第2章 33話 「師弟」
あの空にどんな赤い月が昇るのだろう?
それは美しいものだろうか、それとも禍々しいものだろうか?
雪の結晶が寒空から冷たい土へと流れていく。私はそれをただ黙って眺めていた。
「ホープ、どうかしたか?」
「…いえ、あの料理美味しかったですね。とっても甘くて!」
「……………いや、実は俺は甘いのは苦手なんだ。まぁ食べれない程ではないがな」
「え!?そうだったんですか…」
だとしたら、すごいポーカーフェイスだ。普通に食べてたもん…
他のものはどうなんだろう。実は嫌いなもの多いのかな?
「えと、じゃあ辛いものは?」
「辛いものは好きだな。……俺の故郷は寒かったから、香辛料の効いた料理が多かったんだ。たぶんそれで自然とな」
「そうなんですか。故郷が……」
ルーフェンさんの故郷ってどこだろう?
聞いてみてもいいのかな?でも聞いてもきっと、私には分からないか…
(ん?なんだか視線を感じる…)
「誰かに視られてるな。ホープ用心しろ」
ルーフェンさんも気づいたようで、警戒して辺りを見回す。
すると、私たちにズカズカと近づいてくる影があった。
それは無愛想な顔をした13、4歳の少年だった。
(ん?この子どこかで見たことある……)
「おい、あんたが15番のやつか?」
それは声変わりの始まったガサガサの声だった。
「?ああ。そうだが」
「ふん……、あんた弱そうだな」
「なっ!?」
「……………」
驚いて声が出た私に対して、ルーフェンさんは黙っていた。
彼は特に気にした様子もなく、少年の出方を待っている。
落ち着け、私…。ルーフェンさんを見習わないと。
いつでも冷静に冷静に。
私はゆっくり息を吸って、できるだけ優しく尋ねた。
「………君は誰なの?」
「お前こそ誰だよ?オレはこいつに用があるんだから。」
と少年はルーフェンさんを指差す。一方のルーフェンさんは迷惑そうな顔をしている。
「オレはサイガ。次あんたと戦う16番、バラバイ弟子だ!」
「弟子?……………あっ!!」
この子どこかで見たと思ったら、教会だ!
戦祭りの申し込みの時に見た…。
師匠なら戦祭りで優勝するよとかなんとか……
確かこんな感じの事を言ってたな。それで師匠と呼ばれた人は嬉しそうにしていて…
じゃあ、あの人が次の対戦相手か。
「えっとサイガ君?それで何の用があるの?」
「だからお前には関係ないだろ。ん?……もしかして、お前こいつの弟子か?」
「弟子?!ち、ちがっ……!」
「お前チビで……ほんとに男か?なんか男っていうより女みたいだな。お前も弱そうだ」
また男に間違えられてカチンとくる。そしてサイガが私の言葉を遮ったため、弟子ではないと否定し損ねてしまった。
「お前ガリガリだし、背も低いし。それにオレの方がよっぽど男前だね!ふん、勝ったな」
「ぐっ!」
(なんなの?!!ホント失礼な奴!!もう、怒った!)
「男前?どこが??………声なんてガッッサガサだし!!その変な声で一生悪態ついてれば??御愁傷様!!」
私は嫌味たっぷりにお返しする。
「なんだと?!この女男め!!」
「女男なんかじゃない!私はっ…!」
「ふはっ…!おいおい、お前ら…」
それを見ていたルーフェンさんが、とうとう吹き出した。
彼は目を細め、私達に優しく微笑んでいた。
「!?」
(ルーフェンさんのこんな顔見たの、はじめてだ…)
あまりにビックリして、怒りもスッとどこかへ飛んでいく。
「わ、笑うな!」
少年の顔は真っ赤になる。
「それで、君は俺に何の用だ?何か言いたいことあるんだろう?」
「オレの師匠は強いんだ!だからお前なんて勝てっこないから、試合を棄権すればって言いに来たんだよ!」
「棄権?ルーフェンさんが?」
「そうだ!なんたって師匠は去年の優勝者だからな!」
「………………そうか。お前は師匠の事が大好きなんだな」
いつも通りクールにフッと笑う。
でもなんだか羨ましそうにしてる。私の気のせいだろうか?
「棄権はしない。それほど強いなら、俺はなおさら戦ってみたい。」
「それにお前は師匠が強いと思うなら、師匠を信じて勝つのを待て。弟子のお前はそうあるべきだ。相手に棄権を促すのではなく」
ルーフェンさんは言い終わると、少年の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
「な、なにすんだよ…」
でも少年の心に響いたみたい。
さっきまでの闘志がどこへ行ったか、急にシュンとする。
「サイガっ!」
大声で名を呼ばれた少年は、驚いて飛び上がる。
「し、師匠!」
確かバラバイ……さんだったかな、名前?
黒髪で、年齢は35くらいだろうか。
近くで見るとずいぶん背の高い人だな。筋肉もすごいし、本当に強そう…。
「全く。どうしてそうお前はうろちょろするんだか。………どうもすみません、うちのが迷惑かけませんでしたか?」
「いえ、大丈夫。かわいいお弟子さんですね。あなたの事が大好きなようだ」
ルーフェンさんはニヤリとして、少年を見る。
ばつの悪そうに、少年はうなだれている。
「えっ……?わははははっ!どうやらご迷惑、おかけしてしまったようですな」
その意図に気づいたようで、バラバイは豪快に笑った。
「ん?あなたも、かわいいお弟子さんをお持ちのようだ」
バラバイは私をチラッと見た後、すぐにルーフェンさんに、視線を戻す。
「ん?あぁこの子は………ええっと…」
彼はどう説明すればいいか、考えてるみたいだった。
そりゃそうか。奴隷だったのを助けた、なんてよく知らない人に言えないよね。
絶対、引かれるもん。
バラバイは何か察したのか、話題を変える。
「じゃあ、もしかしてあなたがルーフェンさんですか?15番の」
「ええ。あなたがバラバイさんですね。試合、よろしくお願いします」
「こちらこそ。……お互いカッコ悪いところを弟子に見せられませんな。ま、頑張りましょうや」
「ほれ、サイガ行くぞ。ちゃんとこの人たちに謝れよ」
「すみませんでした」
サイガは深く頭を下げた。
「面白い人達でしたね」
「そうだな…。まぁホープもだがな」
「えっ?私?」
「ムキになってただろ。言い合いのとき…」
「!!………そ、それは女男って言われたからっ!!!」
その時、祭り関係者に声を掛けられた。
「15番のルーフェン・ディンさん。そろそろ準備をお願いします」
「分かりました」
「では、準備できましたら、試合用控え所に来てくださいね」
ルーフェンさんが一度頷くと、関係者はどこかへ去っていった。
「………………と言っても、もう何もすることはないんだがな……」
「あれ?支給された服に着替えなくていいんですか?どうして長いズボンなんですか?」
上は試合用の半袖だか、下は支給された半ズボンではなく、茶色の暖かそうな長いズボンだ。
「ん?あぁ、いいんだ。ちゃんと許可もとってある。俺は……」
そこで口を閉じる。そして眉をひそめる。
どうやら言葉の続きを言いたくなさそうだ。
なんだろう?
……でもルーフェンさんが言いたくないなら、訊かないでおこう。
「じゃあそろそろ行くよ。ま、ホープは気楽に待っていてくれ」
彼はそう言うと、私に背を向け歩きだした。
「あのっ!ルーフェンさんっ!」
呼び止めると、彼は振り返る。
「ん?」
「ケガ、しないように…。気をつけて」
彼はやはりいつも通り、フッと笑った。




