魚
「.......」
マフユは明るくなり始めた頃に起床した。
目覚ましもなにもないのに自然に起きたのは、朝からスナイパーライフルを撃つ習慣の賜物だろう。
「.......」
薄暗い中、パートナーであるミサキが寝てるであろう寝袋をチラリと見たが、人影は無く、重力により寝袋はペシャンコになっていた
。
「....私より早く起きたのかも」
漂流者は誰しも早起きだ、という話を思い出しながらベッドから降りると、真っ白なワンピースを着たまま、スナイパーライフルを布製のケースに入れて背負うと家からでていった。
マフユが毎朝通っている射撃場は湖より少し離れた位置にある。
湖を沿ってできた道をたんたんと歩き、人型をした的があればそこが射撃場である。
行く間に見られる朝日に照らされた湖はマフユにとっては見馴れた風景だった。
(....ミサキはどうしたんだろ?)
家の扉を開けてみると、スコップが刺さった土の山の前に座りこんでいる、
血と埃だらけのミサキの姿があった
「お、終わった.....」
ミサキの朝一番の一言がこれだった。
夜中から穴を掘り始め、死体まで埋めたのがついさっき、土の山をつくってそこにスコップを突き立てたのが今だった。
疲労と眠気を感じながらその場に座りこむと、朝日で輝いているスコップを見上げた。
(....なんとか、マフユが起きてくるまでに終わらせられたな)
たった一人の男のせいで両親や知り合いを奪われたマフユ(パートナー)を思い出す。
(これで少しは、マフユの精神面を助けられたかな。.....しまった。マフユが最後に誰かの顔が見たかったとしたら余計なことをしたんじゃないか....?)
そしたらどうしよう?と考えていると、後から扉の開く音が聴こえ、
「!?、どうしたのミサキ!その格好!」
真っ白なワンピースと真っ白な髪が印象的な少女が出てきた。その顔は驚きでいっぱいで眠気など吹き飛んだようだった。
(格好?....ああ、なるほど)
そりゃあ誰だって驚くよなと自分の姿を見て苦笑する。
ミサキの全身、つまり頭のてっぺんから軍用長ブーツの先まで、汚れていないところを探すのが大変なぐらい血だらけだった。
この血はゾンビのものでミサキは特に怪我はしていないのだが、ナイフを向けた相手がマフユの知り合いなのでマフユには言えたもんじゃない。
「いやーいろいろあって」
「いろいろって!?」
「大したことじゃないよ。それに俺はどこもけがしてないしね」
「なんか、釈然としない....。ところでその後ろの土の山はなに?」
「あぁ、これ?これはお墓だよ」
ミサキは尻についた埃を落としながら立ち上がった。マフユの顔を見てみると、驚いていた顔が無表情になっていた。
(あれ?怒ってる?それとも泣きそう?どちらにしろ、しまったなぁ)
怒りだすかか泣いてしまうかと割りと本気でヒヤヒヤしていたミサキだったが、マフユはにっこりと笑顔になると、
「お墓かぁ。そうだよね、どこかにほっとくわけにもいかないよね。ありがとミサキ。キャンプ場のみんなは喜んでると思うよ」
そう言って、ミサキの隣、つまり墓の前に立つと、しゃがみこんで
黙祷を始めた。
静寂が辺りを包み込む。
静かでゆっくりとした時間が流れ、やがてマフユは立ち上がると、
「スナイパーライフルの調整をしてくるね」
と、だけ言い残して行ってしまった。
(泣かなかったし怒りもしなかった。ましてや笑ってありがとう、と)
ミサキは小さくなっていく背中をみながら、
「なんで、あんなに笑顔でいられるんだろう?」
まだマフユのことを全く知らないミサキは、そう呟いた。
射撃場でさんざん弾を撃ちまくり、朝の分の携帯食糧を食べたミサキたちはマフユの部屋で旅の荷物を準備していた。
「まずは装備品」
「うん」
スナイパーライフル(DSR)とそれのマガジン(弾倉)を布製のガンホルダーから別々に取り出し、床に並べていく。
「そういえばマフユ、拳銃はどうする?」
「拳銃?うん、心当たりがあるからとってくるよ」
マフユは部屋を出ていくと、少ししてから手にリボルバー型の拳銃(自動式の拳銃と違ってマガジンではなく、シリンダーと呼ばれるレンコン型の部品に直接弾を詰める拳銃のこと)とヒップホルスターを持って帰って来た。
「よく家の中に拳銃があったね」
「父さんが拳銃好きだから。タンスを探ったら出てきたよ」
「拳銃好き?マフユのライフル好きとどっちが重症?」
イタズラっぽく笑いながらミサキはリボルバーに手を伸ばすと、
「え?あれが普通でしょ?」
マフユはバレルを握ってミサキに渡した。
バレルが良いと絶叫したり運命のスナイパーライフルだ!と叫んでるのがどこが普通なんだろう?おまけに見られてても大した反応しないし、というツッコミをなんとか抑えながら、シリンダー(弾丸をいれるところ)をずらして六つの穴を確認すると一つの穴だけに紙が丸めて入れられていた。
「.....?」
怪訝そうな顔でミサキは紙を取り出すと、シワを伸ばして中身を確認する。
メモ帳ぐらいのサイズの紙には、整った筆記体で文が書かれており、そのタイトルは『この銃に関して~愛をこめて~※マフユ閲覧禁止』だった。
「やっぱマトモじゃない!」
ハッ、とつい我慢できなかった口に手をあて、いつの間にか胡座をかいて座っている閲覧禁止者を見ると、キョトンとした顔で小首をかしげていた。
これはマフユに見せてはいけない、という予感を感じたミサキは、怪しまれていないのを確認して少し落ち着くと、ざっと文章を読んでいった。
『これを誰かが読んでる頃には、私はこの世にいないだろう。これからハンパなくエキサイティングな拳銃を所持する人の為に一応これを残しておく。
スペックとしては
コルトパイソン6インチ
長さ241mm
重さ1092g
使える弾丸は普通の弾とマグナム弾
ダブルアクション(いちいちハンマーを起こさなくてもいい銃のこと)で装填数は六発だ。
型、見た目ともに自分としては百点なのだが、このリボルバーには一つ欠点がある。
それは反動だ。男である私でさえ片手で撃てば手首を痛める。なので使用するときには両手で構えるようにすること。
あっ、だめだやっぱ書くだけでもだめだ。テンションあがりすぎてここらへん雑になったけどいいよね?いいねそれじゃあ最後に言わせて(?)もらう。
拳銃ッサイッ___』
__パタンとミサキはどこか知ってるテンションを見て、これ以上の閲覧は無駄と判断した。
そもそもなに?エキサイティングって?意味わかってる?興奮するって意味だよ?なんだよ拳銃に興奮するって、しかも後半殴り書きだし、どこまで変態なんだ!心内ではそう思ったがこれもなんとか抑えると、マフユにリボルバーを返した。
「結局それ何が書いてあったの?」
「リボルバーについての説明だよ」
父親の遺志に従って手紙は見せず、銃の説明だけをするとマフユはふんふんと頷いて、
「でも、おかしいなぁ。父さんだったらもっと変なこと書いてそうなのに」
と、一言。
「冷静になったんじゃないかな?」
ミサキは冷静な顔でそう言うとポケットに冷や汗だらけの遺書をつっこんだ。
服や下着、銃のメンテナンスの道具、タオルなどの布物、携帯食糧などをバックに詰めこんでマフユの旅支度が終わった。
そして気づけばもう昼頃、ミサキとマフユは夜の食糧確保のために湖にきていた。
「綺麗なところだね」
見渡すかぎりの湖の、少し高い岩場でミサキとマフユは折り畳みイスに座って釣糸を垂らしていた。
ただ、マフユは真っ白ワンピースからくたびれた迷彩柄の軍服に着替えて、ちょうど右腰の位置にホルスターを着けていた。
「でしょ?水も綺麗だから魚が美味しいんだ」
「旨い魚かぁ。またしばらく食べれないんだろうなー」
「外の世界では魚って珍しいの?」
「いや、珍しくはないんだけど。川の汚染が酷くて食べれたもんじゃないんだ」
「汚染?」
「うん、汚染。汚染した川は度合いによって違うんだけど、あんまり酷いと黒とか赤の色になってたりするんだ」
「......それって魚に影響は?」
「当然あるよ。例えばさマフユ、血走った眼をした魚とか皮の上からはっきり分かるぐらい血管のうき出た魚を食べる気になれる?」
ミサキは餌がとられていないかリールを巻いて糸を引き上げると餌のミミズがいなくなっていた。新しい餌をつけてある程度糸を出すと、勢いをつけて湖に放り込んだ。
その一連の動作を悩ましい顔で眺めていたマフユは真面目な顔になるとキリッとした顔で
「体に害がないなら食べてみたい」
そう宣言した。
ミサキはマフユの反応にもはや馴れたのか、さらっと「食べたらゾンビになります」と何事もなく告げると、
「えぇー」
あからさまにマフユはがっかりした。
(どちらかと言うと、ゾンビって単語が出たのに驚かない方に驚いたなぁ)
ミサキは竿先を小刻みに動かして魚を誘う仕草をすると、話題を変えるためにマフユにどんな魚を食べたいか訊いた。
「食べたい魚?食べたい魚......強いていうならニジマスかな」
「へぇ、この湖でも釣れるんだね」
「うん。滅多に釣れないけど」
「やっぱりか。まぁ、まずニジマスが釣れるか釣れないかの前にこのままだと」
「夜食がないねぇ」
ミサキとマフユはそれから黙って釣りをしたが、しばらくは釣れなかった。
閲覧していただきありがとうございました