始動の九日目
あの怪我から六日目。俺の足が完治した。
走っても殆ど痛みがなく、行動に支障がないことを確認した。これでようやく俺も皆と外に出ることが出来る。
「永道、お前は今日の護衛な」
「あいさー。もし人が来たらどうする?」
「倉庫に米があっただろ?あれと缶詰を何個か配給してやれ。米は小さい方の袋でいいからな」
「うん、分かった。じゃあ気をつけてね」
俺たちは現状を鑑みて、探索に出る日も一人はこの家に戦闘員を残すことに決めた。と言うのも、昨日またこの周辺の人間が接触して来たからだ。
俺たちと同じくらいの歳の男。手に護身用か脅迫用か包丁を持ち、かなり服を着込んでいた。
聞けば両親が帰ってこないらしく、俺たちの仲間になりたかったらしい。
しかし、何人も仲間を増やせるはずがない。結局俺たちはそれを断った。男は恨みのこもった目を向けて来たが、どうしようもない。
探索の仕方や食料の手に入れ方を教えはした。しかしそれでも男の気は晴れなかったようだ。
論理で説得しても、感情で動かれてしまえばどうしようもない。こんな時のために家を改造したわけだが、それでも万全を期すために守り役を置いたわけだ。
そうそう行動してくるとは思えないから、休日としての要素も含めている。
家を出る前に、恒例の目的確認。コレをしておかないと、いざという時の為優先順位が崩れることがあるかもしれない。だから毎日欠かさずこれだけは行なっている。
「よし、今日の目標を確認するぞ。
一つ、さらなる武器を確保すること。
二つ、バイクを二台手に入れること。
三つ、可能ならもう一つ万が一の時に使える拠点を見つけること。
目的地はあのミリタリーショップ。次にバイク店。その後は一度帰宅して、それから回遊。オーケー?」
「……ああ。フォーメーションはどうする?」
「姫とのりさんが前、俺と鷹ちゃんが殿」
「分かった」
鷹ちゃんの質問に端的に返し、俺たちは家を出た。
…0…0…0…0…0…
昨日、ゆかはあのことを皆に話さないでいてくれた。そのことに感謝したのもつかの間、あの動画を投稿した際に気になる情報が載せられた。
ーーーゾンビ達の動きが良くなっている。
その情報は俺たちと同じように探索と物資の確保を行なっているグループの一つからだった。その人物が言うには、初日に比べて明らかに走るスピードや力が強くなって来ているそうだ。
感想欄やスレッドでは寄生生物が被寄生者の体に馴染んで来たのではないかとの意見が多数だった。俺もそう思う。
そしてその事実は俺たちのグループにとっては直接的な危機だ。
探索を主に行う俺たちには、ゾンビの強化は笑えない話である。そのため、武装の強化を図る必要があった。それが今日あのミリタリーショップに行く理由である。
ゾンビの強化がどこまで行くのかはわからない。しかし、用意しておくのに越したことはない。そしてそれは早ければ早いほど良い。
「おーし、着いたぞー」
のりさんがそう間延びした声で言い、俺たちは車から降りた。
たった数日なのに懐かしく感じるミリタリーショップは、あまり変わった様子がない。シャッターを閉め、鍵を盗んで出たおかげか荒らされることはなかったようだ。
ーーーこの措置がどれだけの人数を死なせたのか。
ふとそんな思考が頭をよぎる。間違いなく、俺たち以外にもここに来た人間はいるはずだ。なのにここは締め切られ、中には入れない。
危険を犯しただろうに、それでも報われない。
だが、そんなことどうでもいい。
そう考えている自分がいる。
このあたりの人間が減れば、それ即ち俺たちの手に入る食料が増えると言うこと。むしろ、死んでくれてありがたいくらいだ。武器だって、俺たちが占有できれば、その分俺たちの生き残る可能性がます。
そんな考えが、だんだんと強くなって行く。虚しい。だが、それでいい。
「俺が考えるべきは俺たちが生き残る方法だけだ……」
そう考えられるべきだし、少なくとも俺だけはそうあらねばならない。
決意を新たに、ミリタリーショップの裏口から中へと入る。
久しぶりに入った店内は、やはり様々な商品であふれていた。あの時には有り難みが薄かったものも、今では助かるという商品が多い。やはりここは宝の山だ。
ナイフやマチェットの品揃えが多いのもありがたい。他にもロープやストリング、方位磁針に時計などなど、使えそうなものは片っ端から持っていく。
使えそうなウェアもまた多い。地味に今の俺たちが一番必要としているのは服出会ったりする。下着やシャツは皆がコンビニから取って来たものがある。
しかし、戦闘服などの替えが乏しいのは問題だった。衛生的問題だけでなく、予備としても欲しい。
それらも車に積み込んだ。使えそうなものも、そうでないものも、片っ端から車に乗せ、俺たちはさっさとそこを後にする。
今度はシャッターと鍵を開けたままにして。
…0…0…0…0…0…
ミリタリーショップを出た後はバイク店だ。
あそこから車を走らせて20分ほどのところにその店はある。
田舎にそぐわない大きな店で、耐久性には定評のあるメーカーだった。
しかし、道路に面した巨大なガラスは全て割れ、その破片を一面に散らしている。所々に血の赤と、倒れた観葉植物の緑が目に付いた。
「おーおー、ずいぶん荒れてんなぁ」
「どこもこんな風でしょ。早く中へ入りましょ」
肝心のバイクは店内にいくつも並んでいる。俺たちは陣形を組んでから、固まって中へと侵入した。
姫はマチェットを、鷹ちゃんはナイフを二本。のりさんは盾とハンマーを構えている。俺はボウガンにボルトをセットして注意深く構えた。
背にした道路からも、ゾンビが来る可能性がある。鷹ちゃんは後ろを確認しながら、俺は左右を交互に見ながら進む。
そこへ、あの呻き声が聞こえて来た。
全員が腰を落とし、武器を掲げる。しかしゾンビが走り込んで来る様子はない。
どこかの部屋に閉じ込められているのかもな。
「……どうする?」
「先に掃討してしまおう。その方が安心して探せる」
「おーけぃ!」
のりさんが威勢のいい声をあげ、前へと進んでいく。
店の裏、事務所の方へと歩いていくとやはり呻き声が聞こえて来る。そこは事務所の中、半開きになった扉の奥だった。
室内だとこれは使えないな。手に持つボウガンを見下ろし、得物をさっさとマチェットに持ち替える。
「行くぞ」
のりさんが視線に頷きを返したと同時、扉が開かれた。
中にはゾンビが三体。
扉が跳ね返った音でこちらに気付いたのか三体共がこちらに向かって走り込んで来た。
「オラァ!!!」
のりさんが気勢を上げてシールドで先頭のゾンビを殴る。そのままシールドを立てて思いっきりチャージする。
盛大に転がったゾンビへ姫が走り込んで、首にマチェットを突き込んだ。姫はバックステップで下がるともう一本のマチェットを引き抜く。
「フッ……!」
鷹ちゃんはのりさんのガードを抜けた一体の胴体を蹴り飛ばす。机に仰向けに転がったゾンビの頭を肘で抑え、もう片方のナイフで首をかっさばいた。
ここまで流れるような動き。一瞬の迷いもなかったあたり、戦闘に慣れて来ているのが見受けられた。
これは俺も負けていられないと、マチェットを構えた。
遮二無二突っ込んで来るゾンビを半身になってかわし、通りすがりにマチェットを首に差し込んだ。
「ガ……ァ…」
びくりと震えが伝播したマチェットを、思いっきり捻った。傷口が一気に開き、血が噴出する。
もはやゾンビは立っていられず、倒れ込んだところをのりさんの盾が抑え込む。その隙に姫が先程のゾンビにとどめを刺していた。
こちらのゾンビも動きを止めた。だが、そこで警戒を怠りはしない。他に動きがないか。子供のゾンビがいはしないかをしっかり確認してから扉を閉め、ようやくそこで詰まった息を吐き出した。
「ふぅ、カンは鈍ってないか」
「ああ、悪くない動きだった」
「鷹ちゃんにそう言ってもらえたなら安心だわ」
そう軽口を返して、全員で鍵を探し始める。金庫が一つあったが、それはさすがに開けられない。棚や机の中をくまなく探した。
程なくして目的のブツは見つかった。
棚の中に一つ一つ箱に分けて入れられていたそれらを手に、俺たちはホールの方へと戻った。
そして展示してあるバイクに一つ一つ鍵を刺しては確かめ、どれがどの鍵であるのかを調べる。すぐに全部の鍵が判明したが、悩んだのはここからだった。
「山よう、どのバイクにすんだぁ?」
「うーん……。音考えたらあれだけど、大型かな?荷物もあるし、積載量が大きい方がいいと思うんだけど」
「どうだかなぁ。中型の方が取り回しよくねえか?」
それもそうだな。まあ、元々二台持って帰るつもりだったのだから両方取っていけばいいか。
そうして俺たちは新たな移動手段として赤の大型二輪と、蛍光グリーンの中型を手に入れたのであった。
ごめんなさい。
バイク屋とか車屋ってどこに鍵を保管してるか分からなかったので、棚の中にあったことにしました。
もし違ったなら、たまたま管理の杜撰な店だったと言うことにしておいてください。




