麗夜の十三日目
すみません、遅くなりました!
就活って、対策講座入れると忙しいもんなんですねー。
いよいよ、か。
打ち合わせを終え、しっかりと睡眠をとった俺の体調は絶好調だ。気分の高揚の相まって、パンデミック以来のベストコンディションである。
装備の準備も数回にわたってチェック済み。あとはもう、出発するだけだ。
一階に降りれば大谷さんも既に装備を着込み、その背にはザックがあった。
「よし、準備はいいな山本?」
「ええ、大丈夫です」
時間は皆が起きてくるにはまだ少し早い。リビングにいたのは朝食を作っている姫とそれを手伝っているゆか。そしてどうやら見送るために早く起きてくれたらしい鷹ちゃんだけだった。
「おはよう、山本」
「ああ、おはよう鷹ちゃん」
「本当に行くんだな……」
「まあ、そうだな。前々から言ってただろ?」
「……そう、だな。こっちは任せるといい。何があっても守りきる」
鷹ちゃんの力強い言葉にほんの少しの違和感を覚えはしたが、俺がそれに触れることは結局なかった。
その後、姫とゆかが用意してくれた朝食を食べ、三人に見送られながら家を出た。何故だろうか?普段はしっかり会話を覚えているのに、今はほとんどうろ覚えだ。
ホームセンターでの戦いから昨日今日と、思考が遠くなっているような感覚を覚える。気分や体調が悪いわけではない。何と言えばいいのか、多幸感?開放感?
ーーーだとしたらそれは何に対して?
その思考を首を振って追い払う。そこから先を考えたら、もうここにはいられなくなってしまう。だから、今はまだダメだ。考えるべき時じゃない。
躊躇いなく開いたドアから外が覗く。もうすぐ冬だと分かる、澄んだ空気と空。そこに漂う血と腐肉の臭いが、どうにも鼻についた。
「どうした山本?」
「いや、行こうか大谷さん」
…0…0…0…0…0…
移動は当初予定していた通り、バイクによるものだ。道程にはゾンビも勿論見かけはしたものの、バイクのスピードに追いつけるはずもない。バイクを手に入れるときに想定した通り、小回りの効くバイクは細い道も簡単に通ることができ有用だった。
自転車も考えないでもなかったが、やはり疲労のことも考えてこちらでよかったと思える。
前を行く大谷さんが右手を上げた。右折の合図である。事前の話し合いでは、この右左折の時が最も危険であると意見が合致している。
次の道に出た瞬間に横合いから出てきたゾンビと衝突する可能性があるからだ。車の時はそのまま跳ねて進めばいいだけだったのだが、身体が外に出ているバイクでは勝手が違う。なるべく減速した上で、武器を抜いて曲がる。
そのためマチェットは抜きやすい腰に、長柄の武器として登山用ピッケルを肩に取り付けてある。この場合は長柄の方がいいと判断して肩のピッケルを抜く。
バイクのスピードを落とし、前傾姿勢で道の左右を確認。何もいないのを確認したらスピードを上げて一気に曲がり切った。
とりあえず、この操作にも慣れてきたな。武器を抜く時に少し不安があるが、それも慣れの問題だろう。そのうち何とかなる。
それよりもまずバイクを降りた後の室内戦を想定しておいたほうがいいか。俺が今まで戦ってきたのは主に屋外。室内でまともに戦ったのなんて、それこそバイクを取りに行ったときくらいだ。得物の取り回しや、立ち回り方も変わってくるだろう。今のうちから考えているようでは遅いが、少なくとも確認はしておいたほうがいい。
そんな思考を巡らせているうちに、大谷さんの家が視界に入った。
俺達はバイクを止めると、家の周囲を一周して安全を確認。玄関から中へと入った。
中は最後に見た時と同様、静かであった。あれからまだ何日も経っていない。長く感じるもんだな。やっぱり、これまでのただ生きていた頃とは”生の密度”ってものが違う。
さて、それはともかくとして今日の目的地はまだ別にあるのだ。ここでの行動はさっさと済ませなければならない。
大谷さんの方に視線を向けると、大谷さんは一つ頷いて家の奥へと進んで行った。見物がてらに見回しながら後に続く。階段を上って二階へ。さらにその一番奥の部屋にそこはあった。
そこは少々物々しく、恐らくは仕事で使うものや装備などが揃えてあるのだろう。パッと見ただけでは使い方のわからないものも多い。大谷さんは懐から鍵束を取り出すと、部屋の隅にある大きめの金庫に差し込んだ。ダイヤルを操作し、開く。
そこには案の定、一つの猟銃と弾丸のケースがいくつも入っていた。
「ほれ、持ってみな」
「は、はい……」
思っていたより軽い。もっと重いのかと思っていた。
それにしても、これが銃か。徹頭徹尾、遠距離から殺すための武器。戦闘効率化の極み。厨二っぽい言葉ではあるが、実際に持ってみるとそれ以上の感慨を感じるものだな。
恐怖とも歓喜ともつかない感覚。これはやはり銃そのものが、現代社会において最も明確な凶器だからなのだろう。ナイフで殺された、と聞くより拳銃で殺されたと聞く方が印象は大きい。
元々そのインパクトを使うために取りに来たのだ。自分でも体感できてよかった。確かにこれを突きつけられたらそう動こうなどという気にはなれない。現代日本で銃がありふれているはずもなし。やはり一つ持っているだけで便利な物だな。
「よし、こんなもんか。とりあえず、ちっと早えが飯にするか?」
「あ、はい。食料は全部持って出たんですよね?どこから取って来ます?」
「あー、そこらの家に侵入すれば良いだろ」
おい自衛隊員。などと内心で突っ込みつつも、その判断には賛成だ。下手に遠出したり音楽が流れていたりする店に入るよりは、そこらの民家から食料をかっぱらう方が断然安全だ。
もし人がいたなら何も取らずに去ればいい。襲われたなら殺さないように反撃する。それだけのことだ。
よし、行くか。
…0…0…0…0…0…
俺達は家を出て歩いて十数分のマンションまで来た。ここらは割合ゾンビが多く、処理が面倒ではあったがそれはその分生存者の少なさを物語っている。今の目的には好都合だろう。
なぜマンションかと問われれば、玄関が硬くさらに大帝のベランダには柵がある。入って仕舞えば安全なのだ。敵がいたとしても、ベランダで準備を整えてから入れるというのも大きい。
今日の場合、ドアをこじ開けられる装備はない。かと言って窓を割ったら音が出て危険だ。
というわけで持って来たのはガムテープである。これをベランダの窓に貼り、そこへピッケルをフルスイング。ピッケルの背は見事に窓を割り砕いた。
それなりに音がしたが、それでも普通に割った時ほどの音は立たなかった。
武器を構えて侵入し、中を見渡す。大谷さんの家の時と違い、部屋に光が差し込んでいて明るい。見たところでは人の気配もなく、床に少し埃が積もっているあたりここの家主はもうダメだろう。
少なくとも、俺たちがここを荒らすから死ぬ気で帰っても消沈するだけだろうな。
「さー、なんか食えるもん探すか!」
「そうですね、なんか冷凍食品とかあるかな……」
思わず浮かんだ暗い笑みを消して、普通の笑みを浮かべ直す。
ここから後半が、単独行動のしっかりした訓練にする予定だ。そのためのエネルギーを補給しなくちゃな!




