第2章 16話 「開口」
「お前はこれからどうしたいんだ?」
「どこに行きたいんだ?今後のことをはっきり聞いておきたい。」
その声に威圧感が感じられる。何か、絶対に答えないといけないというような…。
それで、全てを悟った。
あぁ……。ルーフェンさんはきっと、きっと…。
分かっていたけど……でも…。
私は黙りこんだ。
そして拳を握りしめ、下を向く。
ルーフェンはきっと……、きっと……、私を邪魔だと思っているんだろう。
きっと余計なものを拾ってしまったと思っているんだろう。
(私は誰からも必要とされていないんだから。)
奴隷の時にさんざんそう思ってきたのに。
分かっていたけど、悲しかった。
胸が苦しくなった。
泣きたくなった。
だって私は……。
「私は、私は……。分かりません。これからどうしたらいいのか、分かりません。」
「分からない…?やっとここまできて自由になったんだろ?お前の行きたい場所に連れていくさ。」
「お前の生まれはどこなんだ?家族はどこなんだ?」
その言葉が心に刺さってチクチクする。
傷口をえぐられているようだった。
ここまで助けてもらったんだ。
この人の事を、信用した訳ではない。
でも言わなくてはいけないような気がした…。
私は顔を上げ、握りしめていた拳を開いた。
「………私には家族はいません……。だって……だって………、……私は捨て子だから。」
私は吐き捨てるように言った。
ルーフェンは驚いた表情をしていた。
私は決心した。
(もう全部言ってしまおう……。)
そのまま、せき止められていた川が、一気に流れ出すように、言葉が続いていく。
「私には7歳以前の記憶がありません。………いや……本当は自分の年齢も、はっきりとは分かりません。それに本当の名前だって分からないんです」
「私は7年前、どこかの森で倒れていたところを、偶然、奴隷商人に見つけられ、奴隷になりました……。」
「"ホープ"という名前も、その時、私と一緒に奴隷として捕らえられていた人に名付けてもらいました。私は名前すらも思い出せないのです……。」
まるで他人の事を話しているかのように、淡々と話した。
自分の心と言葉が、切り離されているような、心と言葉がそれぞれが別のものであるような、そんな感じだった。
「えっ…。」
ルーフェンは深刻な面持ちで、私を見ていた。
でも私は、ルーフェンの顔を見るのがなんだか辛くて、黙って目をそらした。
二人ともそれから黙ったままだった。
でも私からこの静寂を破るつもりはない。
相手が話し出すまで待とう、と決めた。
ルーフェンは黙ったまま、うつ向いていた。
私はなんてワガママで、身勝手だろう…。
こんなことを言えば、この人はきっと同情するに決まっている。
きっと私を邪魔だと思っているのに、こんな話をされれば、私を厄介払いできない。
(言わなければ良かったかな……。)
なんだか後悔してきたところで、彼はようやく口を開いた。
「そうか…。悪いことを聞いたな。まくし立てたようですまなかった。」
「しばらくの間、この街に滞在しよう。これからのことは、ゆっくり考えればいい。時間はたっぷりあるんだ。俺は急いでいないから。」
「さあ、もう話は終わりにしよう。風呂に入ってこい。」
そう言うと、ルーフェンは、私に背を向け、ずっと着ていたコートを脱いで、壁に掛けず、丁寧に畳んでいる。
すぐそこにいるのに、なんだか私は1人、取り残されたように感じた。
前にもこんな風に、背を向けて、私の元から去った人がいた…。
でも誰なのかは思い出せない。
それが私の覚えている、一番最初の記憶…。
そしてある光景が、頭の中に浮かんだ。
"青い光" が…。