面が崩れ落ちるような感覚になる。



(私をサイガの城へ置いていくつもりなの?)



 それが怒りなのか、悲しみなのか分からない。

 そしてそれをどこにぶつけたらいいのかも分からない。頭がくらくらする…



 やはり………。やはり彼にとって私は―――邪魔なのだろうか








 それからしばらくしてサイガは静かに私の目の前の席についた。彼は私の顔色をうかがいながら、ソワソワしている。


 私はというと、もうサイガに対しての怒りはなかった。今の私はルーフェンが話していた内容で頭がいっぱいだった。


 相談もなしに城へなんて…


 しかし私はいつも通りの顔をする。なぜだかは自分でも分からない。

 もしかしたら分からなかったからもしれない。この想いをどうすればいいのかが。



「さっきはごめんな。まだ怒ってる?」


「ううん。もう怒ってないよ……」

 私は正直に言った。というよりも、もうサイガと争う気力がなくなってしまったからだ。

 するとサイガの顔がパッと晴れやかになった。


「そっか!なら良かった。」


「そうだ、さっき師匠とルーフェンが話してたの聞いてたんだけど、お前の師匠、ゼファの護衛する方に傾いてるみたいだぜ」


「そう護衛引き受けるんだ……。あぁ、サイガ言ってなかったけど、ルーフェンさんは私の師匠じゃないんだよ…?」


「えっ?そうなの?」


「うん…」

 キョトンとした少年に、私は力なく微笑んだ。


「じゃあお前らどういう関係なの?」

 純粋にただ真っ直ぐな瞳で尋ねられる。


「……なんだと思う?」

 再び私は力なく微笑んで質問を質問で返した。


「うーん、親子……じゃないよなぁ。似てないし、そもそも人種も違うし。ルーフェンはたぶん北国の人間だろ?でもお前は全然違うもんな」

 少年は困った顔をしながら一生懸命悩んでいる。



(ルーフェンさんって北国なんだ。そういえば前に故郷は寒いって言ってたな…)



「えーっと、お前の髪は薄いグレーで、目は紫、肌は真っ白だからお前の出身は……。どう見てもこの辺の東の地域じゃないな。それに俺のいる中央の地域でもないし」


「んー、でもでも西の地域はもっとはっきりした顔立ちだし……。南の地域はもっと濃い目と髪の色だもんな。うーん?あれ?当てはまらないなー?」


(え……。そうなんだ。私ってどこの地域にも当てはまらないんだね…)



「んーと、北、南、西、東でもなければあとは……あれ?じゃあお前どこから来たんだ?」


 私はそれに絶望した。そんなことルーフェンもそれにおじいも一言も言っていなかった。

 そして考えたこともなかった。地域によって人種が変わるのは知っていたが、私のような人間はどの地域にもいない?そんなはずない。


 だったら私は一体どこから来たっていうの…?


「………もう分からねぇから降参!答え教えてー」

 彼は投げやりに言った。


「……らない…」


「えっ?」


「分からないんだよっ!!」


「ホ、ホープ?」


「私は……、私っ…!」

 その次の言葉が喉まで出かかる。――がそれをなんとか呑みこんで、ぎゅうっと胸に仕舞う。

 仕舞った胸には違和感が残っている。それはまるで胸焼けのようにムカムカして気分が悪い。


 ふと我に返ると、目の前の少年は不安そうな顔をして、そして同時に心配そうに私を見つめていた。



「ご、ごめんっ!……なんでもない。ごめんねサイガ」



「大丈夫か…?なんかおれ、悪いこと聞いた…?」

 彼は私をじっと見つめていた。


「ううん。私が悪いの。気にしないで」

 私は無理やりに作り笑いを浮かべる。


 さっき飲み込んだ言葉は、私の胸にずっとずっと突っかかっている、ある"想い"だ。

 そしてこの想いは誰にも話したことがない。


 ああ、胸がつっかえて苦しい…




 するとさっきのルーフェンとサイガの会話を思い出した。嫌な気分の時には嫌な事を思い出すものだ。


「なぁ、もしかしてなんか悩みがあるのか…?おれ聞くぞ」


(さっきのルーフェンさんとサイガの会話のこと話してみようか…)



「ねぇサイガ…。恩を返すにはどうしたらいいと思う?」


「恩を?もしかしてルーフェンのことか?」


 私はそれに静かに頷いた。


「私ね、ルーフェンさんに恩をたくさんもらったんだ。でも私には返せるものが何もないの」


 サイガはただ黙って聞いていてくれる。


「そんな私が出来ることと言えば……。やっぱりルーフェンさんが私に対して、一番望むことをするべきだと思うの」


「私ね、さっきのルーフェンさんとサイガの会話、聴こえてたの」


「聴こえてたのか?」


「うん。それで…、だから…。」

 言おうか少し迷う。でも心を決め口を開いた。



「ルーフェンさんの旅に私は邪魔なんだと思うんだ。だから私は彼と別れるべきだと思うの…。それが私の出来る恩返しで……」


「………私、それでいいんだよね?そうすればいいよね?きっと…」


 ただ頷いてほしかった。いや、きっと頷いてくれるだろう。―――そうすれば、私は心を決められる…。



「なんだ、お前おれよりバカだったんだなー」

 サイガすごく不機嫌そうな顔で言った。



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