独りの夜
マフユのスナイパーライフル頬擦り現場を見てしまったミサキは、それが終るのを待ち、収まり始めたのを見計らって部屋に戻った。頬擦り現場については、あえてミサキはツッコまなかった。
ミサキはナイフを、マフユはスナイパーライフルを点検し終えると、明日の予定を決めてさっさと寝床に入った。
(そろそろかな)
寝床に入って数分後、マフユの小さな寝息が聞こえ始めたのを見計らって立ち上がると、バックパックからペンライトを取りだし、静かに部屋からでていった。
その顔は険しく、鋭い眼光で前だけを見ていた
扉の古めかしい音を聞きながらミサキは外に出ると、明るい月に照らされながら一軒の平屋に向かい、扉の前に立つとミサキは大きく深呼吸をした。
その深呼吸はため息のようにも見えるが、ただの気分を落ち着かせるための深呼吸にも見える。
ミサキがいるこの平屋には昼前に集めておいた28人分の死体が並べて置いてある。
いくつかの部屋の中で一番多く死体が在るのがリビングで、ほぼ足場がない状態だった。
緩い風が生臭い匂いをミサキに運び、鼻にこびりつかせる
(こういう事はマフユにやらせたくないし、おまけにマフユは知り合いばかりだと思うとなおさら___)
ミサキは左腰辺りにある黒い大きなナイフを右手で引き抜く
(死体の点検、処理なんてやらせたくない)
ペンライトを点けて逆手で持つと
「今晩は(こんばん)、失礼します」
返事がするわけでもないのにそう言って扉を開けた。
人が感染して感染生物になるまで平均12時間となっている。
もし、この場にいる死体達がウイルスにかかった状態で殺されていたとしたら、もうすでに一、二体は確実にゾンビ化していることになる。
したがって、今、処理、点検をしておかないと後々面倒なことになってしまう。
(お願いだから、あんまりゾンビ化してないでくれよ?じゃないと脳を破壊して「処理」がしにくくなる)
ミサキはそう祈りながら、ゆっくりと足音を発てないようにリビングに向かうと、ミサキの期待を裏切るように一匹のゾンビが、ペンライトに照らされながら背を向けるようにして立っていた。
(.....殺らないと)
ファイティングポーズのような構えをしながら一歩一歩気付かれないように近づいていく。
4メートル、3メートル、2メートル、そして1メートル___という所でミサキの足元でなにかが動いた気がした。
ライトは動かさずに目だけでちらりと見ると___
若い男のゾンビの手がミサキの足首を掴もうとしていた。
「....っ」
寸での所で避け、しっかりとライトを照らすと、ミサキの靴の先にまでゾンビの顔が来ていた。
ミサキは右足をゆっくりと上げ、ピタリと動きを止めると、ゾンビの首を思い切り踏みつけた。
ボキリッ、と骨の折れる嫌な音がし、首が変なひしゃげかたをしたゾンビは一言も発さず絶命した。
「.....」
特に喜ぶ様子もなく、ミサキは前を向くと、
背を向けていたはずのゾンビと目があった。
(気付かれた!)
その距離は約1メートル、ゾンビはミサキの肉を食い千切るために掴みかかってきた。
(!、こんなところで噛みつかれてたまるかッ)
ミサキは伸びてきた両腕を掴み返す。力を入れて押し返すと、ミサキの方が強いのかじわりじわりと形成が変わっていく。
「アガッ、ガッ、アビャッ」
ゾンビはそれでも構わず涎を撒き散らしながら、顔だけをぐいぐい近づけてくる。
(っ!そんなに俺のが欲しいならッ)
ミサキは思いっきりゾンビの溝に蹴りをいれ、ナイフを握り直すと
(くれてやるよッ!)
項垂れているゾンビの口に突き刺した。勢いはかなり強く、刃が後頭部を貫通していた。
「.....ッ....ッ」
ゾンビはしばらく暴れていたが、動かなくなった。
ただの「死体」になった。
(....死んだかな)
ミサキは動かなくなったのを確認すると、ゾンビからナイフを引き抜いて、刃を自分の服で撫でるように血を拭った。
(他に動く個体は.....?)
他にいないかとペンライトで照らしたが、気配がない。
(.....いないな、それじゃあ)
周りを再度確認して、一人の女の死体に近づくと、耳が上を向くように傾ける。
そして、耳付近にある凹みにナイフ添えると、
「....ごめんなさい」
体重をかけて深々と刺した。刃の9割が呑み込まれていった。
これが、ミサキのいうところの「処理」だった。
一通りリビングの死体の「処理」を終え、次の部屋に向かうために扉の前に立つ。
「今晩は、失礼します」
扉をあけて部屋に入るその姿は返り血で染まり、通った所には点々と血が滴り落ちていた。
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