第2章 22話 「"シダ"」
「どうぞ。お掛けになって。」
彼女は小さな椅子を指す。
「ありがとうございます。」
レギンさんに招かれ、私は教会の小さな一室にいた。
祭のための祭具だろうか?
部屋には、細部が丁寧に装飾された、美しい品々があった。
「散らかってて、ごめんなさいね。お祭りの時は、いつもこうなの…。」
レギンさんは、大きくため息をついた。
しかし、なんだか嬉しそうだった。
「いえ。こちらこそ、突然ごめんなさい。」
きっと忙しいだろうに。
私は椅子に座る。
レギンさんは、何かを探しているのか、部屋をウロウロしている。
「あったわ、この本ね。」
すると、床に積み重ねられた本から、一冊の本を手に取った。
本にはホコリが被っている。
彼女はそれを、優しく手で払った。
「レギンさんは、いつから教会で?」
今後の参考までに聞いておこうかな。
(ん、今後の参考って何だ?)
彼女は私の隣に座る。
「そうね…、もう6年になるかしら。ここは私の家みたいなものね。」
ふふっと、口を押さえて笑う。
「教会で働くのは、とても楽しいわよ。毎日、色んな人が教会に来るの。子ども、お年寄り、それに信者でない人もね。」
そう言って、私を見た。
「そうそう、あなたのように突然訪ねてくる、かわいい子もね…。私は教会で働けて幸せだわ…。」
私に微笑みかける。
言葉通り、本当に幸せそうだ…。
その時、おじいの最期の言葉を思い出す。
(生きて、幸せになりなさい。)
私もこの人のように、いつか幸せだと思える日が来るのだろうか…?
「どうしたの…?ホープ君大丈夫?」
レギンさんは悲しそうな顔をしている。
私も今、こんな顔をしているのだろうか?
「……いえ。大丈夫です。レギンさん、精霊の話をお願いします。」
「そう…?じゃあこの本を見て。精霊様の事が書いてあるの。」
彼女は本を開く。
そこには美しい絵が書いてあった。
「これ……、絵本ですか?」
私、そんなに子どもっぽいかな…。
彼女は、私の怪訝そうな顔に気づいたようだ。
「ふふっ、怒らないで。これ、とっても分かりやすいのよ。」
そう言って、彼女はページを何枚かめくっていく。
「……あったわ、これを見て。…………私たち、ロント教徒が信じているのは、この"シダ"という神様なの。」
レギンさんは絵を指差した。
(シダ?初めて聞いた…。)
そのページには、シダという神様が描かれていた。
シダは女性のようで、美しい金の衣を着ている。
「シダ様はこの世界と、そして"人"を創ったと言われる神様。全ての始まりの神様なの。」
レギンさんは、本の絵に優しく触れる。
彼女はきっと、神を心の底から、信じているのだろう。
仕草でそう感じた。
私は神を信じていない…。
だって本当にいたら、私はこんなに辛い思いをしなかったと思うから。
でもだからと言って、神を信じる人を馬鹿にしたりする気はない。
「精霊って何者?神のようなもの?」
そう尋ねると、レギンさんは、首を横に振った。
「精霊様は神様ではないの。精霊様というのは、神に仕えていた方…。」
「シダ様はね、自分の創った"人"を心底愛していたの。そしてこの世界を見守っていたのよ。」
レギンさんは、ウットリしたように話していく。
私はというと、せっかく話をしてもらっているのに、少し退屈だと思った。
「でもある時にね…、この世界で、一部の"人"が大罪を犯してしまったの。」
「大罪って…?」
私の中で、少し興味が湧く。
「あら…?ホープ君は大罪の話、聞いたことない?すごく有名な神話よ。」
「信仰によっては、神様の名前が違ったり、世界の成り立ちが少し違っているんだけど、どの信仰も、大罪のことだけは同じような話なの。」
「大罪と精霊様はすごく関係があるから…。」
レギンさんは困った顔をした。
「んー、そうね。……えっと、じゃあまずは、大罪の話から始めようかしら。」
レギンさんは、本をめくっていく。
そして、「大罪」と大きく書かれたページを開いた。
「"大罪"。…………ずっと昔、この世界の南にある、ジアイナンの山に、竜の民がいました…。」




