入国
門番の開けてくれた隠し階段の奥はヒンヤリと冷たく、裸電球だけが頼りの、先の見えない薄暗い通路だった。
「うっ、なんか不気味な通路......進みたくないなぁ」
「じゃあ置いてくよ?」
「え、やだー。___ちょっと待って!置いてかないで!」
全面コンクリート造りの中を歩いているのはたった二人だけの少年少女だった。
一人は真っ白な髪を一つにまとめているのが印象的な少女マフユ、もう一人は迷彩柄の軍服を着たミサキで、先にさっさと行こうとするミサキを、暗がりが苦手なのかびくびくしているマフユが追いかけていくような感じで通路を進んでいた。
靴の踏み鳴らす音が響いて反響し、道の景色は一切変わらない様は普通の人が歩いても引き返すような不気味さがある。
マフユはそれから目を反らすためにさきほどミサキに聞き損じた質問をする。
「そういえば、ここに入る前にフェンスに囲まれた建物があったけど、あれは何のためがあるの?」
「あれは監視塔だね。回りに何もないスペースがあったろ?」
「うん。そこだけ木がなくて真平らだった」
「侵入者を見つけて迎撃するためのスペースなんだよ、あれ。あの建物を中心にだいたい五百メートル先まで背の高いフェンスを張って妨害する。それを突破しても門番が居るから、どのみちやられる」
「厳重なんだねぇ」
「いや、まだ厳重だよ。......ほら、出口が見えてきた」
二人の視界に小さな強い光が見えてきた。近づくにつれて光は大きくなり、真っ白なタイルを浮かび上がらせている。
入り口と同じくらいの長さの階段があり、そこを上りきると巨大な空間と大量の人が待ち受けていた。
「人が......いっぱい......」
空港のロビーのような場所がそこには広がっていた。十箇所ほどある受付に、食事をできるような食堂。携帯食料や弾薬を補給するための雑貨屋など色々な設備が詰め込まれ、多くの漂流者たちが集まっていた。
「マフユこっち」
ミサキは、ぽけーと立っているマフユを呼ぶと人の間をすり抜けながら受付に向かい、入国手続きを始めた。
何枚かの資料を受け取り、そのうちの一枚にマフユを渡そうとして___動きが止まった。
「マフユってさ、字、書ける?」
この少女は国から出てきたわけではない。つまりは学校というものに通っていたわけではなく、『勉強』という庭では自由気ままな野放し状態だったわけで、最悪、字すら書けないんじゃないか?というミサキの予想だったが、
「書けるよ。自分で言うのもなんだけど結構綺麗な方だよ、字」
杞憂に終わったようだった。
一通りの書類を書き終え、提出すると受付の人数が一人加わった。二人の手には注射器が握られている。ウイルスや変な病原菌を持っていないかを血液検査で調べるためなのだが、ここでマフユが抵抗を見せた。
「針を刺すなんて怖すぎる」
「絶対に痛い」
「体に異物が入るなんてヤバすぎる」
「痛くない? 初めて入れられる人がそんなこと言われたからって、体に異物を入れられる恐怖感が和らぐわけがない」
「自分は挿入される側じゃないくせに」
などと、最後の方はかなり誤解されそうな台詞を涙目で叫びまくっていた。(ちなみに最後のほうの台詞を聞いた少人数の女性がパートナーの顔を見ながら頷いたのは秘密である)
程なくして、落ち着いたマフユは大人しく針を受け入れた。血液採取は終了し、少しの待ち時間を経て、入国を許可された。
ただ一つ気になることは、マフユが超低確率でウイルス感染するかもしれないということだった。
「漂流者の発砲事件を防ぐために弾薬をすべてゴム弾にさせていただきます。なお、ゴム弾だからといってむやみやたらに撃たないでください。預かった弾薬は出国の際にご返却させていただくのでご安心を。___確認しました。それでは我が国をご堪能くだい」
何十回と繰り返されたあろう言葉を受け、ミサキとマフユは国に足を踏み入れた。
「~~♪~~~♪」
血液検査後の待ち時間、ずっと呪詛のように注射器死すべしと言っていたマフユだか、今はもう夢と希望だらけでかなりご機嫌である。今は城壁の下にある蒲鉾のような穴を歩いていて、ここを抜ければ小さな町に続く道が延びていた。
受付からゴム弾と一緒に受け取った国の地図を広げ、見ていると、急にマフユの鼻歌が止まった。
「?」
地図から顔を上げて隣を見ると背中側の方向を向いて固まっている。鯉が餌を待ち焦がれている姿に似ていて結構間抜けである。
何があるのかとミサキも後ろを向くと、
「おぉ、近いなぁ」
遠目でも分かるくらい大きかった城壁がそこにあった。
コンクリート造りの巨大な壁で、凹凸などひとつもない。見上げるこちら側としてはかなりの威圧感を感じる。
小さい子供がビルを見たらこんな感じなのだろう、と感想を漏らしていると、いつの間にか沢山の漂流者が町に向かっているのが見えた。
ミサキはまだ城壁を眺めている相方を半ば強制的に歩かせ町に急ぐ。実は結構由々しき事態で、表面化には出さないが漂流者たちの宿とり合戦が始まっていた。大きな町ならともかく、今皆が向かっている町は歩けば一日で端から端を渡りきってしまう大きさである。まともな宿屋など少ないだろう。
勝てば柔らかベッドに綺麗な風呂。
負ければ野宿に高確率で不味い携帯食料である。
ここ最近歩き続けた疲労を考えるとミサキたちは全力で勝負に勝たなければならない。
「ミサキ見て!目の前に大きな川!」
「知らん!」
「見てミサキ!城壁の上!見張りの人だ!___あっ、手を振ってくれた!」
「知らん!」
「ムキムキマッチョのナイスガイ!」
「知らん!」
「スナイパーだ!スナイパーがいる!見せて!あなたのその立派なスナイパーラ___」
「知らァァァァァァァァーんッッ!」
ミサキの奮闘の末、二人一部屋しかない宿屋に泊まることに成功した。何よりもきつかったのは道のりなんかではなく、
「ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」
「絶対ちょっとじゃないし!却下!ぜえええぇぇぇったい却下!」
ガンショップに否応なしに行こうとしたマフユを止めることだったらしい。
「ミサキーあがったよー」
風呂場に続く扉を開けて、湯上がり姿のマフユが出てきた。格好は年頃の女の子らしく真っ白なワンピース姿で、髪はほどいてある。
「.......」
普段、かなり古びた軍服を着てるせいで薄れてはいるが、マフユはかなり優れた容姿を持っている。真っ白な髪に透き通るような肌、決して低いとは言えない身長に、整った顔。おまけに風呂上がりの真っ白なワンピース姿ときた。さき程の「スナイパープリーズッ!」と叫びまくっていたときとは比べ物にならないくらいである。
大抵の男性なら目を奪われしまうだろうし、その場にいるミサキとて例外ではなかった。
「.......すごいな」
夕陽に透かされた彼女に見惚れて、ぽつりと呟いた。
そんなミサキを見ながら何を勘違いしたのかマフユは、自分の胸を腕で隠しながら
「.....このスケベめ」
わりと真剣な声で言ってきた。
スケベ?何のことだ?とまだ少し惚けている頭を使って、すぐに自分の失態に気付いた。
あろうことか視線がちょうど胸のところに注いでしまっている。
「いや、これは違くって.....!その.....」
彼は言い淀んだ。
正面切って『美しかったのでつい見惚れてました』などとキザくさい言い訳をするわけにはいかない。だが、このままなにも言わない訳にもいかない。変態扱いされてしまう。
数秒間の高速情報処理を行い、たどり着いた言い訳(答え)は、
「マフユってかなり貧乳だなーって、思ったんですはい」
彼がそんな台詞を吐いた、ものの五秒後、渾身のビンタが彼の頬を的確に撃ち抜いた。
顔に紅葉マークをつけたミサキとさっきまでかなり機嫌の悪かったマフユは、二つあるうちの一つのベッドで地図を広げて今後の方針を話し合っていた。
「ここが今、俺たちのいる町。大きな川をまたいで、手前が漂流者の集中した漂流者サイド、奥側が都市に続く駅を抱えた現国民サイド。ここまでは分かる?」
「うん、分かる」
「よかった。次は都市についてだけど、ここにいくためにはこの町にある電車を使うか、徒歩で行くしかないみたいだね」
古びた電車の載ったパンフレットを地図の何もないところに置いて、見る。
「朝と夜に三回、昼間に一回、って感じで電車が出る」
線路のような絵が町から出発し、かなり離れたところでとても大きな都市部と思われる絵にぶつかった。
都市部には色々なマークが添えてある、宿屋らしき家のマーク、銃とナイフの交差したマークのガンショップなど、そこに似合ったマークが目印として配置されていた。
「? ミサキこのマークって」
地図の中央に、赤黄緑のフラスコが三本並んだマークがある。
「バイオセンターだね。主に感染生物に対しての研究や働けない人に仕事を与えてくれる所」
「仕事? 実験の手伝いとか?」
ミサキは首を小さく振って、余分に余った城壁の外側を指で指す。
「そういう仕事じゃなくて感染生物の駆除とか、拠点制圧とか、地図の細かい調査とか、そういう危険と隣り合わせの仕事。誰でも受けることが出来るけど最初から最後まで自己責任」
つまり、と続けて
「死んでも文句が言えないってこと」
説得力のある、そういう仕事をしてきたからこそ言える言葉。
実際、城壁の外に出て帰ってこなかった___否、帰ってこれなくなった人は大勢いる。
「だから仕事を受けるときには『死んでも文句は言いません全ては私のせいであります』っていう内容の契約書を書く必要があるんだ。まぁ、報酬も良いし対価はり合ってると思うよ。俺は」
そう締め括り、ベッドに体を預ける。良いマットレスを使っているのか寝心地は気持ち良く、目を閉じると身体に溜まった疲労が抜けていくような感覚に落ちていく。
(......最近頑張ったもんなぁ)
一週間ほど前には死体処理のために徹夜、ついこの前にはマフユの看病のために徹夜、連日歩きまくり、この日はマフユを引っ張りながらの宿探索。
体を動かしっぱなしである。
(マフユに服を買ってやらんとだよな。さすがに二通りだけはちょっと可哀想だ。あと近接戦の訓練とか色々教えないと。あ、お金が必要になるわけだ、どのみち)
頭の中で算盤を弾きながら予定を組み立てようとするが眠気が邪魔をして整理できない。
「ミサキ?まだ話の途中だよ。予定はどうするの?」
「......寝てから考えようかな」
「寝てからって、もうちょっとで夜だよ」
「........」
微睡みながら、言葉は聞こえずに声だけが通りすぎていく。頭は固まったように動かなくなり、現実と夢がぐちゃまぜになって判別がつかなくなっていく。
「ミサキ?.....寝ちゃったか」
真っ暗な夢の世界へ、ミサキは沈んでいった。
「ああああぁぁぁぁ!マフユだめっ!対物ライフルを乱射しちゃだめ!」
授業中なら軽く外に立たされるレベルの寝言を叫びながミサキは飛び起きた。
ぜぇぜぇと、息を切らしながら右と左を見回し、夢の中のガンショップではないことに安堵した。
夢の内容は、察してほしい。
元々、戦車を壊すために作られた対物ライフルを室内で撃つとどうなるかも、察してほしい。
「......いやいや、そもそも対物ライフルを連射してる時点でなんで夢だと気づかなかった、自分」
それは何故か。
スナイパーライフルを愛してやまないマフユなら冗談抜きでやりかねないからである。彼女なら「撃ってもいいよ」と言われれば「じゃあ、この銃(子)の命がつきるその瞬間まで遠慮なく」と答えるだろう。
「⋯⋯それはともかく」
部屋を見回すがマフユがいない。部屋にあるのは、ミサキとマフユの荷物とベッドに置いてある数枚のパンフレットのみ。
「あれ?」
さっきまで広げていた地図がない。気のせいでなければガンショップのパンフレットもない。
まさか、と思い、部屋からでて宿の管理人のところに行く。
「連れの子?あの子ならだいぶ前に出てったよ。どこに向かったかって?ガンショップがどうたらこうたらって言ってたけど」
受付で暇をもて余していた中年の女性から有益で最悪な情報を聞くことが出来た。ちょっと前ならともかく、だいぶ前ということは既にマフユはガンショップに着いていることだろう。
ガンショップの場所を訊き、走ってそこへ向かう。
小さな町だけあって帰宅時間頃にも関わらず人通りは少ない。
町を隔てる橋を走り抜け、一度休憩して、また走りだす。
ミサキがここまで走っている理由は二つある。
一つは人拐いに遇っていないか。漂流者が襲われて売り買いされることもある。マフユなら髪が白いという希少価値がつくため、さぞ高く売れることだろう。一人ともなれば格好の獲物となってしまう。
もう一つはガンショップの営業妨害をしていないか。
撃ちたい撃ちたい試し撃ちがしたいと店内で騒いでいたとしたら、それはもう最悪である。年頃の少女がスナイパーライフルのショーケースから離れない絵面を想像してみてほしい。
それはもう地獄絵図を通り越してもはやシュールですらある。
例え、試し撃ちを店員が了承したとしても、試し撃ちは有料なのでどのみちミサキの財布に打撃が来るという結果になってしまう。
なので彼は今、全力で走っている。
「間に合ってくれ!店員さんの心の耐久値!無事でいてくれ俺の財布!」
そして、ガンショップに着いた。
古く趣のあるなりをした店は、かなりいい品揃えを期待できそうな雰囲気がある。
だが、それどころではない。入り口には二人の男女の揉めあう姿が見える。片方はマフユと思われる少女、もう片方は大振りのナイフをさげたムキムキマッチョのナイスガイ。
あれ? これどっちだ?
ナイスガイが店員さんだとして、マフユの襲来を食い止めているのか、それとも人拐いに襲われてマフユが抵抗しているのか
ミサキは一瞬固まり、思案すると、マッチョを殴りに走り出した。
閲覧して頂き有難うございますm(._.)m




