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死が支配したこの世界で  作者: PSICHOPATHS
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対話の三日目(2)

ゾンビを狩り終えて、車の方に集合すると丁度車内の二人が降りてきたところだった。返り血がついたガスマスクを拭うためにそれを外すと、こっちを向いた永道が一歩後ずさりした。


「ぶ、部長?顔がとんでもないことになってるよ?」


「あ?そんな顔してるか?」


「うん、久々にその顔見たよ……」


永道はクワバラクワバラと唱えながらシールドを下ろすのに手間取っているのりさんを手伝いに行った。


そうか、そんな顔してたか。


欲望に従って大暴れしていたせいか、愉悦の表情を取っていたのだろう。言われてみて初めて限界まで上がりきった口角を自覚する。

服は血まみれで、血眼にしながら深い笑みを浮かべる男。……うん、怖いな。お近づきにはなりたくない。


何度か深呼吸をして心を落ち着け、顔の筋肉を総動員して無理やり普段の表情を作った。


「落ち着いたか?」


「ああ、鷹ちゃん。悪いな、心に余裕が出来たせいかだいぶはっちゃけちまった」


「……多数を相手にするときにマウントを取るのは悪手だ。気をつけたほうがいい」


そのアドバイスに頷き、沈黙を保ったままのホームセンターを見やる。

玄関近くのガラスが何枚か割れ、その先になんらかの棚が積み上げられているのが見えた。


「山、あらぁ誰かいるよな?」


「だろうね。多分一人や二人じゃない。結構な人数がいるはずだ」


「だわな。あの棚の大きさは何人かで運ばなきゃ動かんだろ」


のりさんの言った事だけじゃない。あれだけのガラスが割れているのだ。少数じゃそのフォローが出来ない。入ってきたゾンビに物量で押しつぶされておしまいだ。


さて、誰かがいるのが確定となったところで次は中へ入る方法を考えなければならない。

さっき考えていた対人の戦略だ。ファーストコンタクトはなるべき刺激を与えないほうがいい。できる事なら、交渉の段についたところでこちらの有能さを見せて飲み込んだほうが楽だ。


だとすればやはりここは正面から堂々と入るのがいいだろう。向こうも車の音で誰かが来たのはわかっているだろう。

入り口近くに何人かが張り付いているはずだ。そいつらに話しかけよう。


入り口に向けて歩いて行き、中に向けて声をかける。


「おーい、こっちに気づいてるんだろ?外のゾンビは倒したから中に入れてくれないかー?」


なるべくゆっくりとした口調で言う。外にゾンビが残っていると思われたら面倒だからだ。この口調ならばそんな切羽詰まった状況だとは思われまい。


「ま、まってくれ!イマココのリーダーを呼びに言ってる!!」


帰って来たのは若い男の声だった。やはり、一人や二人ではないらしい。リーダーと言うからにはそれなりの人数がいるはずだ。

さらに確信を深め、対策を考える。


それだけの人数がいるのなら、食料の類は交換できないかもしれない。なら発電機やその他の物資だけでも交換したいところだ。


思考を巡らせていたところで更に中から声がかかった。


「俺がここのリーダーだ!一体何のようだ!?」


結構年の言った男の声。その力の入り具合からして土建屋あたりか。まあ、少なくとも腕っ節が強いのは感じられる。そう言う自信のある声だ。


「俺たちは外で暮らしてる人間だ!人数は五人。武器や情報と、そちらにある物資を交換したい!」


「情報だぁ?まあいい、本当にゾンビはいないんだろうなあ!?」


「声かける前にとっくに潰したよ。早く開けてくれ、こっちも時間が押してるんだ」


中から舌打ちが聞こえ、今開けるとの声も聞こえて来た。それから少しして入り口のバリケードが退けられた。


そこから姿を現したのはガタイのいい男。作業服を着て頭をタオルで巻いている。その奥にはそれなりの人数の人が見えた。

男達はこちらの装備を少したじろいだ様子だった。それでも男はこちらに数歩歩み寄ると、片手を差し出した。


「俺ぁここのリーダーやってる町方翔太ってもんだ。そっちのリーダーはお前か?」


「ああ、山本という。よろしく」


血に濡れたグローブを外し、握手を交わす。男はニカリと笑うと中に向けて指をさす。


「まあ中に入れや。ゾンビ殺したっつっても、また来るかも知んねえからな」


「ありがとう、お邪魔させてもらうよ」


お礼を言い、皆とともに中へと入る。中は物々しい有様だった。重そうな棚や武器になりそうなものが入り口近くに並べられ、いつでも戦えるように準備されている。


わずか二日でこれだけの準備が出来るあたり、町方という男は優秀なリーダーなのだろう。それを感じ、兜の緒を締める。

通されたのは居住スペースと思われる、商品の棚をどかした場所に様々なもので環境を整えた場所だった。


「まあ座れよ」


「ありがとう。それで、早速話をしていいか?」


「気のはええやつだな。んで何だったか。武器と情報を何かと交換したいって話だったか?」


町方の言葉に頷く。


「この周辺がどうなっているかや、ゾンビの楽な倒し方、習性、あとは他所からかっぱらってきた武具とかだな」


「そりゃありがたい話だがオメェ、救助とか考えてねえのか?」


「まあね。あるとしても都心部からだろうし、何よりないと考えて動いたほうが安全だ」


更に言えば、あったとしても体制を整えてからの話になる。もしかしたらゾンビが自衛隊や米軍基地内に侵入していないとも限らない。だから余裕を持って備えることが必要なのだ。

俺の言葉を聞いた瞬間、町方がニヤリと笑う。


「だとしたら食料や水を渡すわけにゃあいかねえな?」


その瞬間、町方の意図を悟り歯噛みしたい気持ちでいっぱいになる。恐らくこいつは今の応酬から食料がどれだけ必要になるのか類推したのだ。

やはり、この人物は甘くみてはいけない。


「じゃあ、その水不足をどうにかする案を出すから、多少の水をくれないか?」


「水をどうにかする案だあ?」


「ああ。今ここに通される間にしていなかったとわかったことだ。どうだ?」


チッと舌打ちをし、町方はこちらを見やる。その視線に笑みで返しつつ、欲しい水の量を告げた。2リットルの水を箱で3つ。六人なら2、3日はやっていける量だ。


「しゃあねえな。誰か水を持ってきてやってくれ」


町方が周囲に頼ると、男の一人が慌てて走っていった。


「んで、水を確保する案ってぇのはなんだ?」


「ああ。ここにはバケツや、もっと言えば風呂桶がいっぱいあるだろ?それに水を貯めるんだ。バケツはともかく、風呂桶にはかなりの水が入る。

こまめに水を足しておけば、こちらが受け取る量よりよっぽど貯水できるはずだ」


「成る程な。バケツはともかく、風呂桶は考えつかなかったぜ。で、オメェはまだまだ考えがあるんだろ?たった三日でそんな軍隊みたいな装備を手に入れられるんだ。その知恵を少し俺らに分けちゃあくれんか?」


その言葉に頷き、永道の方を見やる。永道はその視線を受け、ザックに入っていた荷物を取り出した。


出てきたのはマチェットが数本と、防弾チョッキが二着。あのミリタリーショップで手に入れたものの一部だ。


「これは交渉になってくれたお礼ってことで。ただで受け取ってくれていいよ。

知恵云々に関しては、ここを巡らせてくれたらその都度案を出すよ。それに対して報酬をくれたらいい」


ただで、と言ったあたりで姫がこちらを睨んできたが、これも作戦のうちだ。相手に売られるより先に恩を売っておいた方がいいという打算である。


「おお、悪いな。んじゃ、お前さんの言う通り、ここの中を見せるとするか」


町方は二、三人を呼びつけ、メモを取らように告げ、身振りでついて来いと示した。


こちらも鷹ちゃんと永道について来てくれるように頼み、町方の後に続く。

気になる商品の前にきては足を止め、使い道を町方と相談する。特に気になったのはドラム缶やガソリン携行缶。あとは発電機だった。


彼らはここでは使うことが出来ないが、俺たちには様々な使い方ができるものだった。発電機は立てる音が大きく、ここではゾンビを呼び寄せてしまうが、俺たちのように家の中で使うならその限りではない。

壁に防音のパネルやらを貼ればいいだけだからだ。ここでは広すぎてそれは出来ないが。


それらを正直に話し、いくつか貰い受ける。


話したのはそれだけではなく、武器になりそうなものの話しもした。


「武器は木が使われてるものより金属製のものがいいだろう。追加で言えば、防衛戦で使うなら刃物より鈍器の方が使いやすい。

シャベルやバールなんかならそう壊れることはないし、側頭部に食らわせてやれば一撃で殺せるかもしれない」


「成る程な。さっきの話ならそうだろうな」


町方にはゾンビの修正や弱点をある程度話していた。一度侵入された時に死者が出るほどの乱戦になったようで、これに関しては特に詳しく話を聞かれた。

町方はその防衛戦において指揮をとり、リーダーとしての地位を確立したのだと言う。


「あと、モップとかは使い物にならない。あいつらの力はそんなに強くないけど、それでも折れるかもしれないから」


「ああ。死んだ奴も手近にあった箒で殴りかかったら折れちまって、あいつらに取り囲まれたからな。そういうやつはもう武器置き場には置いてねえ」


「後はそうだな……。食料だけど、人が食べれるものは全部一箇所にまとめて優先的に食べるものから順に並べておくといい。好きなものを先に食べてると日持ちするものが無くなるかもしれない」


そんなことを話しつつ、店内を回る。食料もいくらか手に入れ、六人がしばらく過ごすには十分な量を手に入れることが出来た。

緊急時用にいくつかペットフードをもらうことにも成功した。


町方は正気かお前?などと聞いて来たが、栄養や味はともかく食べても問題ないし、腹も膨れると返すと何度も頷いていた。


その後は電動工具なども見させてもらった。これに永道が大喜びし、何点もの道具を見繕っていた。

これも電気が通じているうちしか使えないため、町方は豪快に譲ってくれた。普通の工具セットや釘などの物資もそれなりの量を貰うことができた。


そうしてあらかた店内を回り終え、物資と情報の交換を済ませた。町方達も直ぐに行えるものは手をつけるそうで、お互いに満足のいく交渉で終わらせることができた。

町方が大きな提案をして来たのはその時であった。


「ところで、物は相談なんだが。お前らまた明日も来る気はねえか?」

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