決戦の十一日目(2)
俺の号令と同時、周囲一帯にブザーが高らかに響き渡る。
ヴィーーーーーッ!!
と甲高い濁音があたりを満たし、次いで建物の陰に隠れていた仲間の姿が見えた。三人の後ろには軽く二十は超えるだろうゾンビが走っている。
奇怪でそれほどスピードのない、のたうつような走り方をする生き物が二十。それは言いようのない気持ち悪さを俺たちに覚えさせた。
倉庫からこの爆発地点まで、それほどの距離はない。せいぜい百数十メートル程度。その時はすぐに訪れた。
ゾンビを引き連れた三人がボンベの群れを通過し、さらにブザーをボンベの群れへと投げ込む。ボンベに当たるカンッという音はブザーにかき消され、わずかに遅れてきたゾンビたちはいよいよ爆心地に到達しようとしていた。
駆け抜けた三人は俺のいる中央バリケードの陰に隠れる。俺は立ったまま、その瞬間を待つ。
そしてーー。
「今だっ!!!!!!」
全力の怒声に、左右両方から火炎瓶が投げ込まれる。高々と宙を回転するそれの最後を見届けることなく、俺たちはその場に伏せた。
あまりの集中に敏感となった聴覚は、便が割れる音を確かに聞き取った。
その次の瞬間。
音とも衝撃ともつかない爆音が駐車場を駆け抜けた。
大きな音が断続して響く。一斉にではなく、ほんの少しのラグを持って爆発しているのだろう。気付けばあれだけ響いていたブザーは聞こえない。まあ当然か……。
取り敢えず、作戦の第一段階は成功か。爆発しない可能性もあったが、これだけの爆発だ。少なくとも何体かは削れるなり怪我をして倒れるなりしているだろう。
爆音が収まった。今は火の爆ぜるパチパチという音が耳栓に響いている。
流石にまだ燃え残りがあるかもしれないため出てはいけない。しかし、この間に武器を装備する程度ははわけない。
横を見れば大谷さんも準備は万端だった。その右手には大ぶりのナイフ。頼りなく見える装備だが、この人が使えばそれだけでかなりの脅威だろう。
その脅威がゾンビに襲いかかると思えば頰が緩む。
何秒が経過したか正確にはわからないが、しばしの間爆音が止み、ついで聞こえてきたのはゾンビのうめき声。
いつもの声とは違い、どこか絞り出すようなのは気のせいだろうか?
はやる気持ちを抑えて、手鏡で爆心地付近を確認する。……どうやらあたりに散ったガソリンが燃えているだけで、ボンベ類は残っていないようだ。
よく見てみれば、左右のバリケードの表面に金属片が刺さっていたりする。おそらくはこちらもだろう。やはりバリケードを作っておいて正解だった。生身であんなものが刺さったら掃討どころの話ではなかっただろう。
さて、次の段階へ進むか!
「第一段階終了!各々ゾンビの掃討に移ってください!!」
そう言って俺自身、バリケードのすぐ横まで来ていたゾンビを足払い。転んだそいつの首にナイフを突き立てた。ナイフを捻り、傷を広げてから抜き去り後ろに転がる。
次のゾンビがすぐそこまで来ていたからだ。
ナイフを左手に持ち替え、マチェットを腰から抜く。俺はそのまま走り込んでゾンビの頭を刃の背で強打。倒れたところに全力の蹴りを顔面にくれてやった。
ふらつくゾンビなど、良い的である。すぐさま後ろに回り込み、首を極める。もう片方の手に持ったナイフはスムーズにゾンビの命を刈り取った。
崩れ落ちたゾンビを放置し、周囲の状況を確かめる。生き残ったゾンビは十数体。思ったより削れていない。しかしどいつも手負いだ。倒れているものもいる。
そうかからず掃討できるだろう。
「哨戒班!左から新手が二体!潰してください!!」
「おう!!」
哨戒の三人が、今度はそちらに向かって走っていく。
それを見届けて、俺たちは中央のバリケードから離れ、こちらに向かってよろよろと進んでくるゾンビへと手に持つ武器を向けた。
…0…0…0…0…0…
ゾンビの掃討はつつがなく終わった。擦り傷程度の負傷者はいるものの、噛み付かれたものはおらず死傷者はゼロ。
外から来たゾンビを含めて、辺りには無数のゾンビが転がっている。
「第二段階終了!突入班はその準備を。それ以外の人は転がっているゾンビを焼却処分してください!」
「おう、山本。こっからは少数で倉庫内のゾンビを駆逐でいいんだな?」
「ええ、ここからが本番です。少しの休憩の後、一気に倉庫を解放します」
大谷さんはその言葉に頷くと、その場に座り込んだ。懐から水筒を出してゆっくりと口につける。
結果から言えば、この戦闘は大成功と言っていい。負傷者はなく、ゾンビの掃討が終了。後は中の安全を確認して倉庫に続く道を今回使ったバリケードで隔離。また中へゾンビが侵入しないようにして完了だ。
とはいえ、想定ではまだ中にゾンビはそれなりの数残っているはずだ。前回中を確認した時には、ここに転がっている数以上のゾンビがいたのだから。
まだ、気をぬくことはできない。
軽くストレッチをしていると、町方がこちらへとやって来た。
「全員の無事を確認したぜ。後は倉庫だけだな」
この町方も突入班の一人である。その顔には精神的疲労が見て取れるが、ここで休むつもりはないらしい。
それは、ここにいる全員に言えることだった。俺たちのグループはまだいい。ここまで何十体とゾンビを殺して来た。しかし、町方たちのグループや大谷さんはそれほど回数を重ねてはいまい。ヒトの体をした化け物を殺すのは、それだけ精神に負担をかける。
俺の仲間たちにもそれは言える。何度も探索を重ねて来て、皆の疲労感が溜まっているのは分かっていた。それを旨い飯や他の作業で誤魔化して来ただけだ。ふと、俺だけがこの中で浮いているような感覚を覚えた。
俺は、ゾンビを殺しても、解体して体の隅々まで切り刻んで内臓を引きずり出しても何も感じなかった。戦闘への気疲れはあれど、人殺しへの不快感は一切ない。むしろ、その行為に興奮したことすらある。
俺の精神構造がいかれているのは最初から知っていた。だが、ここまで浮き彫りになって仕舞えば、いやでもそれを実感せずにはいられない。
俺は嗜虐趣味者だ。
人の壊れていく様に興奮を感じる。人が、歪んでいく様に悦びを覚える。
別に、肉体的な苦痛を与えることはそれほど好きではない。俺が好きなのは人の精神が、俺の行為によって歪んでいく様が好きなのだ。それがいい方向にしろ、悪い方向にしろ。人が変わっていく様が好きなのだ。
だから、俺はゾンビを憎む。ゾンビは俺の悦びを奪う敵だからだ。
だが、他の奴らはそうじゃない。彼らがゾンビを倒すのは生きるためだ。彼らがゾンビを見る視線には悲しみが宿っている。
俺が機械的にゾンビを倒すのに対して、皆は各々の思いを持って殺す。その違いが酷く気持ち悪かった。こみ上げる吐き気を飲み込むのには苦労した。
「……山本?」
「ん、ああ!ごめんなさい」
町方に声をかけられてハッとした。
そうだった。こんなことに思考を巡らせている場合ではない。次に取り掛からなくては。
「それでは計画の第三段階に行きたいと思います。目的は倉庫内に残ったゾンビの駆逐。ここからが本番です。気を抜かないようにお願いします」
そこで言葉を切り、人々の顔を見回す。どの人も決意を湛えた顔だ。その決意が今は羨ましい。
そんな思いを振り払い、続きを話す。
「突入班は全部で九人。中に入った後は三人以上のグループに分かれて行動してください。中ではボウガンは使わないようにお願いします。ナイフや鈍器で一体ずつ確実に潰しましょう」
俺たちのグループからは、俺と大谷さん、そして鷹ちゃんと姫が参加している。これは単純に戦闘力で選んだ。
中では単純な個人戦闘力がモノを言うだろう。どれだけの数が残っているか正確には分からないが、遭遇戦が基本だ。盾装備ののりさんや、最近ボウガンで戦闘参加を始めた永道には向かない。
俺が参加すると言った時にまた姫に怒られたが、固辞した。指揮の問題もそうだが、俺はここにいたい。戦う側でありたい。
「では、計画の第三段階を始めます!」




