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精霊の湖  作者: 桜木ゆず
第1章 世界の色
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第1章 13話 「赤い世界で」

(まずい……。と、とんでもなく眠い…。それに背中が……)

 私は馬に揺られながら、眠気と痛みに戦っていた。馬はかなりのスピードで走っており、落馬すればただでは済まないからだ。

 昨夜の命を懸けた闘いは少し眠っただけではその疲労感は拭えず、絶えず眠気が押し寄せていた。

 思えば昨日の朝からほとんど眠っていない…。



 そのうえ馬の背はグラグラと揺れるため、傷に響く。

 ……傷というのは、もうあれは一昨日の事になるのか。あの偉そうな執事長に、鞭で叩かれた背中が痛くなってきたのだった。……今までは我慢出来ていたのに…


 鋭い痛みは馬が歩くたびその振動が伝わって、まるでチクチクと針で何度も何度も刺されているようだった。

 眠気と痛みに対し、私は唇を強く噛みしめなんとか堪え忍ぶ。


 だが体は正直で、もう限界が近いことを告げていた。



(もう……限界……)

 諦めを心の中でつぶやくと、視界はだんだん暗くなっていった。そして私は後ろのルーフェンにもたれかかる。


「どうした?大丈夫か?」



 そう声をかけられてまどろみから現実に戻る。



「あ…、ご、ごめんなさい…大丈夫です」


「そうか?ならいい……」

 今は眠っている場合ではない、と自分を戒め励まして背筋をしゃんと伸ばす。

 すると馬の速度がかなり緩まったのを感じた。大丈夫だと言ったがルーフェンにはお見通しだったようだ。負担が少ないように馬を遅くしてくれたのだろう。前を向きながら心の中で彼に礼を言う。


 ……これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。せめて起きていようと唇をさらに強く噛みしめた。がしかしそれは一時的なもので、ほんの少し経つと再び眠気に襲われ視界は暗くなっていく……



『…ドド……ド………っドドド…』

 遠くの方で何かが鳴っている。

 なんの音だろう?もしかして夢を視ているのだろうか。だとすればとてもリアルな音だ、とぼんやり考える。


『ドドドっっドドドっっ……』

 なんだか嫌に現実的だ。音はだんだんと近づいてくる。そしてとてもはっきり聴こえる。それは地響きのように……――これは本当に夢?


『カチャカチャっカチャカチャっ…』


 その聞き覚えのある音にハッと目が覚める。眠気と痛みは瞬時に吹き飛び、目と耳は冴え渡った。



 地響きのようなものは馬の足音だ!もちろん自分達の馬のものではない…!

 それにカチャカチャと金属同士が擦れる音がリズム良く鳴り響くのは、騎士が馬を走らせている証拠だ。音からして一頭ではなく、数頭いるようだ。


 私はサッと振り返る。しかしルーフェンが大きくて後ろがよく見えない。


「ん? 今度はどうした?」

「馬がっ!追っ手の!!」


 するとルーフェンは私と同じようにサッと後ろを振り向いた。しばらくすると正面に向き直した。


「ホープはずいぶん耳が良いんだな……。まだ見えないがおそらくは追っ手だろう」

 ルーフェンさんっ!感心している場合ではない!


「ど、どうしたら!?」


「俺たちは二人乗ってるからどれだけ走らせてもこちらの馬は遅い。じきに追い付かれるだろうな」

 ルーフェンは冷静に判断を下す。


「そ、そんな…!」

 私は悲鳴のような声をあげる。そうして頭が真っ白になった。


「だが大丈夫だ。迎え撃つ。……戦うぞ」


「えっっ!?」

 おじいの事が頭をよぎる。

 同じだ。おじいの時と同じ。そしておじいは…。体が強張る。


「心配するな。 俺は負けないから」

 私が緊張したのに気が付いたのか、それはとても落ち着いた声だった。


「で、でも…」

「ホープ、馬を止めるぞ」

 私の言葉をかき消すかのようにルーフェンは言った。そして彼は馬を止める。


「降りて後ろに下がっていろ。いいな?」

 強い口調だ……。私はそれに逆らわずに馬から降り、言われた通りかなり後ろの方に下がった。


 そして一瞬迷ったが、私はポケットから短剣を取り出した。

 ……仕方ない、それ以外身を守るものがなにもないのだから。鞘から短剣を抜く。



 ルーフェンも馬に乗ったまま、腰に提げていた剣を抜いた。その時遠くの方に黒い影が見えた。騎士だ…。



 私は後ろからルーフェンを見つめる。すごく怖かった。彼も…、彼も死んでしまうのではないだろうか…?




 遠くにあった影はすぐに私たちのところへ駆けてきた。追っ手の騎士は4人。みな一度はあの屋敷で見たことのある顔だ。

 騎士達はルーフェンから少し距離をとって止まった。


「見つけたぞ…。卑しい奴隷め!きさまらがわたしたちの仲間を殺したのか!よくも…!」

 騎士の一人が私を見てそう叫んだ。その目には炎も燃やしつくすような憎しみの心が映っていた。

 私の体はワナワナと震える。恐怖と罪悪感でだ。



 他の3人の騎士たちは剣を持ったルーフェンをにらみつけていた。

「貴様何者だ?死にたいのか? そこのガキを渡せ」

 さっきとは別の騎士が冷静に言った。


「こんな子どもを追い回すなんて、お前達は騎士の風上にもおけない…」

 同様にルーフェンも冷静に返す。


「ふん……、どかぬのなら死ぬがいいっ!」

 怒りを目に宿した騎士が再び叫んだ。そう言ってその騎士は馬に乗ったまま剣を抜き、ルーフェンに向かって斬りつける。

「ルーフェンさん! 危ないっ!」

『ガキィン…!』

 しかし彼はそれを簡単に受け止め、弾き飛ばした。そして次の瞬間、鋭く正確に騎士の胸を目掛けて刺した。


(…っ!)


「ウゥッ………!」

 刺された騎士は落馬し、雪の上に転がる。真っ白な雪はみるみる赤く染まってゆく……。怒りを目に宿した騎士はもう二度と動かなかった……。



「き、貴様ぁ!」

「殺してやるっっ!覚悟しろ!」

 それに激怒した騎士達は、それぞれ剣を抜く。彼らの顔は真っ赤になっていて頭に血がのぼっているようだった。


 そして三人は馬に乗ったまま、ルーフェンへ一斉に斬りつける。



『ギィン…!カァンっ……!』

 しかし、ルーフェンは三人の剣を軽々と受け流す。そしてまた一人、騎士の胸を流れるように刺した。



「グハッ………」

 その騎士も落馬し雪を血で染めながら倒れた。


「引き下がるなら俺は深追いはしない……」

 ルーフェンは氷のように冷たい眼差しでぴしゃりと言った。


「き、貴様ぁぁぁっっ!!!八つ裂きにしてやるっっ!」

「よくも仲間を!!!引き下がれだと?ふざけるなッッッッ!」

 残った二人の騎士はほぼ同時に声を荒げる。



「そうか、残念だ……」

 ルーフェンは静かに言った。

 そして今度はルーフェンから先に斬りつけた。まるで稲妻のように、素早く刺す。相手はあまりの早さに受け止めきれず、そうしてまた一人騎士は死んだ……。



 彼の剣はとても軽やかだった。剣術に疎い私でも、とんでもなく強いと分かる。


(この人は一体何者なの……?)

 私はこの人の事を何も知らない。知らないということが、こんなにも怖いなんて………

 それに、どうしてこんなに平然と人を殺せるのだろうか?

 私には全く理解できなかった。





 残りの騎士は一人になった。その騎士はとても焦った顔をしている。あきらかにたった一人になった彼は怯えていた。しかしルーフェンはかまわず、最後の騎士に斬りつける。


『キィィィン…』


 騎士はその剣をなんとか受け止める。がバランスを崩しそのまま落馬した。



 ……私は恐怖を覚えていた。眉ひとつ動かさずに無表情で人を殺す彼に……。



 落馬した騎士はすぐに起き上がり体制を整える。しかし息が上がっているようだ。


「ハァハァ……き、貴様、一体何者なんだ!?」


「お前には関係ない…」

 そう言うと、ルーフェンは馬上から何度も斬りつける。

 金属のぶつかる音が、キィン、キィンとうるさく響く。


 何回か騎士は受け止めた。しかし最後はあっけなく胸を深く斬られ、後ろに倒れた。

「ガハッッ…!ヒューヒュー…ハァハァ…ハァ…」

 最後の騎士はまだ生きていた。苦しそうに喉をならし、口からは血が溢れていた。


「悪かったな……」

 ルーフェンはそう一言いうと、馬から降り躊躇うことなくとどめをさす。


「グッ……」

 鋭い剣は正確に胸を突き、最期のうめき声と共に魂は肉体から離れ天へ昇って行った。



 雪の上には4体の死体が転がっていた。ルーフェンはその様子を、上からただ黙って見つめていた。



 世界は真っ赤に染まっていた。



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