決戦の十一日目(4)
ホームセンターの中へ入ると、女性陣が駆け寄って来る。負傷者がいるかとか、人数の確認とか。堰を切ったようにまくし立てて来るが、俺たちは笑いながらそれに答えていく。
「山本!」
「おお姫、作戦は大成功だ!負傷者も死傷者もゼロ!」
「やったわね。倉庫の中に連れてかないって言われた時はどうしてやろうかって思ったけれど、無事ならまあいいわ」
「……」
危ねぇ。知らずのうちに地雷を踏んでいたらしい。この前怪我したばかりなのにこれだから、怒られるのも分かるのだが。気づかないうちにそれを踏むのはごめんだ。
俺たちは装備を全部脱いで祝勝会へと移っていく。
食事はご馳走と言うには遠いが、それでも勝利の美酒は最高のものだった。
この戦いの勝利は俺にとって意味深いものだ。
先日の怪我を含めここ最近の焦りを乗り越えた象徴であり、次の行動へのステップとなる。やるべきことは多くあり、そしてその幅を広げる作戦だった。今回の成果はそのままこれからの生存率に直結する。
数多くのインスタント食品。木材やロープ、安全服などの必需品。下着なんかも手に入った。家電もあることを考えればそれ以上の戦果だ。
だけど今なそんなことどうでもいい。今はただ、この美酒に酔いしれていたかった。
普段はそこまで飲まないビールもうまくてしかたない。
昼から酒を飲むなんて駄目な大人なイメージがあるものの、なるほど確かに最高だ。
宴もたけなわとなった頃、中学生組がこちらへと走ってきた。
「よお二人とも、飲んでるか?」
「私達中学生ですよ?」
「ゆか、山本さん酔ってるよ。珍しいね」
「ね?家でも酔ってるとこ見たこと無いのに……」
じーっとこちらを見てくる二人の頭を撫でる。
「そっかぁ、あそこを家って言ってくれるかあ」
二人を両腕で抱えながらその場をくるくると回る。
「ちょ、ちょっと、山本さん!?」
「あははははっ!!」
「ウヒャヒャヒャヒャ!!」
やばい、ハイテンションが治らねえ。こんなに酔ったのは初めてだな。などと思考のどっかでそう浮かんでくる。
普段いろんなことを考えてる分、酔っても思考を絞れば普段通りに動けるのに。後先考えずに飲んでるからかなぁ?
「ちょ、アンタ何やってんの!?」
「お、みきー!やったなー!飲んでるかー?」
「うわ酒臭!アンタ飲み過ぎよ?」
「んだよまだ缶10本くらいしか開けてねえだろ?」
「全部大缶じゃないの!ほら、二人が困ってるでしょ?」
美貴は慌てて回ってた俺を椅子に座らせ、自分もその横に座る。
「じゃあ美貴が付き合ってくれんのか?」
「ったく。二人とも、ここは私に任せて先に行きなさい?酔っ払いには近づかないようにね?」
「は、はい……」
「はーい!」
あら、二人がどっか行っちまうな。ま、いいか。美貴が来たし。
手が勝手にビールの缶を掴む。
「聞いてくれよ美貴。あいつらがあの家のこと家って行ってくれたんだぜ?」
「は?当たり前じゃないの?」
「だってよお、いきなり連れてってさあ。環境も違うのに、家って言ってくれたんだぞ?」
「ああ、そういうこと。確かに嬉しいわね」
ああ。本当に報われる。連れて来てよかったと思う。
あの子達が笑ってくれていたら、それだけで頑張れる。
「あそこで俺に文句言ってくれてありがとうな」
「もう、終わった話じゃないの」
「くーっ!お前は本当にいい女だなぁ」
少し照れ臭そうにする美貴の頭を思いっきり撫で回す。鬱陶しそうにしながらも受け入れてくれてるのは、彼女も酔っているからだろうか?
手に持つビールをぐいっと煽る。喉越しを感じて最高だ!
「本当に酔いすぎじゃない?大丈夫?」
「ああ?大丈夫だよこんくらい」
「酔っ払いのテンプレじゃないの。いい加減にしなさいな」
そう言って美貴は俺のビールをひったくった。それを勢いよく煽って空にすると机に置いた。
「あんたはもう寝ちゃいなさい。酒を入れると眠くなる方なんでしょ?」
「あー、そうするかなぁ」
確かにさっきからやたらと眠い。美貴もこう言ってくれてるし、身をまかせるか。
目を閉じて数秒もすれば幕が落ちるように意識が暗くなっていく。懐かしい高校時代。よく姫と試合をした。負けてばかりだったけれど。楽しい時間だった。
今は……。
…0…0…0…0…0…
ふと目が冷めればもう見慣れた車の中。痛む頭を抑えて周りを見ればみんな眠っていた。運転席を見れば鷹ちゃんが座っていた。
「……鷹ちゃん?」
「ああ、起きたか山本」
鷹ちゃんはミラーでこちらを見ると、すぐに運転に戻った。
「ごめんな、ハンドルキーパーいつもさせちゃって」
「……気にしなくていい。あまり、騒ぐ方でもないからな」
そう言えば、と鷹ちゃんは続ける。
「さっきは何をやったんだ?姫がやたらと酒を飲んでたぞ?あれだけ飲むところは見たことがない」
「ん?なんかやったっけかな。祝勝会の記憶はあるけどそんな風になるようなことした記憶はないぞ」
「そうか、まあいい。はしゃぎ疲れて寝てるみたいだし、そっとして置いてやれ」
「了解」
そっと横に視線を這わせば、姫が扉にもたれてぐっすりと眠っていた。その寝顔がどうにも可愛く思えて頭を撫でる。
「早く付き合ったらどうだ?」
「いや、まだ駄目だ。何があっても守ってやれるだけにならないと」
そうじゃないといけない。アニメみたいな固定観念とか、そんな甘い話じゃない。もっと自己保身のコールタールのように黒くドロドロとした話だ。
きっと、今告白したとしても姫は受け入れてくれるだろう。別に自意識過剰とかじゃなく、それだけの自信はあるという話だ。その自信にしろ今の状況を鑑みた上での薄暗い打算だが。
それでも、俺は今告白をしたくない。もし何かあったらどうする?姫と恋人になってから姫が死んだら?
きっと俺は耐えられない。復讐に染まるとか、そんな話じゃなくて単純にリスク計算を度外視するようになるだろう。そうでなくとも、いつしか姫が思い出になっていくのに耐えられない。
おれが死ぬのならそれはどうでもいいことだ。生きてもっと遊びたいし、読み終えてない小説もたくさんある。死にたくはないが、死んだらそれまでだ。
それ以降のことはどうでもいい。だが、俺が生きて姫が死ぬような状況は耐えられない。だから今恋人になるのはごめんだ。
死ぬのなら、掛け替えのないものになる前にしてほしい。手放せないような、大事なものになる前なら、思い出にできる。
こんなドス黒い想いを姫に向けていると考えると反吐が出る。だが、その反吐を飲み込んででも俺はそうする。俺がダメージを受けたくないから。
どうしようもない、俺の本音だった。
「なあ、鷹ちゃん。俺やっぱ最低の人間だわ」
「ああ、知ってる。それでも信頼してる」
まったく、よく分からないやつだな。こんな糞みたいな人間に向かって信頼なんて言葉を吐くなんて。泣けてきちまうじゃないか。
「お前は根がいい奴だ。どんな場所でも慣れることができるすごい奴だ。人を傷つけるのが好きなくせに、人を喜ばせるのも好きな奴だ。色々あって性格がひん曲がってるが、その前も俺は知ってる」
「わっかんねえなぁ」
本当に。
親よりも一緒にいた時間が長いのに。俺の性格なんて知り尽くしてるだろうに。本当によく分からない奴だ。




