第2章 26話「心から」
「そうか、大罪を。懐かしいな…。」
私は教会で聞いた物語の事を話していた。
もちろんレギンさんに、ルーフェンさんを紹介してと言われた事を抜きにして。
「大罪、知ってるんですか?」
「あぁ、有名なおとぎ話だ。俺の故郷にも………。」
しかしなぜかそこで言葉を詰まらせる。
「……おっと、こっちだ。ここを右だ。」
「どこに向かってるんですか?」
「ん?仕事をしようとな。演奏場所は酒場でな。」
「楽器は?」
「鞄の中だ。実は2週間ほど前に修理に出していたんだ。それを受け取りに行っていた。」
肩から提げている鞄をポンポンと優しく叩く。
鞄の中に?
私は肩から提げられている鞄を見る。
鞄はそれほど大きくはない…。
(ずいぶん小さい楽器なのかな…?)
楽器を思い浮かべる。
私は貴族の屋敷でいくつか楽器を見たことがあった。
ピアノ、バイオリン、チェロ、トランペット、フルート、リュート…
他にも見たかもしれない。
ただ、普段それらはホコリを被っていて、貴族の祝いの席でたまに使われているくらいだったが。
「ん?あれ?えっと2週間前にって言いました?じゃあルーフェンさんは私に会う前にこの街に来てたんですか?」
「そういえば言ってなかったな。あぁ、その通りだ。……楽器の修理は時間がかかるんだ。修理の合間は時間があったし、俺はちょっと用事というか…、まぁそうだなぁ、することがあったから、隣のナガルの国に行ってたんだ」
「そうだったんですか…。あれ?それでナガルの国の用事は済んだんですか?」
「ああ、別にいいんだ。急いでる訳ではないから……。きちんと修理できていて良かったよ。預けたあの楽器店の評判はあまり良くなくて少し心配してたんだ。でもどうやらその評判はデマだったようだな。上手く修理できている」
「何の楽器ですか?」
そう私が話し終わると同時に、ルーフェンさんはある店の前に立ち止まる。
「ついたぞ、ここだ。クライスの酒場。」
酒場の名前を言うと私を見た。
「楽器は見てからのお楽しみだな。」
彼は意地悪そうに、ニヤッと笑った。
店に入ると、お酒の匂いがした。
それも色んな匂いだ。
嗅いでいるだけで酔いそうだった。
私は店の中を観察した。
客は30人くらいだろうか?
男性が多く、ほとんどが服装からして大工や鍛冶などの職人だろう。
「ホープ、あまり客と目を合わせるなよ。酔っぱらいは面倒だからな。」
ルーフェンさんは私の耳元で、周りに聴こえないように言う。
私はそれに黙ってうなずいた。
中ほどまで行くと、カウンターにいた男が私たちを、正確にはルーフェンさんを、二度見した。
「おお、本当に来てくれたのか!」
二度見したこの男は、ここの主人だろうか?
あご髭を生やした中年の男が驚いていた。
どうやら歓迎されているような声色だ。
私は安心した。
私は店内を見るふりをして、男を何度か盗み見した。
この男の名前を聞かなくても分かる。
きっとクライスだ。
なんだか、店に自分の名前をつけそうな感じだもん……。
「どこで演奏すればいい?」
ルーフェンさんが、あご髭の男に訪ねる。
「あそこだ。ここからは見えないと思うが、あそこにステージがある。そこでいいか?」
男は指を指して場所を示した。
「分かった。じゃあ10分後に演奏する。」
「おお!頼む。楽しみにしてるよ。」
男は本当に嬉しそうに言った。
「ホープ、何かあったら俺が演奏中でも呼べよ。酒場は面倒事が多いからな。」
「……ええ。」
そう答えたけれど、私は上の空だった。
なぜならルーフェンさんの鞄をまじまじと見ていたからだ。
ルーフェンさんは鞄から黒いケースを取り出していた。
横の長さは4、50センチくらいのケースだ。
(楽器だ!何だろう…!)
そして彼はふたを開けた。
それは黒い物体だった。
3つに分解されており、見たことのない楽器。
それをルーフェンさんは素早く組み立てていく。
組み立て終わると一本の黒い棒になる。
最後に上の部分に木の枝のようなものを付けた。
「これは一体なんですか??」
「知らないか…?オーボエだ。」
私の方に楽器を近づけた。
「すごく優しい音で、よく澄みわたるような、そんな音色が特徴なんだ。」
「よし、演奏してくる。ステージの近くにいろよ。俺の目が届く所に座っておけ…。」
ルーフェンさんがステージの上に上がると客たちは注目した。
「なんだ?」
「楽器を持ってるぞ、演奏じゃないか?」
「おお、演奏を聴くなんて久しぶりだ…。」
酔っ払った男たちがざわつく。
私はステージのすぐそばの、誰もいないテーブルに座った。
少し遅れて、あご髭の店主がステージの上に上がる。
「奏者のルーフェンさんです。みなさん、今日は演奏をお楽しみください!」
大声で店主が叫んだ。
そしてルーフェンさんと目を合わせ、うなずいた。
ルーフェンさんもうなずいた。
そして酒場は静寂に包まれた………。
ルーフェンさんが大きく息を吸った。
~♪
空気が震えて音がなる…。
オーボエの音は美しかった。
一瞬で酒場の空気が変わり、まるで光に包まれているように温かくなった。
何の曲かは分からなかったけれど、そんなのどうでもいいと思えた。
それくらい美しくて聞き惚れた。
ルーフェンさんは時々、目を閉じて息を吹き込んでいく。
優しいメロディーが紡がれていく……。
そのメロディーを聞いていると、今までの事を思い出す。
空から優しい雪が降っていて…。
(お前を孫のように思っていた…)
(一緒にいれて幸せだった…)
言葉が浮かんでは消えていく。
(生きて幸せになりなさい……………)
気づくと涙が流れていた……




