2日目の始まり
中は静かなものだった。
カチ、カチ
室内に時計の音が響いている。誰も何も喋らない、それどころではないほど憔悴していた。最も疲れているのはやはり鷹ちゃんで、姫の部屋に着くなり カーペットの上で横になって眠ってしまっていた。
「疲れたわね……」
沈黙を破ったのは姫だった。
「ご飯にしましょう。食べなきゃ疲れも取れないわ」
や
そういって彼女は一人キッチンへと向かった。料理のできる永道もそれに続く。
のりさんはぼーっと上を眺め、そして俺はこの先のことを考えていた。
とりあえずは明日までの予定は立っているものの、先のことは一切決まっていないに等しい。武器が手に入ったとして、その先は?
どうやって食糧を手に入れる?
武器の手入れは?
電気はいつまで続く?水道は?
このまま五人だけでやっていけるのか?
よく創作物では自衛隊が安全地帯を構築しているが、
この状況でそんなことができるのか?
それに、決定的なこと。仲間が感染した時にどうするのか、だ。
殺すのか、放置して逃げるのか。このパーティーの主戦力は言うまでもなく鷹ちゃんと姫。二人が倒れたら俺たちはそのうち野垂れ死ぬしかない。
思考が堂々巡りを続け、まともな案が出なくなった頃。姫と永道が料理を持って来た。大皿にこれでもかと料理を並べ、ドンッと真ん中に酒を置いた。
「冷蔵庫にある生鮮食品全部使ってやったわ。酒もあるだけ飲みましょ?こんな時だからこそ、美味しいもの食べて元気をつけなきゃやってられないわ!」
姫はそうまくしたてると鷹ちゃんを叩き起こす。
「ん、飯か……」
「おー、美味そうだなぁ。酒を出すたぁ姫もにくい心遣いじゃねえか」
ふん、と姫は鼻を鳴らし、テーブルについた。
「ほら部長、惚けてないでさっさと食べましょ?」
「……お前いい女だな。惚れちまいそうだよ」
「あら、嬉しい言葉だけど私は女の子専門なの」
知ってるでしょ?と姫は言って料理に手をつけた。違いない、と俺も皆も笑って料理を食べ始めた。部屋が暗くなっても電気を使うことなく、アロマキャンドルを幾つも並べて。
大きな声で騒ぐことも出来ずにただ飯と酒を食らって歓談するだけの些細な宴だったが、それでも今までで一番楽しいパーティーだった。酒が入っていたこともあり、皆倒れるようにして眠ってしまった。
…0…0…0…0…0…
翌朝、と言っても昼近くであったが、皆が起き出してきた。
「よう、山。目ぇ覚めたか?」
「ん、おはようのりさん」
「今日の予定は昨日通りでいいんか?確かミリタリーショップに行くんだろぉ?」
のりさんに頷くと、付け加えて話す。
「あと行こうと思ってるのが、服屋とあとはスポーツ用品店ですかね。食品は明日に後回しかな」
「服屋にスポーツ用品店?飯より優先するべきなのか?」
「防具ですよ。俺は革のジャケットだけどみんなはそうじゃないでしょ?革なら噛みきれないし、替えも欲しい。スポーツ用品店はプロテクターがあるかなと。上半身はともかく、下半身はジーンズだけだと不安が残るでしょ?」
サッカー用の物などがいいかと思っている。ここで手に入るものには一つ武器の心当たりもある。優先していく意味は十分あるだろう。
今の装備では貧弱に過ぎる。刃物や防具がないというのはこの状況では不安が残る。
「おー、部長起きてたんですねえ。おはようございます」
「……おはよう」
永道と鷹ちゃんに挨拶を返し、そのまま姫を揺り起こした。
なかなか目が覚めなかったが、少しすると目を開いた。こちらを見て数秒混乱していたようだが、今の状況を思い出したのかようやく起き上がった。
「おはよ」
「おう、おはよう」
のそのそとした動きで洗面所へと向かっていく。水の音からしてまだ水道は通っているらしい。
ライフラインってどれくらいで止まってしまうんだろうか。いつ止まってもいいように備蓄をしなくてはいけない。タンクとかを手に入れるためにはホームセンターにもいった方がいいか。だがいつまでここにとどまるのかという問題もある。
「考えることが山盛りだな」
「ま、俺らのなかではお前が一番こういうことに詳しいからな」
「モノづくり系の小説とか、サバイバル系の小説読んでるうちに自分でも考えたり調べたりしてるからなあ。いつの間にかですよ」
「その知識が今役立ってるんだから儲けもんじゃねえか。俺達も本当に助かってるからよお、感謝してるぜ?」
気恥ずかしいが、一先ず頷いておく。でも、それって裏返せば俺が責任を持って物事に対処していかなければならないということ。どっちにしろ失敗したら死ぬ状況で責任もくそもないが、マージンを持った行動を心がけるべきだよな。
朝ご飯は昨日の残りで済ませ、各々準備を済ませていく。
男勢は着替えがないため、荷物を背負うだけだ。姫に関しては昨日より厚手の上着に、下半身はジーンズ、手袋もしっかり嵌めている。しかし、少しきになるところがあったため口を出しておく。
「姫、髪の毛はまとめてヘルメットの中に入れといたほうがいい。掴まれたりしたら大惨事だ」
「了解。あとで切ろうかしら?」
「の方がいいかもな。帰って来たらのりさんに切ってもらえよ」
「ん、そうするわ」
うし、全員準備は万端。あとは出るだけだ。
玄関に立ち、皆に囁くように確認する。
「よし、今日は姫の先導でミリタリーショップへ向かう。昨日のフォーメーションで、鷹ちゃんと姫が入れ替わる形だ。昨日から1日経って、多少はゾンビどももばらけてるだろうから、今日はなるべく戦わずにいく。
作戦目標は三つ。
一つ、装備のアップグレード。
二つ、周辺の状況の確認。
三つ、今後の基本行動の習熟だ」
そう、ここまでは最初から決めていた。しかし大事なのはこれからだ。
「そして次は注意事項。絶対に、人を信用しないこと。生きている人間を見ても、手を差し伸べたらダメだ。
その人が実際に信じられるかどうかが問題じゃない。物資がまず足りないんだ。俺らだけなら、結構動けるけど下手に女や子供を仲間に入れるのは採算に合わない」
「ちょ、それは幼女でもかい!?」
「可愛い女の子でもっ!?」
永道と姫が食ってかかって来るが、手で押しとどめる。
「しっ!声がでかい。
そうだ。たとえ可愛い女の子でも、幼女でも、物資も武器もない状態で抱えるには無理があり過ぎる。特に子連れの女なんて最悪だ。子供を守るために嘘をついたらされたらどうしようもない」
それよりもっと最悪なのは盗賊まがいの人間だ。まだこの状況でそんな奴らが生まれているかは微妙なとこだが、しばらくしたら絶対に出て来る。
俺たちには銃なんか手に入れる方法がない。手に入れたとしても、上手く扱うすべも無ければ、効果も薄い。
もし、そんな奴らが銃持って現れたとして、そいつらがバカだった時は悪夢だ。
物資を奪われ、ゾンビを呼び寄せられたら命に関わる。
「だから、老若男女のどれも信用するな。もし仲間を増やすとしたら、最大五人。それももっと事態が進行して、それでも生き残る力を持った奴らだけだ。いいな?」
長期的に考えれば、やはりこの人数では不安が残る。出来れば倍の人数にして、探索のローテを組めるようにしたい。
姫のことにしたって、いくら仲間内とはいえ女一人は辛いだろう。性癖のこともそうだが、日々の生活で俺らは気遣ってやれない。だから早く態勢を整えなければいけないのだ。
そう説明すれば、のりさんは深く頷いてくれた。
「まあ、そうならぁな。この状況でしらねぇやつ混ぜるとかゾッとしねぇぜ」
「のりさん、ありがとう。皆にも悪いが従ってもらう。これは間違いなく生き残るのに必要なことだ」
鷹ちゃんは黙って頷き、他の二人も渋々であったが最後には了承してくれた。
そして俺たちはようやく2日目の探索に繰り出したのであった。
…0…0…0…0…0…
外に出てみるとどうにも人の数が少ない。いや、ゾンビのと言うべきか。
ゾンビもののお約束として、生前の習慣に従うと言う物がある。もしこのパニックでもそうであると仮定するならば、ショッピングモールや学校の近くは危険かもしれない。
そう言ったことを話しつつ、探索を進めていく。いつもより遥かに静かな街並みの中で、何体かのゾンビがうろついている。
そのどれもがおばさんだった。これも俺の推測に根拠をくれている。この辺りの安全確保の目的も含めて、一体だけの時は素早く仕留めては先に進むのを繰り返す。
ミリタリーショップへは割と早くたどり着くことができた。無音の店内に向けてあらかじめ拾っておいた石ころを投げ込む。
金属に当たったのかカーンと高い音が響いたが、中の動きは何もなかった。逆に一本横の道にいたゾンビが走りこんできたが、姫が素早く木刀で打ち倒しそこを鷹ちゃんがバットで仕留めた。
その後、ひとまずの安全を確認できたため、店内へと侵入した。内側から鍵をしっかりとしめる。
店内は電気が落とされ、薄暗い。だが、そこは宝の山であった。
「おお、やばいな。マジで宝の山だ……」
このミリタリーショップはサバゲー用の道具が置いてあるようなショップではなく店主が趣味でやっている、米軍放出品が並べられた本格的な店だった。
ここには一度俺とのりさん、姫で来たことがあったが、この状況ではあの時以上の感動を覚える。
「すげえな……、やっぱここ来て正解だった」
サバイバル用のジャケットに、軍用ヘルメット、ガスマスク、防弾ベストにマチェット、ザックに水筒、折りたたみ式の超軽量テント。
どれも、すぐに使えてなおかつ便利にすぎるものばかり。
取り敢えず、みんな服を変えていく。ジャケットを着込み、ポケットの多いベストを見にまとう。
ズボンもジーンズより生地の強いものがあったため、各々それに履き替えた。
「刃物はなるべく持って帰ろう。マチェットは一人一つ腰に下げて、残りは永道のカバンの中へ。水筒やテントも持って帰る」
「あいさー。あと部長、これなんかも使えるんじゃないかい?」
永道が掲げてみせたのは警察や自衛隊が使うようなライオットシールド。これはのりさんに持ってもらうことになった。
水筒は予備のキャップも含めて全部で8つ。十徳ナイフやその他使えそうなものを片端からザックに詰めていく。
取り敢えず、目標は達成された。次の目的地まで少々の休憩を挟むとするか。