第2章 15話 「息吹」
あなたが笑うのを見ているのが好きだった。
あなたを見ていると、世界が美しく見えたの。
全てが輝いていたの…。
「……ホープ」
「……あ、はい?」
どうやら私は、馬に揺られてウトウトしていたみたいだ。目がしばしばして、私は目をこする。
背中が温かい。どうやら後ろのルーフェンにもたれかかって眠っていたみたいだった。
それに気がつき、もたれていたルーフェンから、何事もなかったかのようにサッと離れた。
「しっかり手綱は持っておけ。落ちるぞ。……前を見てみろ。ここはもう、スウガの国だ。」
頭の上から声が響く。
言われた通り、前方を見ると、遠くにたくさんの建物が見えた。ウトウトとしていて、今まで気がつかなかった。
建物には、色とりどりの布のようなものが吊るしてあるようだ。
こんなに遠いのに、その鮮やかな色が、よく見える。
(きれいだなぁ…。街ってどんな感じなんだろうか…。)
今までの事を、一時だけ全て忘れ、この街に、私は少しワクワクした。
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「部屋は空いてるか?2人なんだが。」
私たちが宿についたのは、もう夕方になってからだった。
さっきのワクワクした気持ちは、どこかへ飛んでいってしまった。なぜなら街は人が多く、目が回りそうだったからだった。
街をよく見て回りたかったけれど、どこを見ても、どこに行っても人、人、人…。
私たちは人混みをかき分けて、なんとか宿にたどり着いた。
宿の中も人で溢れかえっている。
(人が多くて嫌だなぁ…。)
ちなみに、乗ってきた馬は、この宿の近くの馬宿に預かってもらっている。
「1人たったの2000タウサだ。飯は出ないからな。」
不精髭の生えた、40代くらいの男は、面倒そうに肘をついて言った。
"タウサ"というのは、どの国でも使われているお金だ。ずっと昔、おじいが教えてくれた。
もちろん私はお金なんて持っていない…。
「飯なしで一人2000も、じゃないか? …まぁ街じゃそんなものか」
ルーフェンら仕方ないといった感じで、無愛想な男にしぶしぶお金を渡す。
(2人で4000タウサ…。)
お金を出してもらい、申し訳なく思った。
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「なかなか良い部屋じゃないか。この宿で正解だったな。だが2階なのは気にいらないがな」
ルーフェンは荷物を床に置きながら言う。
(2階?ルーフェンさんは高いところが嫌いなのかな?)
部屋は広かった。ちなみに宿は三階まであるそうだ。私たちは、二階の一番奥の部屋に泊まることになった。
3人部屋なのか、ベッドが3つ置いてある。きっと2人部屋は全て埋まっていたのだろう。ラッキーだった。
「ええ。広いし綺麗な部屋ですね。」
私はコートを脱ぎ、壁に掛ける。
ルーフェンを見ると、コートや手袋も脱がず、鞄をあさっていた。
「そうだホープ、先に風呂に入って来たらいい。」
「お風呂に、ですか?えっとルーフェンさんは?」
「俺は荷物の整理をしておきたいから、食事の後に入る」
何かを探しながら、顔も上げず私に言った。
「風呂の場所は、さっきの宿の店主にでも聞くといい。一階のどこかだろうが、この宿は広いからな。探すよりも聞く方が早いだろう。」
私だけ先にいいのだろうか?
「でも………。」
「子どもは気を遣わなくてもいい。早く入ってこい。」
探し物が見つからないのか、ついに鞄をひっくり返した…。
床に荷物の中身が散乱した。
血の着いた布…………。
さっき血を拭っていたものだ。
ナイフ…………。
果物などを切るものだろう。
他にも色々あったが、一番目についたのは、茶色い表紙の日記だった。
ずいぶん使い古されているようで、所々表紙が剥げている。
(一体何が書かれているんだろ……。)
この人のことが、何か分かるかもしれないと、中身が気になる。
「おかしいな……。」
ルーフェンは首をかしげる。
「何を探しているんですか?」
「短剣だよ。………どこかに落としたのか?」
ルーフェンは横に手を広げ、これくらいなんだが、と大きさを表す。
2、30センチくらいだった。
もしかして…。
「あの……。これですか?」
私はコートから短剣を取り出す。
「それだ!………あぁ!思い出した…。お前に渡したんだったな。」
恥ずかしそうに、下を向きながら、頭をポリポリ掻いた。
(あれ、この人………。意外と忘れんぼうで、おっちょこちょい……なのかな?)
そう思うと、少しルーフェンを可愛く思った。
ふふっ、と思わず笑みがこぼれる。
しかし途中で、笑うのは悪いかなと思い、すぐに口を手でおさえる。
それを見て、ルーフェンは恥ずかしそうだったのに、急にこっちを向いて真面目な顔になる。
「はじめて笑ったな…。良かった。」
私の目を見て言った。
「えっ…。」
「いや、ずっと思い詰めた顔をしていたからな………。子どもはよく笑って、食べて、寝ていればいいんだ」
そう全部言い終わると、ひっくり返した荷物を鞄に入れていく。
なんだか胸が温かくなったように感じる。
私は下を向き、目を閉じる。
(………ありがとうございます…。)
「ホープ。」
突然、凄みのある声で呼ばれたので、ビクッとなる。
ルーフェンはいつの間にか、荷物を入れ終えていたようだ。彼はスッと立ち上がり、側に来た。
そして私の前に仁王立ちになる。
なぜだか、昔、奴隷の時に執事に殴られた事を思い出す。
私は怯えた。
目を離せない…。
(なに…………?)
「風呂の前に、お前に聞いておきたいことがあるんだ。」




