始動の九日目(2)
取ってきたバイクだが、まずはガソリンを満タンにするところから始めなければならない。
車からガソリン携行缶を下ろし、バイク内のタンクにガソリンを詰めていく。
「んで、山よう。結局このバイクはどう使うんだよ?」
「あれ?言ってなかったっけか?」
「だなぁ。お前ぇが一人で外行く云々以外は聞いてねぇ」
そう言えばそうだったか。
「まず、このバイクは基本的に都心部への遠征用だ。根本的に車はそれに向かない」
「何でよ?」
「人が多すぎる。道路内にもゾンビがいる以上、都心部みたいに人が多い場所では車では進めない。
だから初動が早くて小回りの効くバイクが必要なんだ」
「……都心部に行く必要性は?」
鷹ちゃんの疑問はもっともだ。初期の頃から田舎の方が安全なことは話してきていた。その言葉を今になって翻す意図が分からないのだろう。
「単純に、貴重な物資は基本的に都心部の方が集めやすい。武器だったり、小物だったり、いつか枯渇する食料だって、都心部の方が多い」
「田舎を渡歩きゃいい話じゃねえか?」
「何度も行くわけじゃないよ。どうしても確保しておきたい武器がある。それが一番近くにあるってわかってるのが都心部なんだ。
まあ、使い道は都心部だけじゃないしな。新しい地区への斥候にも使えるし、何かあった時に逃げ出す時に車に多めに物資を詰め込める利点もある」
少なくとも使い道があるのだ。必要がないもの以外は手元に置いておくべきだ。ないよりある方がいい。
「ふーん。ま、考えがあるならいいわ。その武器が何かも気になるけどね」
「さ、話は終わりにしてさっさと帰ろう。昼からも探索あるし、少しは休憩取ろうぜ」
…0…0…0…0…0…
家に帰り着いた俺たちは荷物を全ておろし、食事、休憩をすませた。今はまた外へと出るところだ。
「午後はなんだっけかぁ?」
「こことは別のサブ拠点探し。それだけじゃなくて出来れば衣類の確保と食料をもう一度取ってきたいな。一部は今日見つけた拠点の方にも置いておきたい」
もし探索が上手くいかず、外で夜を過ごさなければならなくなった時に食料が確保できているかどうかは大事なポイントだ。
もう一つ考えていることもあるが、それは今はいい。
それが出来るのはホームセンターの倉庫を解放してからだ。……っとそうだ。
「それとホームセンターの方にも顔出さなきゃな」
「そうだな。作戦の日取りを決める必要がある」
鷹ちゃんの言葉に頷き、家の扉を開く。
お土産をねだる莉子の声に苦笑を返し、俺たちは外へと出た。
皆は車に乗り込み、俺はバイクに。
バイクは免許だけ取ってそのまま。いわゆるペーパーというやつだ。本格的に使い始める前に慣れておく必要があった。
エンジンをかければ車とはまた違った駆動音があたりに響き渡る。もともとはこの音が好きでバイクに乗ってみたいと思ったのだが、今は邪魔に感じる。
この心情もまたパニックから変わったものなのだろう。
視界を制限するヘルメットは付けない。着けるのは軍用のヘルメットだけだ。
車の発信に合わせてこちらも駐車場から出る。スピードに乗り始めれば冷たい風が吹き付けてくるが、完全装備の今は特に不快ではない。むしろ気持ちいいくらいだ。
久々に乗るため不安があったものの、特にミスをすることもなく探索を行うことができた。
やってみればなんとかなるものだと思いつつ、道を進んで行くと気になるものが見えた。
車の方へと手を振り、それを指し示す。
そこにあったのはコンクリート打ちの一軒家。ここなら堅牢だし、シャッターや雨戸を閉めておけば早々侵入されまい。
まさか俺たちみたいに工具を用意して拠点を探している人間がたくさんいるとは思えない。その面でこの住宅は使いやすかった。
居住性と人数のことがなかったら俺はここを拠点に選んでいただろう。
「まずは中に人がいるかを確認しよう」
最初にまず、鍵が開いているかどうかを確かめる。ドアノブを引いても扉が動く様子はない。ガチャっと音を立てて俺たちの侵入を拒む。
続いてインターホンを押してみるが、それでも反応はなかった。
「ダメだな。いないのか、いるけど篭ってるのかわかんね」
「んじゃ、窓から行くか?」
「だね、ここの扉内開きだし」
俺たちはその家の裏へと周り、外から見えにくい位置の窓を焼き破って中へと入った。
カーテンが締め切ってあり薄暗い部屋の中、風でカーテンがめくれ光が差し込む。その瞬間、何かが煌めいた気がした。
条件反射で腰のナイフが引き抜かれる。 一瞬ののち、その瞬間は訪れた。
再びカーテンがめくれた時にはそいつは近くに迫っていた。手よりも先に足が出た。つま先に固い感触。響く甲高い音。俺の蹴り足はフライパンによって防がれていた。
そこからのことを俺は認識できなかった。
気づいたら腕を取られ、一瞬で地面に仰向けに倒されていた。皆が動こうとするが、もう遅い。首筋に刃物の冷たさを感じる。
あまりの緊張に背中に冷や汗が浮いてくる。
「動くなよ?動いたらこいつの首を掻っ切る」
暗い部屋に響くのは男の声。
「ったく。ゾンビがインターホンに触れたのかと思えば焼き破りとは、中々な仕打ちじゃあねえか?」
「わ、悪い。俺らはここが拠点に向いてると思って入ったんだ。インターホンに出なかったから、誰もいないと思って……」
「ちっ!出なかったのが裏目に出たか。まあいい、誰かカーテン開けろ」
シャッと音がしてカーテンが開かれる。
明るい日差しが室内に満ち、男の姿があらわになる。
無精髭を生やした、30代前半に見える男。その肉体はたくましく、馬乗りにされている俺はその重量をよく感じ取れる。
見るからに普通じゃない。何らかの武術や体術を鍛えた人間だ。あるいは……。
「俺は大谷 茂。一応、自衛隊員でレンジャー資格持ち。階級は……言ってもしゃあねえか」
大谷と名乗った男は俺の上から退くと、リビングにあるソファに座った。
「俺は山本。こっちは部活の仲間。大学生です」
「あいよ、山本な。さっきは悪かったな。他に椅子はねえが、とりあえず座れや」
その言葉に何とか頷きを返し、大谷を観察する。やはり、かなり鍛えている。レンジャー資格持ちと言われても簡単に納得できる。
俺はその場で胡座をかくと、皆も周囲にそれぞれ座った。
「で、お前らはここを拠点にしに来たんだっけか?の割にはしっかり装備してるし、服も汚れてねぇ。どっか他に拠点あんだろ?」
「ここは第二の拠点にするつもりでした。外で何かあったり、遅くなった時に使えるように」
一瞬で見抜かれたことに内心で驚愕を覚えつつ、言葉を返す。すると大谷は何度か頷いてなるほどと漏らす。
「ガキがよくそこまで考えれたな。この状況だ。その慎重さは大切にしといたほうがいいぜ。なんせ外はこんなだからな」
大谷は両手を上げてゾンビの真似をしてみせる。
「だがまあ、ここは俺の家だ。拠点を確保するなら他を当たってくれや」
大谷はそう言って、テーブルの上にあったコーヒーを飲む。
一方で俺は別のことを考えていた。驚くには驚いたが、これはある意味チャンスではないだろうか?
この人がいればこの家はまず安全だろう。しかもこの周囲にはゾンビばかりで、おそらく生き残りは少ないだろう。
俺たちの拠点で考えられるような状況は、ここでは無いだろう。
「大谷さん、やっぱりここをもしもの時の避難所にさせてもらえませんか?」
「あ?俺にでてけってことか?」
「いえ、そうじゃなくて。食料や武器をここにも持ってくる代わりに、いざという時に匿って欲しいんです」
その言葉に大谷はじっくりと考え込む素振りを見せた。数秒の間を置いて、顔を上げる。
「悪くはねえ話だが、食料は自分で取ってこれる。わざわざここを貸す必要はねえな」
「なら逆に、俺たちの拠点も同じように使ってもらって構いません。こちらにくるようなことがあれば、食事も風呂も出させてもらいます」
皆を見回しても、顔に反対の色はない。
「あー、それならまあ考えねえでもねえが、どうしてそこまで欲張る?」
「単純に、大谷さんがいれば心強いからです。この先何があるかわかりませんし、ゾンビが強くなってるって情報もあります。
貴方みたいに強い人ならできるだけ友誼を結んでおきたいと思いました」
「かー、めんどくせえじゃべり方してんなお前。畏まらんでいいっつーの。あんま舐めた口きかなきゃ文句言わねえよ。
んで?それ本音じゃねえだろ?口だけは好きじゃねえ。本当のとこ言ってみ?」
やはりこの人は何枚か上手だ。その事を認めて、俺はその本音を口にした。
「だって大谷さん、オタクでしょ?仲良くできるかと思って」
その言葉に大谷は爆笑し、ニヤリと笑うのであった。
実際、自衛隊にオタクって多いらしいですね。




