怪我
「ハンドガンにナイフ。マガジンにサンプレッサー(消音器のこと)。準備完了」
ミサキはスライドを引くと初弾を撃てるようにした。
ミサキとマフユは血のベッタリとついたドアから一度離れ、その向かい側にバックパックを下ろすと、薄暗く照らされたログハウスに入る準備をしていた。
「今夜は意地でもここで寝ないと。外は危険みたいだから」
扉を見ながら呟く。
「寝床確保、安全確保以外にも目的はあるんでしょ?」
「怪我人確保。生きてたら治療、もし手遅れなようなら......」
「わかってるよ、ミサキ」
真っ白な髪の少女はリボルバーのシリンダーに弾丸を六発詰めこむと頷いた。
マフユは片手にリボルバー、ミサキは右手にナイフ、左手にハンドガンで右足にはマガジンの入ったホルスター。
それぞれの武器を持った二人は扉の前に立って作戦会議をする。
「俺が入った四秒後に入って来て。もし室内戦が危ないようだったら室内から一回出て、追いかけてきたのを倒す。わかった?」
「うん、わかった」
ミサキはドアノブを握るとマフユと視線を会わせる。そしてお互い頷くと、一気に扉を開けて素早くミサキだけが入った。
一度二度出来るだけ速く周りの状況を確認し、何もいないのを把握すると、四秒後きっかりにマフユがドアを開けて入ってきた。
「......ミサキ、この臭い」
「あぁ、かなり血生臭いね」
正面に折り返しの階段、その下にタンス、左右には扉のある、この部屋にはかなりの濃度の血の臭いが漂っていた。ときどき感じるとか、そうゆうレベルではなく常に鼻をくすぐって、ここは危ないと警告しているような感じだった。
「ミサキ、血の痕があるよ」
不意に、キョロキョロと部屋の中を見回していたマフユが視線を床に留め、銃を握っていない左手で指差した。
そちらを見ると確かに無数の赤い点が蛇行しながらも右方向の扉に続いていた。
「ここに入ったのか」
扉に近づき、一応ノックをしておく。
なにも、返ってはこない。
その先を知るためには扉を開けるしかない。
「マフユ、しっかりと四秒数えてから来るんだよ」
ドアノブに手をかけつつマフユを見ると、階段の下に設置されたタンスを見ている。
「どうしたの?マフユ」
「いや、あのタンスなんのためにあるのかなーって」
「ああ、あれ?あれは漂流者が要らないものを入れるためのタンスだね」
「ふぅん」
合点いったという感じでマフユは頷くと、準備はいいよと言ってミサキと目を会わせた。
「じゃあ、四秒後に」
「うん」
ミサキは扉を開け、室内に入ると銃とナイフを構えた。
部屋に入った時の印象は、「じめじめしている」だった。
雨に濡れたまま満員電車に乗ったような、なんとも言えない気持ちの悪い感覚。汗ではなく、より濃くなった血の臭い。
(.....これはもう怪我人は......)
助からないかもしれないとミサキが思った矢先、入ってきたドアの向こう側から、タンスの開く大きな音が響き、マフユの小さな悲鳴と共に倒れる音が聴こえた。
「ッ!マフユッ!」
すぐに部屋を出ようと、ドアを開くが何かがつっかえて通ることが出来ない。
「マフユッ!クソッ!!.....ああ、もう!」
ミサキのいる部屋の奥から呻き声と共に四体のゾンビが現れる。一体は女でナイフを持ち、もう一体は男で右手が異常なぐらい大きい。まるで電柱のようだった。
一歩一歩確実にミサキに近づいて来ている。
「.....さっさと殺って、パートナーを助けさせてもらう」
ミサキは銃をゾンビに向けた。
手間にいるゾンビの心臓に引き金を引いた。パスッという音が三回連続で聞こえ、二メートル先のゾンビが倒れた。
その死体の体に出来た赤い点は普通の拳銃の弾痕より大きい。
壊れないギリギリまで改造したミサキのハンドガンだからこそできる破壊力だった。
すぐに別のゾンビに標準を向け撃ったが、そのゾンビが銃に掴みかかったことでおかしな方向に穴を開けてしまった。
しかし不幸とは続くもの。標準を無理矢理戻し、足を撃とうとするが、掴んでいるゾンビの指がスライド(薬莢を外に出すための空間)に挟まり拳銃が使い物にならない。
「ァァァ」
細い声を出しながら大口を開け、ミサキに噛みつこうとする。
が、ミサキはナイフを握っている腕をゾンビの顎下に挟んだことでそれを防いだ。
(このままじゃ数で押しきられる)
ミサキは銃から手を離す。これで片手が空いた。
(だから速く確実に___)
右の腕といれかえるように左手で首を抑え、突き飛ばすと
(仕留める!)
逆手のナイフの刃を喉にくい込ませ、ナイフに体重をかけると一気に横薙ぎに振り切った。
ブシッという血管から血が吹き出る生々しい音がなり、ゾンビは膝を床につけたがミサキはそれを「退けよ」と言って適当なところに蹴り飛ばす と、ナイフを構え直した。
残りは二体
女のゾンビはナイフを中腰に突っ込んできた。
これを横にステップで避けると異常なぐらい大きな拳がミサキの顔にとんでくる。
ミサキはしゃがんで避けると、男のゾンビは体勢を崩して大きな隙が出来た。ここでミサキは何にも守られていないゾンビの後頭部をナイフを握ったまま殴りつけた。
ゴッという鈍い音が鼓膜だけではなく拳にも感覚として響く。
ゾンビは体勢を完全に崩すと床に倒れこんだ。ミサキは首をへし折るために足をもち上げると、
「アアアアアァァァァッ!」
叫び声と共に女のゾンビがタックルをミサキにぶつけてきた。
「!」
吹き飛ばされミサキは壁に背中を打ちつけたが助走が少なかったのかそこまでダメージはなかった。
すぐに体勢を立て直しゾンビからの追撃をいなすために構えると、意外なことにゾンビが襲ってこない。
「......?」
なぜ?と思いゾンビを見ると、気絶しているのか床に倒れてピクリとも動かない男のゾンビを護るようにナイフを持った女のゾンビが立ち塞がっていた。
死んでもなお、異様にぎらついた瞳でミサキを睨みつける。
「ヤラセナイゼッタイニコノヒトハ、コノヒトダケハヤラセナイッ!!」
独り言のように、だが聞いた人が力強いと感じるぐらいに大きな声で叫ぶ。
「.......」
お互いにナイフを構え直す。その距離約五メートル。
どちらかが突っ込めば決着がつくであろうこの空間に突如、
ドカンッという銃声が響いた。
だか二人とも動揺しない。
「「!」」
それを合図にしたかのように、女のゾンビは突っ込むとミサキの心臓めがけてナイフでの突きを放った。
ミサキはギリギリで避けながらもナイフを握っている腕を腕を引く。そして会心の一撃を外した女の顔に標準を合わせると、斬!と突いた。
突っ込んだ勢いとミサキのつけた助走も相まってナイフは顔を貫通した。完璧なカウンターだった。
「.....さっきさ」
ミサキはナイフを顔から引き抜く。
「あなたは、絶対に殺らせないって言ったけど」
男のゾンビに近づく
「俺にもつい最近そんな存在が出来たんだ」
首を踏み砕くために足をもち上げる
「それを守るためだったらなんだってする」
力を込める
「お互い様でしょ?だから」
足をふりおろす
「怨まないでね」
あっけなくボキリという音をたて首は折れた。
ミサキは拳銃を拾い、リロードするとさっき開かなかった扉に手をかけた。
ドアノブを回し、ゆっくりと扉を開いていく。すると今度はあっけなく開いた。
「......」
ミサキの呼吸が少しだけ荒くなる。さっきの戦いのせいではなく、もしもの最悪の事態を考えた時の恐怖。
もしもゾンビになりかけだったら?
もしも手につけられないぐらいの出血をしていたら?
もしも、全力で頑張ってもたすけられなかったら?
モシモカコトオナジコトヲクリカエシテシマッテイタラ?
嫌なことばかりが頭の中で構成され、ワンシーンとして再生されていく。
「......いや、ないな。よし」
一度根拠の無い否定をし、開き直ると決心して開けた扉の左側を覗く。
そこには頭を半分失った細身のゾンビが倒れている。
(この威力.....マフユのコルトパイソン六インチ?)
扉を閉め、右側を見ると壁に寄りかかって座りこんでいるマフユがいた。
「マフユ!大丈夫!?」
すぐに近寄り、顔を確認するとその顔は苦悶に満ちている。顔色も悪く、汗もひどい。
不幸とは、続くもの
マフユは二の腕を右手で抑えている。ただ、抑えている手もくたっとしていて力が入っているようには見えない。
「怪我をしたんだね。ちょっと待って、怪我の具合を......。怪我の.....具合......」
ミサキはマフユの手をどけてその下を見て言葉がでなくなった。
不運とは、続くもの
マフユの二の腕は、大きな口一口分無くなっていた。
「.....」
中の脂肪や筋肉が露出し、出血も半端ではない、さらには骨も見えている。
ミサキの頭のなかに『助からない』という言葉が浮かぶ。
(.....いやいや、出血をまずは止める。応急処置をして、急いで国に向かって治療をする。助けるって誓っただろ?自分!)
諦めそうな頭を必死に使い、やるべきことを考えるとバックパックを取りに一度外に出た。
閲覧していただきありがとうございました