第2章 36話 「無力」
「もしかして、奴隷………だったんですか??」
やはり彼は予想していたようだ。私の質問に眉ひとつ動かさなかった。
「………どうしてそう思うんだ?」
彼は私の質問には答えなかった。そうして質問で返してくる。
「奴隷が逃げれば、殺されるか、もしくは脚とか腕を切り落とされる………。だから、だからそう思ったんです」
「それで、ルーフェンさんは奴隷……だったんですか?」
私はもう一度尋ねた。早くその答えが聞きたかった。
すると彼はゆっくりと目を閉じた。そして息を吐いた。
「いや、違う」
目を閉じながら彼は言った。
その瞬間、心にあった何かモヤモヤした気持ちが、スッと消えていった。
(そっか、奴隷じゃなかったのか…)
私は床に視線を落とした。
「お前は俺が奴隷だったら、嬉しかったんだろうな。だが残念ながらな」
ビックリして、反射的に彼を見る。そんな私を見て彼は少し笑った。
「!!……いえっ、別にそんなことありません」
こうは否定したが、実際はズバリと言い当てられ、内心焦っていた。
「フッ……。ホープは分かりやすいな。隠さなくてもいい。そう思うのは当然だろう。」
「もし俺が奴隷だったなら、自分の気持ちを理解してくれる……と思ったんだろ?」
彼は微笑みながら、少し首を傾げる。
何も言い返せなかった。まさしくそうだった。
もしかしたら、ルーフェンさんも自分と同じ境遇なんじゃないか……なんて思ってしまった。
(私って分かりやすいのかな…?それともルーフェンさんが鋭いのかな)
恥ずかしかった。けれどまだ答えは聞けてない。私は最初の質問に戻った。
「……ではなぜ足がないんですか?教えてください」
気持ちを切り替えて、私は真剣に尋ねた。
奴隷ではなかったのなら、なぜなのか。
この人のことをもっと知りたかった。
すると彼の顔が少し曇って伏し目になる。
「俺が足を失ったのは…。そう、今から14年前だ。俺が20の時」
「20歳…で?」
彼は静かに頷いた。
「俺には昔、大切な人がいたんだ。」
(大切な人がいた?)
彼は何かを思い出しているのか、天井を見上げる。
「いや、違うな……。彼女だけじゃない。そう、たくさんいたんだ。……そして俺はその人達を護るために戦って、駆けまわった」
「俺は弱くて若くて、ばかなガキだった。欲張って全てを護ろうとしたんだよ。ほんとに俺はバカだった。どれかひとつ、たったひとつ心を決めてそれを護れば結果は違っていたんだろうな……」
「そして結局、こうなった」
彼は右膝をポンポンと叩いた。
「その時に俺は罪を犯したんだ。だからその罰として、足を切り落とされたんだ」
「足を……切り落とされる罰?」
怖かった。この人は一体どんな風に生きてきたのだろう?
罪……?彼が?
いや、この人が悪い人ではないのは知ってる。きっと何か事情があったのだろう…
そう信じよう…
「でも俺にとって、本当に辛かったのは罰なんかじゃない。そんなことどうでも良かったんだ。」
「足を失うことよりも…辛いこと?」
「そうだ。俺は足なんかより、もっと大切なものを失ったんだ…。そう全てを……な」
「そうか、………あぁ、そうだったな、俺は……」
そして曖昧なまま口を閉ざした。彼は何もない宙をただ見つめている。
いつもは美しく澄んでいる彼の茶色い瞳に、暗い闇が見えた。
すごく深い闇だった……
私のようなちっぽけな光では、この闇の先にはきっと届かないだろう…
いや、私は光ですらないかもしれない…
「……ホープ、すまない。さっきは足の事を聞いてもいいと言ったが、やはり聞かないでくれ。もうこれ以上思い出したくない」
苦しそうに口を開く。
こんな彼は初めて見る。
(ルーフェンさん……、いや、大人でもこんな顔するんだ…)
苦しそうな彼を見て、なぜだか私も苦しくなった。胸が痛くなった。
なんとかしてあげたいのに、私には何の力もない。どうすればいいのかも分からない……
言葉が見つからない。
そんな私に彼の傷を癒すことはできない。
(ないないないって……、出来ないことだらけだな。私って無力だ)
今の私に出来ることは何だろうか………?
今の私に出来ることがあるとすれば………、傷を触らずにそっとしておくことだけだろう。
「……はい。私、もう聞きません。………私だってルーフェンさんに言ってないこと、話したくないこと、たくさんありますから。」
「だからもう聞きません。ごめんなさい…」
涙がこぼれ落ちそうになった。それを彼に見られないよう、うつむいた。
「……ホープ、こっちへ来い。」
私は顔を見られたくなかった。だから一瞬迷った。
でも結局、私は彼の側に行く。
「お前がそんな顔をする必要はない。俺自身のことなんだから…」
「でも…、でもっ…。ルーフェンさんが苦しそうで…悲しそうで…。でも私には何もできないから……、だから……」
「ホープ、ありがとう…。それだけでいい。十分だ」
彼は私の頭を優しく撫でてくれた。
それからは二人とも黙っていた。
ルーフェンさんは机の前に座り、丁寧に楽器の手入れをしている。
その様子を私はベッドの端に座って眺めていた。
彼は私に背中を向けて、黙々と作業をしていた。
彼は今、どんな顔をしているのだろう、何を思っているのだろう?
本当は彼に聞きたかった。
大切な人達、罪、全て、とはなに?
全てを失ったのはどうして?
何から護れなかったの?
そして、"彼女"とは……?
(恋人か奥さん……かな)
(あっ!!)
その時、私に電撃のようなものが走った。
(そうだ、"彼女"って……。もしかしてイリーナ?)
イリーナ………とは、闘技場での試合中、彼がバラバイの魔法で吹き飛ばされ、私が駆け寄り、目を開けたとき…
イリーナ……?と、彼はボンヤリとした意識の中、確かにそう言った。
あの時はそれどころじゃなかったから、すっかり忘れていたけど……
誰なんだろう?あの時一体誰を呼んだのだろうか。
イリーナとは、その"彼女"なのだろうか?
考えても考えても答えは出ない。あたりまえか…
彼は私を助けてくれた。なんの見返りも求めずに…。
だったら私も、彼の過去を求めずにいるべきなのだろう。
私にも彼に何か返せるものがあるだろうか?
いつか彼にこの恩を返したいと思う…
ふと窓の外を眺める。外はいつの間にか、日が落ちそうになっていた。
(そうか、今日は赤月の日か。色々あってすっかり忘れてたな。もうそろそろ見れる…)
「コンコンっ!」
突然部屋がノックされる。驚いて少しビクッとなってしまった。
「ん?すまないがホープ、出てくれないか?」
私はベッドから飛び降りて、サッと靴を履く。
「はい。……バラバイさん達でしょうね、ずいぶん遅かったですね」
ルーフェンさんもそう思っていたのだろう、ゆっくり頷いた。
「はーい、今行きますね!ちょっと待ってください」
私はドアの外に聴こえるよう、大声で言う。
私は勢いよくドアを開けた。
「……………えっと、どちら様ですか?」
思っていた人物と違って、私は一瞬固まってしまった。
部屋の前に立っていたのは、バラバイでもサイガでもなかった。それは60歳前後の男だった。
「おや?君は確か……。おっと、それよりルーフェン殿は?……部屋にいらっしゃいますかな?会わせていただきたいのです」
男は穏やかな声で、にこやかに言った。なんだか私を知っているような口ぶりだ。
ルーフェンさんの知り合いだろうか?
「ル、ルーフェンさんは…」
「おお!ルーフェン殿、いらっしゃいましたか。突然申し訳ありませんね」
いつの間にか、ルーフェンさんは私の隣に立っていた。もちろん松葉杖をつきながら。
「あなたは?なぜ俺を知っているんだ?」
どうやら彼の知り合いではなかったようだ。その声や表情から少し警戒しているのが分かった。
そして彼は私に後ろに下がるよう、目で合図する。
「おっと、そんなに警戒しないで下さいな。わたくしは旅の商人をしております、ゼファと申します。戦祭りで貴方を見たのです。」
「戦祭りで俺を?……それでご用件は?」
「はい、是非とも貴方に、わたくし達の護衛をお願いしたいのです」




