第2章 30話 「開幕」
もし運命や宿命を信じるなら、あなたと離れたのは、きっと私の運命だったのでしょう
でもね、初めて会ったあの瞬間から、もう私の心は決まっていたの……
「ホープ、こっちへ来い…」
神妙な面持ちで、ルーフェンさんは私を手招きする。
「ご、ごめんなさいっ!」
頭を深く深く下げる。
地面には雪が積もっている…。
「はぁ…、俺に謝ってどうする」
大きくため息をつく。
「顔を上げろ。ホープ、絶対司教様の所へ行けよ。ちゃんと謝れ」
「はい…」
私は頭を上げれなかった。
(あぁ、私って、ほんっと子供だ。笑うなんて、最低な性格じゃん…。ルーフェンさんにきっと嫌われちゃったな…)
恥ずかしさと情けなさで、視界が歪んでいく…。
「聞いてくださーい!戦祭り参加者の方は、こちらに集まってくださいっ!!最終の連絡事項がありまーすっ!!」
誰かが大声で呼び掛けている。
「………じゃあ俺は行ってくるから…。ここに居ろよ」
きつく私に言い付ける。
そしてルーフェンさんが私から離れたのが気配で分かった。
私はそこでようやく顔を上げた。
顔に吹きかかる強い風が冷たかった。
空にはどんよりと重い雲が乗し掛かり、暖かい太陽を隠していた。
「それでは!待ちに待った戦祭りのーーー!開幕でーーすっ!!」
ワーーーー!!
大きな歓声がドッと湧き上がる。
(ついに始まったんだ…。でもなんだか楽しめそうにないや…)
私は参加者が待機する場にいた。
ルーフェンさんも私の隣で、腕を組みながら立って観戦している。
「待望の1回戦!参加者はロクダン殿、そしてヘバ殿ですっ!それではどうぞっ!!」
司会者が紹介し終わると、騒がしい観衆の声がなくなった。
ロクダンとヘバは互いに、睨み合いを始める。
ロクダンは坊主頭で、いかにもすぐ頭に血が上りそうな中年の男だ。
一方のヘバは、一見するとただの若者だ。
しかし体格はかなり良く、ガッシリしていている。
「うぉぉぉぉっ!!」
ロクダンが殴りかかる。
しかしヘバは、すんなりと避けた。
今度はヘバが脚を払った。
ロクダンはそれを避けようとしたが、バランスを崩し、そのまま後ろに尻餅をつく。
「ハァッッッ!!」
「グハッ……」
決着は一瞬のうちについた。
尻餅をついた相手の顔を、思いっ切り蹴り上げる。
そしてロクダンは動かなくなったのだった…
「勝者、ヘバっっっ!!」
ワー!ワー!
歓声が湧く。
ヘバは嬉しそうに観衆に手を振っている。
ロクダンは気を失っているのか、起き上がらない。
(これって戦祭りだけど……。戦さでも祭りでもなんでもない。)
………これはただのケンカだ。
「では続いての二回戦!!5分後に開始しますっ!!しばしお待ちください!!」
ロクダンを祭りの関係者が二人がかりで運んでいく。
(私、戦祭りって嫌いだな…。)
これが私の本音だった。
ルーフェンさんをチラリと盗み見る。
彼は笑いも怒りもせず、一方称賛もすることもなく、嫌悪感も無さそうだった。
ただただ無表情に、真っ直ぐそれを眺めていた…。
この人は今何を考えているのだろう?
時々、彼の事が本当に分からなくなる。
彼を本当に信じても良いのだろうか…
私の視線に気がついたのか、彼は腕組みを解いた。
「なんだ?ホープ、どうしかしたか?」
「……いいえ。私、外に出ています。ルーフェンさんの番までには戻ってきますから」
「ん?……ああ、分かった。あまり遠くまで行くなよ」
キョトンとした表情のルーフェンさんを置いて、私は闘技場の外へと向かった。
闘技場の外は閑散としていた。
私はボンヤリと歩き、闘技場近くの階段に腰掛ける。
フゥ…と白い息を吐き、空を見上げる。
(寒いな…)
あ、そうだ今日は赤月の日か。
(どんな風に月が赤くなるんだろ………?)
あれ、そういえば月って普段何色だっけ?
灰色?黄色?………それとも青かな?
「………フフっ。んー…。私って普段、一体何見てるんだろう…。」
「こんな所でどうしたの?大丈夫?」
突然、後ろから声をかけられ、ビクッとなった。
パッと振り返ると、なんと仮面を着けた女性だった!
「えっ、だ、誰…?!」
私はスッと立ちあがり、後退りする。
「ふふっ、落ち着いてホープ君。私よ、レギンよ」
「えっ…?レギンさん?」
「そうよ。ごめんなさいね、脅かしてしまったかしら」
「い、いえ…。でもどうして仮面を?」
「これは、お務めのひとつなの。精霊祭が終わるまで、今日1日、仮面はとってはいけないの。………気にしないでね」
(気にしちゃうよ…)