決戦の十一日目(3)
今回の戦いに当たって、俺は一つ決めていたことがある。
ーーー人の体を壊すことに愉悦を覚えないこと。
三日目のあの日、俺はそうやって興奮して失敗した。義務感と焦燥感に支配されていたとは言え、痛恨の失敗だった。
だから今日という日は、ゾンビの掃討をただの作業として認識し、事実そうなるように自分に暗示をかけていた。
昔から俺は考え始めれば止まらないタチだ。そのうち思考がズレてくるのはいつもの事で、深く深く思考の渦に落ちていく。
そのうちに俺は自己暗示じみたことができるようになっていた。小説を長く書いてきたのもそれに影響しているかもしれない。
例えば、苦手な人間を好きであると自分に暗示をかければ、本当に仲の良い人間に対するように扱うことができる。
例えば、口から出た嘘を瞬時にバックストーリーまで作って本当にあったことのように思い出せる。そうしてついた嘘は、他人にバレたことがない。本質的に俺は他人にも自分にも嘘付きな人間なのだ。
だから、今日自分に言い聞かせたことはしっかりと俺の中に根付いていた。ゾンビを憎い敵として、淡々と処理できている。あの混戦の中で臆することなく戦えたのはそれが理由だ。
事前にしっかりと結論を出していなかったら、ああも機械的に動けてはいなかっただろう。
だから、この後の突入も問題ないはずだ。頼りになる人がいる。人数も、戦いやすい人数で揃えられたはずだ。仲の広さもちゃんと調べて、間取りなんかも確かめた。
だから、俺はここで失敗することはない。当初の予定通り誰も欠けることなく終わる。絶対にだ。
「よし……」
その考えをしっかり刻み付けて、俺は顔を上げた。目の前には大きな倉庫。中はゾンビの巣食っている危険な場所。
俺が突入班の皆を見回すと、皆もこちらに頷きを返してくる。
「山本、まずは俺から入るわ。良いか?」
「助かります」
大谷さんは扉の横に張り付くと、こちらに目配せする。そしてハンドサインで3カウントを取ると素早く中に入っていった。
俺たちも、一拍おいて中へと侵入する。
中に入ってすぐに視界に飛び込んできたのは大谷さんが素早く一体目を始末したところだった。多分何かの武術だろうが素早く地面に引き倒されたゾンビをナイフで仕留め、襲いかかってきた二体目を足払いでなぎ倒す。そいつもあっという間にトドメを刺し、次のゾンビへと向かっていく。
やはりプロだけあって凄まじい戦闘力だ。ゾンビに囲まれてもあっさりと突破しているあたり、その技量が垣間見える。先ほどの戦闘でもそうだが、キルスコアが他の人とは大違いだ。
俺も負けていられないとばかりに目の前に迫ったゾンビの懐に潜り込み、胴体にナイフを突き立てる。
狙いは胃の中にある寄生生物の本体。この方法でも倒せるかどうかも、俺の中で確かめておく項目の一つだった。
結果は呻いて何歩か下がったものの、倒れはしなかった。胃に刺さらなかったのか、刺さったとしても効かないのか。それは分からなかったが、ゾンビが狼狽えているうちにその命を刈り取った。
「散開して各個撃破!多数を相手取る場合はより注意して当たってください!」
そう叫んで俺自身も走り出す。後ろからついてくるのは鷹ちゃん。俺の前には大谷さんがいる。
俺たちは他の人達のフォローをしながら遊撃を担当している。視界に入っているゾンビの数はそれなりに多い。もしかしたら外に出てきたものよりも多いかもしれない。
よく見てみれば階段を転がり落ちてきている個体もいる。やはり二階にもゾンビはいるらしい。それらを起き上がる前に倒しながら、一体一体確かに潰していった。
ホームセンター側の人達は広い場所での戦闘にあまり慣れていないようだが、それでも戦闘経験自体はある。磐石とは言えないまでも確かに敵の数を減らしている。
ーーーっ!
「うおおおおっ!!」
大きく叫んでゾンビの意識をこちらに向けさせる。尻餅をついた人に覆いかぶさっていた一体はこちらに反応し、一瞬の隙ができた。その身体を町方の蹴りが吹き飛ばす。
筋肉質な身体に見合った威力を持ったそれは、ゾンビの首をありえない方向に捻じ曲げ、倒れていた人はなんとか立ち上がることができた。
問題はこちらだ。大声で叫んだせいで、何体かのゾンビがこちらに向けて走ってきていた。
先頭を走る小柄な女性のゾンビは、元は可愛かったであろうその顔と化粧をぐちゃぐちゃにしながら大口を開けている。出来るならば、その醜悪な表情を浮かべさせるのは俺でありたかった。
右手のマチェットが、ゾンビの首にめり込む。トドメを刺すことなく放置し、次に走りこんできたゾンビに拳をプレゼント。
次いで前に出た大谷さんがどこかから持ち出してきたらしいバールのようなもので的確にテンプルを撃ち抜いた、うまく威力を乗せられたその一撃でゾンビは地面に倒れ伏した。音が生々しいな、などと愚にもつかないことを考えながら最後の一体の相手をする。
面倒なことに服を掴まれたが、身体を反転させて肘を打ち込む事で対処した。外れた手をマチェットで払った後に後ろに回ってゾンビの首を羽交い締めにする。例によってバタバタとゾンビが暴れるが、無視。
「鷹ちゃん、そのナイフで胃のあたりを刺してくれ!」
「分かった……っ!!」
鷹ちゃんは空手をやっていたため内臓の位置には詳しかったりする。一度だけ本気で喧嘩した時に、リバーブローによって倒されたのは苦い思い出だ。
しかし、その実績は今回もシッカリと働いたらしい。大振りのグルガナイフは見事にゾンビの腹に吸い込まれると、その動きを止めさせた。
びくり、びくり。身震いな動きを数回繰り返してゾンビは動かなくなる。
普通に腹を切っただけでは動きを止めないはずのゾンビは活動を停止した。その情報だけで十分だ。念には念を入れて首筋の急所もしっかりと切り裂き、トドメを刺した。
その時、こちらを向いた鷹ちゃんの後ろから血に濡れたゾンビが走ってきているのが見えた。無意識のうちに身体が反応する。鷹ちゃんを押しのけて、腕の中で動きを止めたゾンビをそちらに向けて突き飛ばす。
ぶつかったゾンビをよくみれば、先ほどの女のゾンビだった。やはりトドメを刺しておくべきだったか?
獲物と勘違いしたのか死体に噛み付いているゾンビを処理すると、俺たちは再度走り出した。
…0…0…0…0…0…
最後の一体を仕留めた後、俺たちは二階含めて物資の影や他にもゾンビが潜めそうな場所は全て確認して倉庫内の安全を確保した。
その後、中の物資に触れる事なく倉庫を出て、外組み立ててあったバリケードを使って倉庫に続く道を隔離する。雨風対策としてブルーシートをかぶせたら作戦は全て終了。その場にいた全員から勝鬨の咆哮が轟いた。
鷹ちゃんと腕を組み交わし、互いにニヤリと笑う。
「お疲れ鷹ちゃん」
「ああ。これで山本の計画も進むんだろう?」
「ああ!これで漸く好き勝手動けるようになる。まともな休日だって作れるし、遠出もできるぞ!」
「良かった。今日の山本は大分緊張してたからな。怪我がなくて安心した」
バレていたかと苦笑を返し、やってきた町方と握手する。
「やったな山本!お前のおかげであと数ヶ月は暮らしてけらぁ!」
「いや、こっちにも利益あったしな。それより物資の配分忘れないでくれよ?」
「あったりまえよ!おお、小崎もお疲れ。怪我はねえか?」
「ええ、問題ないです」
鷹ちゃんも町方と握手を交わし、肩をバンバン叩かれている。大分機嫌がいいらしい。
「あとは外から来る人間に気を付ければなんとでもできるだろ。威嚇になるような武器手に入れたら一つくらいはこっちにも渡すよ」
「助かるわ。お前らは入れて正解だったが、次も大丈夫とは限らねえからな」
町方もそのことは考えていたらしい。何度かこちらの近況も聞いていたらしいから、その対応にも納得だ。そんなことを考えていると自然と力が抜けてどっと疲れが襲って来る。
そんな俺を置いて町方が吠える。
「お前ら!凱旋だ!」
「「「「おお!!」」」」
全員がその声に返し、俺たちはホームセンターの中へ入っていく。
ああ、何だか早く姫と会いたい気分だ。今日は疲れた。
ホームセンター編、あと一話で終わりです。
その後、主人公達がどの様に行動していくのか……。例によって作者もあまり考えていませんw




