仕込の十日目
今回、話の切りの問題で少し短めです
十日目の朝。一階からの物音で目が覚めた俺はゆっくりと階段を降りて行く。
キッチンでは案の定、姫が朝食の支度をしていた。
「おはよう姫」
「あれ、もう起きて来たの?」
「ん、少し眠りが浅くてさ」
灰皿をテーブルの真ん中に起き、タバコに火をつける。誰も起き出して来ていない朝だからこそできる事だ。
じっくりと煙を吸い込み、そして吐き出す。じりじりと燃えるタバコの先を見ながら、俺は決心を固めていた。
しばらくして一本吸いおわり、俺は立ち上がった。
キッチンで目玉焼きを焼いていた姫のとこまで行き、その言葉を告げた。
「俺、やっぱり一人で動くことにしたよ」
「……そう」
「最初のうちは基本的に大谷さんにいろいろ教えて貰いながらになると思う。のりさんには昨日のうちに何かあった時にどうするかを話しておいた」
それは例えば、物資を求められた時にどこまで渡していいか。例えば、今後動く時の優先順位。
俺が長期間戻れなかった時の為に考えていることの全てをのりさんには話しておいた。大谷さんにもチェックを入れて貰いつつ、しっかりと組んだ予定だ。そう問題はないだろう。
そう告げても、姫は顔を料理から話さなかった。
「反対、しないんだな……?」
「大谷さんを仲間に入れた時からそんな気がしてたもの。好きにすればいいわ」
ちょっと突き放すように言われ、心にくる。
「ただ、二つだけ約束しなさい」
「ん?」
「毎日ちゃんと連絡すること。必ず戻ってくること」
「ああ、約束するよ」
なんともいえないもどかしさを感じる。でも、今はこれでいい。ここで感情に任せて何かを言おうものなら、それは死亡フラグだろう。
それを吐き出すのは、ちゃんと一人でも動けるようになってからでも遅くはない。
「ありがとな」
「ほんとよ。こんな理解のある女、そうそういないんだからね?」
その言葉に苦笑を返し、ありがとうともう一度だけお礼を告げるのだった。
…0…0…0…0…0…
現時点で俺が短期的な目標と見ているのは五つ。
まずはホームセンターの解放。これは必ず行わなければならず、今日にでも挨拶に行き準備を始めなくてはならない。
次に、この周辺に転がっている死体の焼却。これも必須。変な病気でも蔓延したらゾンビとダブルパンチで洒落にならない。
三つ目。さらなる食料の確保。出来ることなら、今ここにいる全員で半年は暮らせるだけの物資が欲しい。その上、予備の拠点の文を含めればその数は膨大だ。これは継続的に行っても良いが、他の生き残りに食料を取られる前に済ましたい。
四つ目。室内栽培による野菜の供給路の確保。これは昨日の夜宮本に頼んだのと別に、こちらの家でも主に莉子を主体に進めたいと思っている。
そして最後に、対人専用の装備の確保。できれば銃器か、ちゃんとしたボウガン。実際に戦うことがなくとも、持っているだけで威嚇になる。
これの入手経路は警察官のゾンビを倒すか、銃砲店に行くか、である。手っ取り早いのは警官のゾンビだが、うまく見つかるとも限らない。やはり俺と大谷さんで取りに行く必要があるだろう。
これらは全てこれから一ヶ月以内に達成したい。その為にもまずは……。
「よお!この前は肉ありがとな!」
「ああ、気にしないでくれ。こっちでもあれだけ肉があると食べきれなかったからさ」
「んで、今日はどんな用だ?そんな物々しい格好してたら予想はつくが……」
「多分察しの通り。明日、倉庫の解放戦をしたいと思う。今日はその打ち合わせと準備に来た」
そうか、と町方は呟いた。それはいよいよか、といった気概に満ちたもので力がこもっていた。
「んで、準備っつったって何するんだよ?ここにあるものを使うのか?」
「いや、準備はそんなにかからないと思う。一応こっちでも準備しておいたからな。こっちでやるのはバリケードの製作とトラップの設置、あとはさっきも言った通り打ち合わせだな」
「トラップだぁ?」
そう、俺たちはここにくる途中。アパートの横に設置してあったガスボンベを車に乗せて来ていた。
さらにガソリンも携行缶に詰めてたっぷり用意してある。
「駐車場にガスボンベを設置。その横に机かなんかを置いてアラームを鳴らす。そこへゾンビが集まったところで爆破。ダメージを与えたらあとは各個撃破。
簡単にいえばこんなところだ。破片とかでバックファイアがあるかもだから、それを防ぐための障害物をこれから作りたい」
「うーん、大体のとこは分かったが本当にできるのか?」
「もちろんマージンは取る。最初のうちは何回かに分けてゾンビを削るから、それほど手間はかからないと思う」
そこで一旦言葉を区切り、俺は持ってきたそれを机の上に置いた。
それは永道が暇を見て作ってくれていたボウガン。俺が自作したものを含めて全部で4丁ある。これも使っていきたいと思っている。
「これのボルトに毒も塗る。取り扱いには注意だが、まあなんとかなるだろう。ダメそうなら倉庫ごと焼き払ってやればいいしな」
「焼き払うとか、えげつねえこと考えるなぁ……。まあいい。話詰めるとすっか」
それから俺たちは作戦の詳細を詰めることとなった。
決まったことから順に作業を開始し、すべての作業が終わったのは昼を通り過ぎて夕方近くのことだった。
…0…0…0…0…0…
ホームセンターを出て、家路を突き進む。
先ほどまでその話ばかりしていたせいか、明日の作戦のことで頭が一杯だ。やることはやったのであるし、もうあとは天運に身をまかせるしかない。
そう考えて頭を振った。
車の中を見渡せば、今日の探索組が運転手の大谷さん以外ほとんど寝落ちしていた。
危ないな、と思いつつも皆の気持ちはよくわかった。頭と体をかなり使ったため、心地よい疲労感ですぐに眠ってしまいそうだ。
家に置いてきたのりさんは大丈夫だろうか?あの人、料理できないしな……。レトルトで済ませただろうか?
ぼーっとしつつ、ふと肩に重みを感じてそちらに視線をやる。そこには姫の頭があった。
肩が規則的に上下しているところを見るに寝ているのだろう。なんとなくむず痒いと同時、幸せを感じる。この時間を、この仲間たちと1日でも長く生き延びるため、明日の作戦は成功させなければ。
そう決意を固めていると、ミラーでこちらをニヤニヤと眺めている大谷さんと目があった。
「……何です?」
「いやよお、お前達まだ付き合ってねえんだろ?」
「はい。それが?」
「いやもう付き合っちまえよ……。そんな青春見せつけられたら、独身のおっさんは泣いちまうぞ?」
クスクス笑いながらそう言われると、どうにも恥ずかしいものがある。でも、その時は自分で決めている。
「ちゃんと、こいつを守れるくらい動けるようになってから、告白しますよ」
「おーおー、青春だねえ」
つか、俺は昨日会ったばかりの人に何言ってんだろうか?むちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
それ以降だんまりを貫いたが、温もりのある左肩がかすかに動いていたのは気のせいだと思いたい。切実に……。




