対話の三日目
今回はちょいグロ描写ありです。
目が覚めたのはまだ空が白み始めたばかりの頃だった。やたらと思い体を起こし、ベランダから外を覗く。
外はあいも変わらずゾンビたちがウロウロしている。
そこへ、
「起きたか……」
「……ああ、鷹ちゃん」
鷹ちゃんがコーヒーを持ってやって来た。
「お前のも入れようか?」
「いや、いいよ。もう頭は回ってる」
「……そうか」
本当は全然回ってなんていない。頭が重く、思考が鈍い。それでも、あの場で止めてくれた鷹ちゃんの前で格好をつけたかった。
もともと俺は割となんでもできる方の人間だ。運動神経は並より少しいいくらい。頭もその程度。
ただ、小学校の頃から続けて来た読書が思考のスピードと知識量を鍛えてくれた。俺にできるのは、考えることと慣れること。そう、慣れることだ。
どんな事柄でもいい点と悪い点を見つけ、いい点をよく考えることで無理やり納得し、次にそのメリットを実現するためのすべを考える。
ならこの状況はどうだ?
現状の課題は非戦闘員の少女二人を仲間に引き入れること。問題は食料の不足と、もしもの時の生存力。
ならばメリットは?姫と永道の先が上がること。そして拠点の整備や備品の管理をできる人間が増えること。それらはあの子達が入ってくるだけで達成される。
だったら悪い点を克服する方法を考えろ。
目下のところ、物資の不足が最も大きい。だったら、それを回避するために何がいる?
「……運搬力、か」
それには何が最適だ?車だ。
だが車は音が大きい。だから使うならハイブリッド車。だったら?だったらどうすればいい?
どこかから盗めばいい。幸いこの周辺は住宅街だ。見つけるのにそう苦労はしないだろう。
だが、大型車にはデメリットがある。細い路地は通れないことだ。平常時ならともかく、ゾンビのウロウロしている現在では難しい。
なら運用は?必然的に大きい道でのこととなる。
なら―――
なら―――
なら―――
…0…0…0…0…0…
皆が起きてきたときには、俺の頭は火が出るかと思うほど熱を発していた。
「ん、おはよ」
「ああ、おはよう……」
姫がボソッと挨拶をしてくる。相変わらず律義な奴だなあ。苦笑しながら挨拶を返した。
俺の表情に驚いたのか、姫がわずかに目を向いた。
「姫、俺決めたよ」
「……そ。部長が悩んで決めたなら、従うわ」
皆の注目を受けながらも、肝心の一言を告げた。
「二人を、連れて行こうと思う」
…0…0…0…0…0…
そうと決まれば早いものだ。各々が必要な準備を整え、その時に向けて情報を確認する。
肝心の大型車は朝のうちに鷹ちゃんと二人で確認をしてきた。ハイブリッドのベルファイアーがここから数分ほどのところに止まっているのを見つけ、その家に侵入してキーも確保してある。
ゆかと莉子は一先ずはここに置いていくことになる。
俺たちがホームセンターから帰ってきたときに拾っていく形になる。
「永道、本当に行けるのか?」
「大丈夫だよ。特に今日は歩き回るわけじゃないんだろう?まだまだいけるさ。それに、部長がせっかく考えてくれた作戦なんだ。成果は大きい方がいいでしょ?」
余計な気を回しやがって。うれしいんだか恥ずかしいんだかわからない気持ちで永道の頭を小突く。
次に目が合ったのは姫だった。
「いけるか?」
「当っ然!!」
それだけで十分だ。俺たちは足に力を込めて一歩を踏み出した。
ホームセンターはあのマンションからほど近い場所にある。ゾンビは処理した後に道の端に寄せておいた。これなら道も通りやすいだろう。
荷台には言っていたものはあらかじめ全て降ろしてある。五人で乗り込み、エンジンをかける。ハイブリッドらしい静かな起動音。それでもやはり閑静すぎる住宅街には響く。
おそらくゾンビたちが集まってくるだろうが、それより早く動けばいいだけのこと。運転手ののりさんは素早く車庫を出て、一路目的地へと車を走らせた。
大通りまで出ると道に何体かのゾンビがいたが、すいすいと避けて進む車に反応はしたが追っては来れなかった。走って来た者もいたが、人間の走りに負けるスピードで車に追いつけるはずもない。
しばらくするとこけてしまい、その間に見えないほどの距離ができていた。
それにしても、だ。
「やっぱり生き残りがそれなりにいそうだな。カーテンから何人か覗いてる人がいる」
「ああ、そうだね。さっき飛び跳ねて手を振ってる人がいたよ……」
永道がぐったりした風情で言う。
「分かっただろ?一々仲間に入れてたら、やってけないんだっつーの。あの二人はまあしゃあないけどよぉ、関わりのないやつまで助けるこたぁねえんだよ」
「まあ、永道はロリコンだからあの子らを助けたいのはわかるけどな」
「ちょ、部長!?もうあの子ら位になると許容範囲外だからね?我慢できないほどじゃあないけどさぁ」
冗談だ。永道がロリコンなのにもそれなりに訳がある。サークルに誘って、だいぶ親密になってから教えてくれた話だ。
永道は女性恐怖症なのだと言う。見た目はいいくせに女性とあまり関わりを持たない奴なのだが、それが原因である。特に20〜40代の女性がダメらしく、接触もなるべくしないようにしているそうだ。
姫に関しては、あいつがレズなのもあって気が合うようだが。姫もその辺りは弁えたもので、あまり永道に対して肉体的な接触はしないようにしている。
だからなのか、永道は子供や老人に優しい。女児か男児かは関係なく、子供に対しては甘々だ。たまにボランティアや子供会なんかも手伝いに行っている、文字通りの紳士である。
その反動で、二次元的には完全にロリコンなのはご愛嬌といったところか……。
「まあ、冗談はさておき、当面の間は仲間を増やさない。何があってもだ。姫、いいな?」
「分かってるわよ。昨日みたいなのは私もごめんだしね」
それは俺も同じだ。昨日は本当にどうかしていた。考えてみれば丸一日タバコも吸っていなかったし。
姫はため息をつきながら、ボソリと呟く。
「……あの子たち可愛いからなぁ」
「お前……、無理やりはダメだぞ?」
「分かってるって。それに美少女は愛でるもので手を出すものじゃないわ」
本当に大丈夫なんだろうか?少女じゃなくて女性なら食っちまう奴だ。青田買いとか、そんなつもりじゃないといいんだが。
まあ、恋愛はそれぞれだ。何も言うまい。
「おっ!お前ら、もう着くぞ。準備しとけ」
のりさんの鶴の一声で雑談はおしまいになった。俺たちはすぐさま荷物を確認し、体制を整える。
「のりさん、車は入り口近くに止めてください。周囲のゾンビは俺と姫と鷹ちゃんで潰します」
「了解だあ。盾はいるか?」
「いや、慣れた武器で行きますよ」
そう言ってマチェットを抜く。まだ取ってきたばかりなので刃がしっかりとついていないが、鈍器がわりにはなる。後は腰のサバイバルナイフで十分だ。
車は勢いよく駐車場に飛び込み、入り口付近で止まった。そこへ駐車場をうろついていたゾンビが走りこんでくるが、車から飛び出した姫の木刀がその胸を思い切り突く。
たたらを踏んだゾンビの頭を鷹ちゃんの足が薙ぎ払う。ガンと音を立ててアスファルトに転がったゾンビに俺がとどめを刺した。
「全部で7か。一人二体がノルマだな」
「おっけー!!」
「ああ」
ゾンビを弾き飛ばすならいいのだが、戦闘で車を傷つけるのはなんだ。俺たちは車からある程度距離をとってそれぞれで戦うことにした。
まあお互いにフォローできる距離でだが。
俺は一体目のゾンビをグローブで殴り飛ばし、マウントを取って頭を掴む。
「悪いな」
ぐちゃりと音を立ててアスファルトに沈むゾンビ。それを見てやはり思う。
ゾンビは弱い。その数と一撃必殺の噛みつきを抜けば、個体の戦闘力はかなり低い。だからかに気にするべきは物資と団結力。要は対人だ。
立ち上がれば、寄ってきていたゾンビを鷹ちゃんと姫がそれぞれ仕留めるところだった。ただ突っ込んできて噛み付くだけの相手に、子供の頃から武道をに親しみ完全武装した人間が負けるはずもない。
俺はさらに忍び寄ってきていたゾンビを、後ろから回って蹴り倒す。立ち上がろうとしたそいつの首を思いきりスタンプしてやった。ゴキリと首の骨が折れる感触を味わいながら、辺りを見回す。
見てみれば車の方へゾンビが向かっている。ダッシュで追いついて右手のマチェットを大きく振るう。肉こそきれなかったものの、頭を強打したゾンビはフラついていた。
すぐさまマチェットをナイフに持ち替え、ゾンビを羽交い締めにする。ナイフを首に突き立て、えぐりこむ。
どくりと大量の血が溢れ出してきた。ゾンビは痙攣し、俺は生ぬるい返り血に笑みを浮かる。そのままナイフを抜き取りそこへ右手を突っ込むと上へと思いっきり引っ張った。
首の折れる感触と肉の裂けるなんとも言えない感覚を覚える。音を立てて地面に転がったその死体は、妙齢の女性のものだった。
ーーー綺麗だ。
どくどくと溢れる血も、その肢体も。昂ぶってくる思いを胸に、俺は新たなゾンビに突っ込んで行った。