始動の九日目(3)
「お前、くふっ!よりにもよってそこかよウヒャヒャヒャ!!」
「そこまで笑いますか……」
「だってもっと大事なことが他にもあるだろ?ブフッ、ったくおもしれえ奴が来たなぁ」
だって、座って周りを見渡してみたらこの人がオタクって丸分かりだったもんなぁ……。しかもかなりディープ。
よく見ればそこら中にアニメのグッズがあるし、タペストリーは最近流行のアニメのもの。今手に持っているコーヒーカップだってキャラものだもの。
もう一発で仲良くなれると確信したね。
「俺ら、要するに漫研みたいな部活やってて、同人誌出したりもしてたんですよ。こんな状況で同好の士を見つけられるなんて貴重じゃないですか」
「だあな。にしてもお前らそういう風には見えねえな」
「そうですか?あー、でもこの内の何人かは大学入ってからのオタクだから確かに見えないかも……」
「よーし、気に入った!その条件飲むわ。なんだったらついていきたいくらいだぜ」
ようやく笑いが落ち着いたのか、大谷はそう言って手を差し出して来た。
俺は立ち上がってその手を握り返す。
「全然オーケーですよ。部屋もまだ余ってますし、是非来てください」
「おいおい、本気にするぜ?」
「まあ、家にあと一人仲間と中学生二人いますし、そっちに話聞いてからですけど。俺的には是非是非来て欲しいですね」
んー、と大谷は再度考え込むと一つ頷いた。
「割と勝手な行動するだろうが、それでもいいなら行くわ」
その言葉に皆からおお!と声が漏れる。
ここまで上手くやってこれたが、やはり戦闘のプロがいるというのは心強いのだろう。俺としても、先々一人で行動するつもりだったため、この人がいてくれたら安心だ。
「まあ、他の奴に話聞いてからなんだろ?まだ日も高えし、ゆっくりしてけや」
「ありがとうございます」
そこからは大谷さんのここ一週間の経緯を聞くことになった。
大谷さんはあの初日、非番で家でアニメを見ていたらパニックが起きていたそうだ。丁度ゾンビものを見ていた時だったらしく、まさかといった風情だったそうだ。
そこからの大谷さんの行動は早かった。軍服を着込み、外に出てゾンビを駆逐しながら食料を調達。一週間分のものを集めてからはここに引きこもってアニメを見たり、ラノベを読んでいたらしい。
なんとまあ呆れるやら感心するやら。
この状況でやるべきことだけやってあとはずっとくつろいでいるなんて、早々出来ない。
「ま、んなわけで俺はここで悠々自適にしてたわけだがらお前らは?」
「俺らは……」
今度はこちらの経緯を話しておく。
部室からの脱出、武器の調達、中学生組との出会い、ホームセンターでのこと、そして拠点の移動。
「成る程なぁ、そりゃ山本が悪いわ。訓練もしてねえ奴が前出るのはあんま褒められた事じゃねえよ。指示を通したいからって身を張られたら下が迷惑ってもんよ」
「文字通り、痛感しましたよ。そういう面でも大谷さんがいてくれるとありがたいです」
「それは構わねえが、そろそろ動くか。俺も乗って行っていいんだろ?」
「ええ。是非来てください。あの辺りはゾンビもいないし、動きやすいですよ」
そうとだけ言って、俺たちは慌ただしく動き始めた。
…0…0…0…0…0…
「うおおお、でっけえな」
「はい、人数が多いんで。できるだけ広くて太陽光パネルがあるとこにしました」
「ほーん。ちゃんとバリケードとか張ってあんのな」
「要塞化して、家の中にももう一丁ボウガンを置いてあります」
大谷さんは何度か頷き、家の周囲を幾つか確認してから中に入った。
玄関をくぐると奥から莉子が顔を見せた。「おかえりなさーい」と声をかけながら視線を巡らせ、大谷さんに気が付いたらしい。
「あの、その人誰?」
「紹介するよ。この人は大谷さん。この近くに住んでた自衛隊の隊員で、莉子ちゃんとゆかちゃんがいいって言ってくれたら仲間になって欲しいと思ってるんだ」
「そう、なんだ……」
あれ?意外な反応だな。俺たちに対しては最初から敬語なしで話して来たりしたため、人見知りしない性格だと思っていたのだが。
この反応は、大谷さんが大人だからなのかな。それが一番すんなり入ってくるが。あるいはこれまでの方が虚勢だったのか。
なんにせよ、後でケアしておいた方がいいだろうな。
リビングまで行くと、案の定ゆかと永道がいた。ゆかは何やらPCを弄っており、永道の方は何かの図面を引いていた。
「おお、おかえり。その人は?」
「自衛隊員の大谷さん。非番だった時にパニックが始まったらしくて、できれば仲間になってもらおうと思ってる」
「あ、初めまして。夏目ゆかって言います。よろしくお願いします」
「初めまして、僕は永道はじめです。このグループでは荷運びとか、工作してます」
「おお、俺は大谷茂。備蓄だけして家でゴロゴロしてたんだか、山本に誘われてな。俺もオタクだし、そんな気を張らなくていいから」
オタクというところで3人が驚いていたが、それからは仲良くなれたようだった。
永道もそうだし、ゆかも最近は暇な時間にアニメを見たりしているので理解があるようだった。ただ、やはりと言うべきか莉子の反応は良くなかった。
どこか気を許してないというか、あまり歓迎していない雰囲気だ。それでも反対しないあたり、納得はしてくれているようだが。
3人には今日の経緯を話し、そこからは歓談の時間となった。 その間、俺は夕飯の支度に取り掛かることにした。
「莉子ちゃん、ちょっと手伝ってもらっていいかな?」
「あ、うん!」
居心地が悪そうな莉子を席から話すようにしてキッチンに連れて行く。姫がついて来ようとしていたが、視線で止めた。
キッチンはリビングから見えないため、秘密の会話するには丁度いい。
「やっぱり、まだ慣れない?」
そう切り出したのは下拵えがある程度進んだ時の話だった。
莉子は少し動揺していたが、パッと見ただけでは分からないくらいそれを隠して笑顔を浮かべた。
「え?なんのこと?」
「いや、無理してるみたいに見えたから。最初は新しい人に人見知りしてるのかと思ったんだけど、そうじゃないかなって」
考えてみれば、この子はまだ中学二年生なのだ。急にゾンビが溢れる世界になって、二人きりで震えていた女の子なのだ。
ゆかとは違い、家族の安否も完全に不明。知らない人間のグループに突然入って、何の気負いもなくやっていけるわけがなかったのだ。
そちらを見なくても、莉子が動揺しているのがわかる。それは内心を言い当てられたから、と言うだけではないのだろう。
「俺もさ、急にこんなことになって焦ってた。家族だってどうなってるか分からないし、不安になるよな」
「わ、私……」
「無理する必要はないよ。本当は親の下で遊んでる年なんだから。何かあったら言ってくれればいい。できる限り叶えるからさ」
震えるか細い嗚咽が聞こえ、軽い衝撃。見てみれば莉子が俺の背に顔を押し付けていた。
「さ、最初はね……、ゆかのお母さんがいなくなっちゃって、それで……」
「うん」
「私がね、ゆかのこと守らなきゃって……。でも、ゆかはすぐに皆と仲良くなって……」
「うん」
「私何も出来ないし……、ご飯もらってるだけで……」
「うん」
「お母さんや、お父さんもね、どうなってるか分からなくて……」
そっか。そう言うことか。最初はゆかのためにと頑張れていたのだろう。しかし状況が落ち着き、ゆかも馴染んでしまって孤独を感じていたのだろう。考える時間ができたせいで、今の状況に不安を覚えていたのかもしれない。
そんな最中、新しい人が入ってきた。あらゆる意味でこの中で一番有能な人材が。それによって燻っていた不安に火がついた。
そんなもの、こんな小さな子が背負うべき事じゃない。
まだ、普通に遊んでいる年なのだ。もっと、ちゃんとケアしておくべきだった。今更になって後悔が湧いてくる。
俺は包丁を置いて、ゆっくりと莉子のことを抱きしめた。
「大丈夫。莉子がいてくれて皆感謝してる。帰ってきた時にお帰りなさいって言ってくれるのは、すごく嬉しいことなんだぞ?」
「でも…、でも……」
「あの始まりの日に、姫の家についても誰も返事をしてくれなかった。訳が分からなくて、心細くて。でも今は、帰ってきたら一番に莉子がお帰りって言ってくれる。それだけで、きっと皆救われてる」
掛け値無しの本音だった。
今日、帰ってきて莉子が姿を見せてくれた時に心から安心した。今まで当たり前にあったことが、どれだけ大切なものだったのか理解できた気がした。
昔、とある小説でこんな一節があった。
ーーー本当に大切なものは、どんな時代、どんな状況でも変わらない。
その大切なものを、この子は俺たちにくれている。それは、十分に誇っていいことだと俺は思う。
嗚咽を漏らす莉子を、泣き止むまでずっと抱きしめていた。彼女の話に相槌を打ち、頭を撫でてやる。
俺の頭にあるのはただ一つ。この子達も、俺たちの大事な仲間だ。何としても、守りきる。
ゆっくりと、莉子が顔を上げる。
「山本さん、私仕事が欲しい!」
その声には溢れんばかりの力があった。涙に濡れた瞳には強い決意の色があった。
その決意に押されるようにして、俺は頷いた。




