第2章 28話 「抑圧」
(まって!いかないで!)
私は闇の中で手を伸ばす。
あぁ、またこの夢かと思った。
いい加減うんざりだ。
でも違った。
あと少しで届く、というところで、パッと光に包まれた。
眩しくて、反射的に目を閉じた。
「やぁ。」
誰かに声をかけられ、恐る恐る目を開ける。
目を開けると、そこは湖だった。
湖は息を飲むほど美かった…。
周りには、まるで湖を隠しているかのようにうっそうとした森が広がっている。
あれ?
この景色、見覚えがある………。
「こっちだよ。後ろさ。」
びっくりして振り返る。
目の前には銀色の鱗を持つ生き物。
竜だ。
私はその竜が誰かすぐに分かった。
ハーレンだ……。
そう、大罪の話ででてきた、人間に殺されたガドゥの弟。
物語にある通り、すごく大きな体だった。
でも恐くなかった。
だってすごく優しい顔をしていたから…。
「あなたハーレン?」
「そうだよ。よく分かったね。」
どうやら竜の表情は人間とそんなに変わらないようだ。
ハーレンが微笑んだのが分かった。
私がハーレンだとすぐに分かったのには理由があった。
絵本の竜には、ガドゥは金、ハーレンは銀、そして他の竜の民は、みな紺で描かれていたからだ。
「どうしてあなたが夢に?」
そう聞くと竜は急に真面目な顔になった。
「…………君は思い出したいと思っているだろうけど、焦らないで。」
「えっ?」
「大丈夫だよ。全てを思い出せる時は来るから。だからそれまで待っていて。」
竜は優しい声で私に話す。
「………君が全てを思い出す時、君はその全てを乗り越えなきゃならない…。」
「その時のために、君は強くならなくちゃ。全てを背負う強さをね……。」
まるで未来が分かるみたいに、竜は忠告する。
「大丈夫。君ならきっと、乗り越えられる。」
竜は私に微笑む。
「え?どういうこと?」
「君はこれから旅をして探すんだ。大丈夫だよ。きっと見つかるから。」
「探す?………何を?」
「君の"全て"を…。」
「全て?」
私が尋ねると、悲しいそうに竜は目を閉じた。
「………本当にごめんね……。いつかでいい。僕たちを許して。」
急にハーレンが謝る。
どうして謝るの?
もしかして大罪のことだろうか。
でもハーレンは人間を殺していない。
むしろハーレンに対しては、人間の方が謝るべきではないのか?
人間は初めて見た竜に恐怖を抱き、殺したんだから。
「ハーレン、あなたは悪くないわ。」
私はきっぱり言い切る。
それでも、ハーレンは悲しそうな顔をしていた。
それから黙って私をしばらく見つめた後、ハーレンは大きな翼を広げる。
「………大丈夫だよ。君はいつか………、いつかきっと……。」
しかしそこで言葉を止め、空へ飛び立つ。
「え?待ってっ!!ハーレンっ!!」
叫んだけど、ハーレンは止まらずどんどん高いところへ。
そして一度だけ私を見て、口を動かした。
「…………………………。」
「なに??ハーレンっ!!聞こえないよっ!!」
しかし、銀の竜は私に背を向け遠くへ飛んでいってしまった。
そして、見えなくなった……
ここで目が覚めた。
朝日が部屋に差し込んでいた。
変な夢……。
大罪の話なんて聞いたからかな。
私は体を起こした。
「ホープおはよう。よく眠れたか?今日は精霊祭だ。戦祭り見に来るか?」
私は夢で混乱していて、すぐには頭に言葉が入ってこなかった。
「あ、精霊……。えと…、ぜひ見に行きますね。」
やっと答えてベッドから降りる。
ルーフェンさんはもう支度を終わらせていた。
朝食を食べながらルーフェンさんに夢の事を話していた。
「そうか、そんな夢を。いつか思い出せるとは、予言めいてるな…。」
少し可笑しそうに笑った。
「ですよね。まぁただの夢ですから。」
「いや、夢は侮れないぞ。よく夢は無意識の世界だと言われている。」
「無意識の世界?」
「ああ。夢は無意識の中に抑圧した感情や想いなんかを浮かび上がらせる、なんて言うしな。」
「抑圧?」
「自分の中にある認めたくないモノや、フタをしたモノのことだ。夢ではそれが現れることがあると聞いたことがある。」
「へぇ~。ルーフェンさんってそんな事も知ってるんですね。」
それからは二人とも黙って食事を続けた。
(あっ…。)
そういえば、精霊祭の起源、レギンさんに聞いておくの忘れてた。
彷徨う精霊のための鎮魂祭?だっけ。
何のことかさっぱりだったのに。
思い出したら気になってきた。
そもそも彷徨う精霊って?
精霊は竜の贖罪を見ているから、世界を彷徨ってるのかな。
(まぁしょせん作り話だから…。)
そうレギンさんが言っていたのを思い出した。
もうあれこれ考えるのやめよう。面倒だ…。
食事も食べ終わり、私はコップに水をいれる。
「そういえば、昨日の曲、なんて名前ですか?」
「あぁ、"光の空"だ。音楽家や奏者には、わりと有名な曲だ。」
「光の空…。すごくきれいな曲でした。あ、もちろんオーボエの音もですよ!」
ルーフェンさんは私の慌て方に笑った。
「別に大丈夫だ。確かに光の空は、曲自体がすごく美しいな。できたら他の楽器とも合わせてみたいものだよ。」
「ルーフェンさんはオーボエ以外にも楽器扱えるんですか?」
「ああ。こう見えても音楽家の息子だったからな。小さい頃から色々な楽器を教えられたよ………。」
「ピアノ、リュート、バイオリン、フルート、ギター…、その辺はある程度扱える。」
ルーフェンさんは、懐かしそうに微笑む。
音楽家の息子?
ルーフェンさんの事を少し知れた。
嬉しくなった……。
「………でもやはり、一番上手く演奏できるのはオーボエだな。自分にしっくりくるんだ。」
「さぁ、そろそろ祭りの時間だな。行こうか。」
「はい。」




