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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第2章 世界の掟
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第2章 37話 「葛藤」

 


「なぜ俺に護衛を頼むんだ?戦祭りで俺は一勝もできていないが……」

 ドアの前で仁王立ちになりながらキツくいい放つ。


「ふふふふっ。……おっと失礼しました。いやぁ、自分で言うのもなんですがね、わたくしは商売柄ね目が良いのですよ………。試合は中止になりましたが、貴方はとてもお強いと確信しております」


 確かに男の身なりは上質な(ころも)を身につけ、値段の高そうな帽子を手に持っている。

 身につけているものはすべて上品で、本当にものを見る目が備わっているみたい。

 ―――商売で大成功をおさめ、お金の有り余った余生を楽しむ老人…といったところか。


(うふふっ!なかなか私も人を見る目が出てきたかな?)

 ルーフェンの背中に隠れゼファに見えないようにこっそり笑う。


「さて、本題に戻りましょうか。わたくし達は2週間程度この街に滞在しようかと思っております。そして肝心の護衛なのですが、街を出た後の7日程お願いしたい。この街のずうっと西にある"ノの森"を抜けたいのですよ。」


「ノの森だと…?なぜあのルートをわざわざ選ぶ?冗談だろ」


(ノの森ってどこだろう?ルーフェンさんがこんなに言うなんてすごく危険みたい……。)


「冗談ではありません。いたって真面目ですよわたくしは。……金貨2枚の報酬でどうでしょう。その子が一緒でももちろんかまいません。いや、むしろ大歓迎です」

 そんなゼファは私を見てニコニコと笑う。目が合った私は再びルーフェンの背中に隠れた。



「いや、断る。あの森は抜けられない」

 しかしルーフェンはキッパリと断る。


「で、では金貨3枚でどうしょうか?」

 ゼファは金額をつり上げる。その声には(あせ)りの色が見える。


「金は関係ない。」


「そんな………。まさか貴方もあの迷信を信じていらっしゃるのですか?実にばかばかしいあの迷信を。」


「…もう帰ってくれ。」

 それはとても低い声だった。怖いくらいに。


「も、申し訳ありません。お気を悪くしたのなら謝ります。どうか、どうか護衛をお願いできませんか?」



「ちょっと待ったぁ!それならおれ達が護衛してやるよっ!!」



 突然の割り込みは部屋の外からだった。ドアの外にいるゼファは声のした方を向き目を丸くする。声の主を見たようだ。


 しかし部屋の中にいる私たちに声の主は見えなかった。でも私たちには誰なのか直ぐに分かる。このガサガサの変な声は。


「おれの師匠は強いんだぜっ!もちろんおれもなっ!!じいさん、ちょっとどいてくれ。中に入れてくれよ」

 ゼファが横に少しずれると、ひょっこりと顔だけが現れた。ーーやはりサイガだった


「遅くなって悪かったなっ!義足(ぎそく)修理に出してきたぞ。1週間かかるってさ」


「こらっ!サイガっ!!出ていくなと言っただろうが!!」


「うげっ!」

 ひょっこり出た顔は怒鳴られると目を見開き、すぐに消えてしまった。


(あーあ、また怒られてるよ…。サイガってほんとバカだなぁ。それを怒るバラバイさんも大変だ…)


 ゼファという男はドアから少し離れ、サイガとバラバイを部屋に通す。

 仁王立ちのルーフェンも、仕方ないなといった感じで二人を中に入れる。



「いや、どうもすみませんな。話が終わるまで待っておくよう言ったのだか。まぁほんとに言うこと聞かない弟子で困る」

 サイガの首根っこを(つか)んだまま、二人は部屋に入ってきた。


「師匠っ!痛いって!そろそろ離してくれよっ」


 そんな中、ゼファは流れで一緒に部屋に入ろうとする。


「おいおい、悪いがあんたは部屋に入らないでくれ」

 そうぴしゃりといい放ち、再びドアの前で仁王立ちになる。


 これにはさすがのゼファも少し怪訝(けげん)そうな顔をする。しかしそれは一瞬だけで、すぐに気持ちを切り替えたのだろうか、再びニコニコする。


 どうして彼をこんなにも拒絶しているのだろうか。ゼファはとても紳士的で感じも良く、警戒すべき人には見えない。


 仕方なくゼファは部屋の外で再び話を続ける。

「貴方は確かバラバイ殿ですね?もちろん貴方も試合で拝見いたしましたよ。前回の優勝者だそうで。」


「では仕方がない……。それならバラバイ殿に頼むとしましょう。いつから聞いていらしたのですか?」

 ゼファはついに諦めたようだ。今度はバラバイ達に護衛を頼む。しかしやはり納得していないようで、声に元気がなかった。


「ノの森を抜けるってとこから聞いてたぜっ!7日間の護衛でいいんだろ?楽勝楽勝っ!じいさん任せろよっ!」

 なぜかサイガが答える。


「おや、わたくしは老人に見えますかな?これでもまだ51なのですがね……」


「!?おれはてっきり……。ごめんごめん、じゃあおっさんだな。おっさん任せろっ!」


(51歳だったのか…。私ももっと老けてると思ってた…)

 ゼファの髪は白髪で、それに彼は真っ白な髭までたくわえている。でもそれらはきちんと切り揃えられており、とても紳士的だ。

 ――あのモジャモジャの司教様とは大違いだ…


「こらっサイガ失礼だそ!どうもすみません…。それであなたのお名前は?しかしまたどうしてあの森を?」


「わたくしはゼファと申します。理由は単純ですよ。どのルートよりも早く安全に中央街(ちゅうおうがい)に着くからです。あの迷信を信じてノの森を避けるのは非効率的ですよ」


「わざわざ流れが急な川を渡ったり、1ヶ月もかかる遠回りの山道(やまみち)を通ったり、紛争地域で追い()ぎの多い地域なんかを通るほうがばかだと思いますがね。わたくしは」

 背はバラバイの方がはるかに高いのに、ゼファは上から眺めているかのように言った。


 少し意外だった。ニコニコして優しそうなおじいさん……じゃなくておじさんだと思ってた。

 こうやって上から目線にモノを言うこともあるんだ…。ま、悪い人ではないと思うけどね。



「おっと失礼。悪いクセが出てしまいましたね。私はただ()()()に仕事がしたいだけなのです」

 彼はニコッと笑い、そしてなぜかサイガを見た。



 その時、悪寒が走りドキッとなった。なぜだかその目には嫌な感じがした。



 ――その理由はすぐに分かった。ルーフェンが今までずっと拒絶したのも、もしかしてこのためだろうか。

 そうだとすれば、かなり人をよく観察してる。



(この人……こんなにニコニコしてるのに、目は笑ってない……)



「…なるほど効率的ですか。いかにも商人らしいですなぁ。それであなたはどんなモノを扱っているのですかな?」


「ええ。わたくしが扱っているのは魔法石(まほうせき)ですよ。……それでバラバイ殿。わたくし達の護衛をお願いできませんかね?」


「魔法石ですか、それはまたずいぶんと貴重なものを…。護衛を雇うのも納得ですな。いいでしょう、引き受けましょうか」


「おおっ!そうですか!それはそれはありがとうございます。」


「しかしっ!条件がある…」


「えっ!?なんでしょう?……あぁ、報酬金ですか?」


「いや、違う。………それはルーフェンさんも一緒に行くことだ!」


「なんだと…?」

 突然の指名に一同そろってビックリする。


「なんでそうなるんだ?だから俺は行かないといっているだろう!?」


「わははははっ…!ルーフェンさんは迷信が怖いんでしょう?だったら私と行きませんか?それでついでに退治しちゃいましょうや、なあ!」

バシバシとルーフェンの肩を叩く。ルーフェンは戦祭りでの怪我で少し痛そうにした。


「おっと、どうもすみません、痛かったですかな…」


「それでいいじゃん!ホープとルーフェンも一緒に行こうぜ!なんならおれが退治してやるよ!」


「た、退治ってナニを…?ルーフェンさん、ノの森の迷信ってなんですか?」

 私は彼の顔を覗きこむ。


(っ!?)

 すごく不機嫌な顔だ。そして遠くを見るような目をしている。


「ル、ルーフェンさん…!?どうしました?」


 あ、これはもしかして…。図星?


「もしかして迷信が怖いん……ですか?」

 私はおずおずと尋ねる。


「………ホープ」

 ドスのきいた声だった……。整った彼の顔がムスッとなっている。


「ご、ごめんなさい」

(これ絶対図星じゃん…。退治ってナニ?ナニを?)



 すると彼は急に真面目な顔をして再びゼファに向き合い言った。

 ここまで言われて断れば、きっと………彼のプライドはズタズタになるだろう。


「ハァ…。分かりました。」

 やはり承諾したようだ。断ればきっと彼には迷信が怖いという烙印が押されるから……


(もしかしてゼファはそこまで考えてバラバイさんを…?いや、さすがにそれはないか)


「でも今直ぐには決められない。明日、今と同じ時間にまた来てくれないか?少し考えさせてくれ」


「おぉ!分かりました。ではまた明日、お伺いいたしましょう。良いお返事をお待ちしておりますよ、わたくしは。ではこれで失礼します…」

 そうして男は帰っていった。




「すみませんなぁ、話の途中で入ってしまって。しかしこれも何かの縁ですよ。一緒に護衛してみませんかねぇ?」


「ハァ…。それで俺の義足はどうなりました?」

 冷ややかな目でバラバイを見る。


 そんな目で見られ、さすがのバラバイも少ししょげた。

「あはは…。い、いや、ほんとすみません。……えっと修理には1週間程度かかるそうです。この宿から少し距離がありますけど、カイライカ通りの角の店にね。すごく腕の良い方らしいですよ」


「…そうですか、ありがとうございます」


「いえいえ、元はといえば私が悪いんですからな。……それで5日後にまた来てくださいと言われましてね。なにやら微調整があるそうで。ルーフェンさん本人が来てほしいそうです」



「分かりました、5日後ですね」


(あれ?……ルーフェンさんってバラバイさんには敬語なんだな。ゼファのおじさんにはタメ口だったのに…。そんなに嫌いなのかな?)


「師匠おれ腹へったよ。早くどっかに食べに行こ」


「フッ……。そうだ、せっかくですから宿で一緒にメシ、食べませんか?一階は食堂になっているそうですから。」


「おっ!いいですなぁ。是非そうしましょうや」


「ホープもそれでいいか?」


「はい、私は大丈夫です」


「おー!じゃあ早く食べようぜ。おれ先に下に行って席取っとくな!」

 サイガはピューと走って出ていった。おそらく波乱の夕食になるだろう…


「サイガ!建物の中では走るな!」

 そんなサイガを追ってバラバイも走って出ていった。


(あはは…、そんなバラバイさんも走ってるよね)



 なんだか今日はすごく疲れた…ふぅっと軽くため息をつく。


 ふと窓の外を見ると、赤月。―――は昇っておらず、暗い雲がかかっていた。


(うわ…。うそでしょ。すごく楽しみにしてたのに……)

 一人寂しくため息をつく。


「ふっ。大丈夫だホープ。そんなに分かりやすく落ち込むな。日はさっき落ちたところだ。絶対見れるさ」

 それは温かな声だった。彼はいつの間にか横に立っていた。そして私と一緒に窓の外を眺めている。


 い、いつのまに…。


 そんな彼の横顔をボーッと眺める。

 そういえば、ルーフェンさんっていつも人をよく見てるよな。そして私のことも…





 ―――"父親"っていうのはこんな感じなのだろうか?




「なんだ?ホープ、俺の顔に何かついてるのか?」

 私の視線に気づいて、不思議そうにこちらを見る。


「っ!?」

 (わ、私なに考えてるの!?ルーフェンさんを父親だなんて!)

 カアッと顔が熱くなって、ルーフェンから顔を(そむ)ける。そして冷たい両手を頬につけ、サッと顔を冷ます。


「い、いえっ!!」

 とにかく落ち着け、私…。


「……そ、そうですね、きっと見れますよね。………ありがとうございます。ルーフェンさん」


「ん?あぁ」


 そこでホッとため息をつく。

(よ、良かった~。変に思われなかったみたい。ルーフェンさんって鋭いから)


 再び窓の外を見上げる。空は相変わらず雲がかかっておりどんよりしている。


 そういえば、おじいが死んだ時もこんなふうにどんよりとした雲がかかっていた…。そして雪が降っていて…



 ハァ…。ダメだ。父親だなんて、そんなふうに思ってはいけない…。


 私は"甘え"ている。


 甘えて人に頼ってはだめだ。ホープ、おじいはどうなった?

 何もできなくて、おじいに甘え彼を頼った結果を。



 死んだ。

 ―――そう、私を守るために。あの時から自分はちっとも変わってない……。


 強くならなくちゃ。ホープ、これからは人に甘えてはダメだ。

 特に、大切だと思う人にはなおさら…



 今までの私は少し浮かれていたのかもしれない。



 この心の声に従おう…





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