激動の2日目
今日からは、毎回書きあがった日のこの時間に投稿します。
これからもよろしくお願いします。
今日の探索であのゾンビについてわかったことが1つある。それはゾンビに傷跡がないと言うこと。
いや俺たちがつけた傷はもちろん別として、だ。
ゾンビたちは獲物に噛みつくことでその仲間を増やしている。血が溢れるところも確かに確認したのだ。その傷跡の部分では明らかに人の肌とは思えないような膜が張っていた。だとするならば、
ーーーあのゾンビたちは《寄生型》である。
寄生型のゾンビ。それらは昨今のゲームやアニメなどでよく見られる種別である。あのゾンビものの超大作でもその姿は描写されていた。
その特徴は体内に何らかの生物が巣喰い、宿無しの体を操っていることである。要するにあれは、あのゾンビたちは歩く死者などではない。
列記とした、生者である。
ああやって行動を操られている以上、恐らく脳までその魔手は伸びている。
そこまで行ってしまうのならば、噛まれて助かる道は無いのではなかろうか。噛まれた場所を瞬時にそぎ落とせば何とかなるかもしれない。
だが、この都市機能が麻痺しまともな治療が望めないこの現状では、それだけの怪我は致命傷だ。希望は抱けない。
しかし同時に2つ、状況をよくする要素がある。
ゾンビたちの体液が体内に入ったとしても、寄生体が体内に侵入することは恐らく無いであろうことだ。
そして、人間以外の生物が寄生されることもまた無いであろうこと。
傷に唾液がかかったりしたのならわからないが、少なくとも少量血液を浴びたり、唾液が肌に着いた程度では寄生されることはあるまい。
これは実験して見なければ確証が取れないため、気を緩めるには早い。だが、その可能性があると言うだけで儲けものである。
そして、他の動物への感染だがこれはほぼ間違いなく無いと見ていい。サルやゴリラならともかく、犬や猫、鳥などでは人間と対構造が違いすぎる。
脳を操作するタイプであるならなおさらだ。そこまで高度な規制をする生き物がそう容易く宿無しにすることはできないだろう。
この手の寄生体はハリガネムシなどが有名どころだが、他の生物にも寄生するとは聞いたことがない。
普通の寄生虫のごとく体内を食い散らすとか、おこぼれをもらう、体液をすするなどなら話は別だが。
一体どんな突然変異でこんな化け物が生まれたのか。それを議論することに意味はない。自然の神秘であるかもしれないし、何処かの国の生物兵器という可能性もある。
だが、俺たちは所詮大学生。そんな巨大なものに立ち向かうなど、土台無理な話である。
やはり優先すべきは、生き残ることただそれだけだ。
…0…0…0…0…0…
1時間ほどの休息の後、俺たちはミリタリーショップを後にした。
まだまだ使える武器や道具は残っている。後々またくることになるであろう。
さて、次の目的地であるが予定が大幅に変わって、一度姫の家に帰ることになっている。
というのも、想像以上の物資でこれ以上の探索は難しいと判断したためだ。
姫の家に戻る道すがら、先ほどの考察をみんなに話しておく。希望的観測は抜いて、判明している事実とそれへの対抗案だけであるが。
皆も概ね同じような違和感を覚えていたらしく自分の考察も含めて返してくれた。
一度通って掃除をした道であるため、敵の数は少ない。それでもやはり何体かはゾンビがやってきていた。
これは新しい武器の調子を見るためにも、一度戦っておいた方がいいだろうな。俺はみんなに有楽町に隠れるように指示し、自分は物陰からすぐそこのゾンビを観察する。
奴はこちらに気づきもせずに呻き声を上げて歩いていた。
やるならば今だ。そう思うと同時に一抹の恐怖も脳裏をよぎる。あれは生きている人間である。その確信を持ってしまった今、その精神的プレッシャーは凄まじいものだ。だがそれでも、俺はこのチームのリーダーであり司令塔なのだ。
誰よりも率先して動かなければならない!
物陰から飛び出し、ゾンビの首を後ろから羽交い締めにする。ゾンビは何が起きたのかわからなかったのかバタバタと腕を振り回すが、俺は一切の頓着なく右手に持ったサバイバルナイフで首筋を突き刺した。
頸動脈を切るのではなく、背骨にナイフを突き立てる。骨と骨の隙間に刃が入り込んだ手応えを感じたところでゾンビの動きが止まった。
まるでゲリラのような襲撃の仕方だが、ゾンビの叫びも漏れず攻撃も受けず、今まででベストな銭湯だった。
問題があったとすれば返り血をそれなりの量浴びたくらいか。首の切断面からは内側の肉と何かの線のようなものがのぞいている。その線はやがて空気に触れるとしおれてカピカピになってしまった。
「山本、大丈夫か?」
「……鷹ちゃん。見てくれよこれ」
鷹ちゃんにその不気味な線を見せると、彼は顔をしかめた。
「これが元凶か……」
「多分な。腹か頭に本体があるのかもな」
そこまで話したところで他のみんなもやってきた。皆にもそれを見せて意見を交わし合う。
やはり、これは寄生体の一部ではないかというところに話は落ち着いた。
「一人で行くって言ったから驚いたものだけど、この倒し方はもっと驚いたね。あれかい?部長はゲリラか何かなのかい?」
「そうか?ゾンビものの傑作ではあの倒し方鉄板なんだけどな……」
ゾンビが状況に対して瞬時に対応できないことはあらかじめ分かっていたことだ。後ろから羽交い締めにされるなんて、普通の人でも振りほどくのは難しいのにゾンビなど言うまでもない。
やはりバッドで殴り殺すのも楽だが、暗殺が最も安全だ。
「うし、皆もできそうならやって見てほしい。あ、のりさんだけはちょっと他に試してほしいことあるから待っててね」
「あん?これか?」
のりさんがシールドを掲げて首をかしげる。俺はそれに頷き、壁役の練習をしようと告げた。
「壁役だあ?俺に出来るか?」
「割と簡単に出来ると思うよ。ゾンビはただ突っ込んでくるだけだから、盾で壁まで押しやってその手斧で頭を割ればいい」
「あー、それなら出来るかもなぁ。最初だけ鷹に手伝ってもらうっかな」
それがいいだろう。最初は先ほどのような戦闘でなければ複数人で挑んだ方がいい。
それにしても、やはり感覚が麻痺しているのだろうか。出て行くときには緊張していたが、実際にやり終えてみればこんなものかと思ってしまっている自分がいる。
俺のような人間でも、人殺しにはもっとこう何かがあるものだと思っていた。
俺は元来、嗜虐嗜好者である。それもかなりの。
拷問や、人の心根を歪めて行くのが大好きな人間だ。仲間や家族にはそう言った気持ちを持つことは無いが、他人や恋愛対象、少しでもウザいと思ったやつ。そう言う人間に対してはひどく暗い心を持ってしまう。
だからこういう事態になった時、俺はもっと愉悦を抱くものだと思っていた。もしかしたら、もはや俺はあれらを人間とは認めていないのかもしれないな……。
自分に対する考察を進めつつ、先を急ぐ。すでに日は傾き始めている。日没まであと3時間くらいか。それだけあれば十分だと思うが、マージンを取るのにやりすぎは無い。
永道と鷹ちゃんも俺とも同じようにゾンビを仕留めた。のりさんも盾をうまく使って危なげなくゾンビの頭をかち割った。
驚いたのは姫である。その倒し方には度肝を抜かれた。
それはゾンビに先に気付かれて襲撃を受けた時だった。姫はゾンビの突撃を半歩左前に進み出て回避し、その口に向けてマチェットを突き込むと、そのまま壁に貼り付けにしてしまったのだ。
ゾンビの頬は左右とも無残に引き裂かれ、ガクガクと足を震わせている。次の瞬間、のりさんも使っていた軍用の手斧が彼女の手で振るわれる。
昨日今日で何度も聞いた湿った音と、何かが砕けた音が響いてゾンビの体から力が抜けた。
地面に倒れ幾度も痙攣するゾンビを尻目に、姫は大きくため息をついた。
「これじゃダメね、直ぐに刃が悪くなるわ」
長く使うつもりなんでしょ?と姫が聞いてくるが、俺はその様子に気負ったところはなく、俺は唖然とその様子を見つめた。
姫には昨日も助けられたが、やはりこいつはすごい。この状況で、ここまで適応できるのは素直に尊敬してしまう。
……絶対に逆らわないようにしよう。
そこからの道のりは順調そのものだった。武具の新調も済んで、俺たちの戦闘力は跳ね上がっている。
何度もゾンビを片付けてきたため、どうやったら奴等が死ぬのかも大体わかってきた。
あいつらの弱点はオーソドックスに頭。時点で首。どちらも神経が多く、体の操作に必要な部位だからだ。また、首にある寄生体のラインを切っても死ぬことがわかった。
再生しようとしたのか白い菌糸のようなものが傷口から出てきたのが見えたが、空気に触れたのがダメだったのか全て枯れてしまった。
ついでに言えば、激痛を与えることも有用だ。反射行動までは制御できていないのか、ダメージを与えるとほんの僅かに体がすくむ。
一瞬の隙ではあるが、武器を叩き込むには十分すぎる。とはいえそのダメージもかなりの痛みを伴う場所でなければ意味がないようだが。股間なり胸なり、神経が多い部位が有効だ。
「少し時間をかけて観察した甲斐があったな。菌糸がどこを通っているかわかったのも大きい」
「五体倒したけど全部同じだったものね」
「頸椎の右側数センチか。後ろからなら倒しやすくていいね」
永道が言った通り、やはり襲撃は背後からがベストだな。斧でその首を切りつければ大体一撃で沈む。
誰かがシールドを持ってゾンビをおびき寄せ、本命のもう一人が首に一撃を入れる。これが今のところ必勝の戦法だ。
程なくして姫の家の前までやってきた俺たちは、探索に必要な武器とザック、水筒以外の全ての荷物を置いて次の目的地へと向かうことにした。