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死が支配したこの世界で  作者: PSICHOPATHS
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敷設の七日目(2)

薫煙する際に何に注意しなければならないって、それは何より温度と煙が出ているかだ。


温度が高すぎては肉が焦げてしまう。煙を出すためのチップが引火して仕舞えば、まともに煙が出ずに薫煙に失敗する。

というわけで、俺は庭に設置した薫煙機に張り付くことになった。とは言うものの、最新式であるこの薫煙機には温度計が付いており、時折チップが残っているかを確認するだけでいい。


そのため、その時間で俺は別の作業をしていた。


そう、あのボウガンだ。作業が始まった際、永道に他の材料と合わせてカットをお願いしておいた。俺がするのは組み立て作業と、塗料の塗布、矢の作成などになる。


図面や動画を参考に組み立てていけば、それらしくなっていく。


そんな作業の折にチラチラと家の方に視線を向ければ、要塞化の作業は大分進んでいた。

庭には侵入経路になると思わしき場所に防犯砂利が敷き詰められ、窓には塩ビ管や鉄の枠がつけられている。ガラス自体にも防犯用のシートが両面から二重に貼られ、そうそう破壊はできなくなっている。


塀の上には有刺鉄線が張り巡らされ、一気に物々しい雰囲気になっている。

今はバリケードを作っているが、そこでは永道が慣れた様子で金槌を振るっていた。この様子なら、夕方までにはおおよその作業が終わるだろう。


「そっちはどう?」


「ああ、姫。薫製はあと少しだな。こっちはまだまだだ。一回組み上げたら試射して2号機も作りたいし」


「そう……」


ん、歯切れが悪いな。まあ理由は大体わかってるが。


「一人で出るつもりなの?」


「……まあな」


「それはこのまえの……」


「違うよ。別にここを出て行くつもりはない。単純に、その方が都合がいいってだけだ」


そう言って、手元から視線を上げる。

姫はどこか泣きそうな顔をしていた。そんな顔をさせたのが自分だと分かるのが苦しい。


「一人の方が行動範囲が広い。ゾンビの特性から考えても、一人で動き回るのは別に無理な話じゃない」


「でも!でも、アンタ怪我してるじゃないのよ……」


「そりゃあこんな状況なんだ。怪我することだってある。そのリスクを減らすためにこうして準備してるわけだしな」


正直な話。この状況を愉しみ始めている自分がいるのは分かっている。一人で動き回る必要性も、現状それほど高い訳ではない。

それでもやりたいと思うのは、つまるところ俺が楽しみたいからと言うだけだ。……流石に言い過ぎか。だが、重要度が低いのもまた事実である。


「……私は認めないから」


「それならそれでいいさ。どちらにしても、あの子たちに自衛の武器も持たせてやらなきゃいけないし」


チラリとゆか達の方に視線を向ければ、今度は姫も頷いた。


「どちらにするにしても、これは準備。しっかり備えよう」


「……そうね。でも、もう少し私の気持ちも考えてくれるかしら?」


「……努力するよ」


姫はそのまま離れていってしまった。そのまま入れ替わりにのりさんがやって来る。


「例の話か?」


「ああ、のりさんも知ってたのか」


「そりゃあなぁ。みんな知ってるさ。鷹はお前に任せるって言ってたが、俺も反対だな」


やっぱり、賛同は貰えないか。


「まあ、お前ぇの言うこともわかるんだけどな。ああ言う風にケガァしたとこ見りゃあ、反対もしたくなるってもんよ」


「やっぱそうすか。危険ってのも分かってるんだけどね。でもやりたいこともやらなきゃいけないことも多いからさ」


「それは皆でやれねえのか?」


「少なくとも、俺は鷹ちゃんや姫、永道にそれを見せたいとは思えない」


「おい、そこに俺が入ってねえのはどう言うこった?」


「のりさんなら分かってくれるだろうからさ。そう言うとこ、貴方はストイックだからね」


苦笑交じりの声にそう返し、作業を再開する。暫く沈黙が保たれたが、吹っ切るようにのりさんは伸びをする。


「ま、この作業が終わりゃあある程度好き勝手動けるようにならあ。そん時のことはそん時考えればええわな」


「間違いない。さて、そろそろ薫煙も終わるだろうし、試食する?」


「おお!食う食う。ビールもいいか?」


「いい訳ないでしょ?食うだけだよ」


軽口にそう返して立ち上がる。もう足の腫れもだいぶ引いて、歩くのに痛みもない。こう言う時は自分の頑丈な身体がありがたいものだ。


薫煙機の蓋を開ければモワッと煙が広がり、中から大量の燻製が覗く。

それらを軍手でトレーに上げて行く。


うん、しっかりと燻製になっている。見た目は完璧だが、味はどうだ?


「おお!少し辛えけど上手えな!ビールが欲しくなるぜ」


「のりさん声でかい。なんのために防犯設備揃えてると思ってるんだ」


「わりいわりい。でもこりゃ本当にビールが欲しくなってくるな」


俺も一つつまんで口に運ぶ。


水分がしっかりと抜け、硬くはあるがその分しっかりとした旨味がある。肉の旨味と、香辛料の辛味。塩辛さが俺の下をビリビリと刺激する。


「うっわ、確かにこれはビール欲しくなるな」


「だろ?」


「ま、貴重な保存食だし、手はつけられないけどね」


もう一つ、と伸ばされた手をはたき、全て家の中へと運んだ。粗熱をとったら冷凍だな。

今のうちの食料の中で、肉は意外とたくさんある。全て真空パックして冷凍してあるが、そんなに日持ちするものではない。今日は皆疲れてるだろうし、大々的に使ってしまうか。


手伝ってもらったお礼にゆかと莉子にも二つずつジャーキーを渡し、俺は作業に戻った。後ろから聞こえてくる歓声にほおを緩めながら。






…0…0…0…0…0…






姫が作ってくれたおにぎりを昼飯に、作業はどんどん進む。俺の方もボウガンは作り終わり、あとは試射だけ。

永道の方も粗方終わったらしい。今は車庫の方でゴソゴソやっている。


全ての作業が終わったのは陽が傾き始めた頃だった。


「部長、こっちも終わったよ」


「うしゃ全作業終了!皆お疲れ様ー!!」


おおー!と皆から声が上がり、中学生組は拍手までしている。


「いや、本当に1日で終わるとは思ってなかったわ。皆のために今日は腕によりをかけてご馳走作るから楽しみにしててくれ」


「おお〜!部長の本気って楽しみだなぁ」


「食料はたんまりあるし、気兼ねなく楽しんでくれ」


「あ、私手伝うわ。部長にやられっぱなしもなんだしね」


姫の言葉にありがたく頷き、荷物を片付け始める。粗方の材料を使い切ってしまったため、散らかっているのは工具ばかり。

片付け終えるのにそう時間はかからなかった。


全員が全員、煙であったり埃、木屑に塗れていたため、食事の準備より先に風呂に入ることと相成った。

姫がこのことを想定して予めお湯をためておいてくれた為、一番風呂には彼女に入ってもらうことにした。


その間、俺は夕食のメニューを考えていた。


熟成肉がある訳だし、ステーキは食べたいな。パーティー形式だからサイコロステーキがいいか。

あとはそうだな、オードブル。ピザ。酒のつまみとしては……、チーズなんかを出すのもありだな。ハムもたっぷりあるし、切って出すか。


ムール貝の缶詰があったはずだから、適当にバター焼きにしよう。

中学生組にはポタージュを出すのもありだな。ジャガイモと玉ねぎでホワイトポタージュでいいか。


そこまで考え付いたあたりで姫が風呂から上がってきた。


髪が濡れて艶っぽい。ここ最近の出来事から思わずどきりとさせられてしまった。

強い精神力でもって目を離し、風呂場へと向かう。この家の風呂場はかなり広く、ゆったりとした造りになっている。未だ殺風景のそこは微妙に寂しい。


着替えを洗面台に置き、籠の中に服を放り込もうとした時に、


ーーーソレに気が付いた。


脱ぎ置かれた姫の服だった。一応、服が上からかけられているが、チラリと下着がのぞいている。

ふと、ここ数日処理(・・)していなかったことを思い出す。思い出して仕舞えば後は下り落ちるだけ。一気にそういった気分になってくる。


だが、この状況でそれをしていいものなのか?


その自問にすぐさま自答する。


「いい訳ねえだろ」


パシンと両頬を叩き、理性を取り戻す。最早それを視界に入れることすら辛かった為、一気に服を脱いで洗濯籠にぶち込んだ。


邪な思いを振り切って入った浴室は、昨日も見たがやはり広い。

頭と体をさっさと洗い終える。たっぷり張ってあるお湯に身を潜らせれば、あまりの気持ちよさに声が漏れてしまった。


「フゥ〜、いい湯だな……」


お湯をすくい、顔にかけようとした瞬間に気付く。


「あれ、そういえばこのお湯って……」


姫が入ったお湯じゃ?


瞬時に手は下におり、水は浴槽へと戻る。そして大きくため息。


「あ〜、どうにもダメだな。余裕が出来たせいで、後に回したほうがいい考えばっか先に来やがる」


何がと問われれば、姫のことに他ならない。あの怪我をした時、その日の深夜。もっと言えばそのさらに昔から、何度か姫の好意というものを感じたことはある。

だがそれは、姫が百合だからと否定して来た。自分でも本気で思い上がりだと思っていたほどだ。


しかしどうにも最近おかしいのだ。食卓に着けば自然と隣の席に座って来たり、少し前よりボディタッチが多くなっていたり。目があった時に嬉しそうに微笑まれたりもした。

もちろん嬉しい。姫は美人だし、長い付き合いだ。そうした変化が嬉しくないと言ったら嘘になる。


だがそれも勘違いだったら?という自問によって消えていく。こちとら21年生きて来て、彼女が出来たのは一度のみ。しかも未だに童貞である。

勢い付けというほうが無理というものだろ?


そんな言い訳をしながら、俺は天井を仰ぐ。


「今この面子で恋愛沙汰とか冗談にもならねえ」


別に、他の皆が姫のことを好き云々ではなく、空気の問題である。ここ数日、できるだけ意識しないようにして来た考える余裕ができたのが致命的だ。

こんな時、いらないことまで考える自分の頭が恨めしい。


と言うかこの場合、姫が云々じゃなくて俺が意識してるんだよな……。


そんな煩悶を振り払う為、顔をお湯につけ息を止める。そのお湯のことを思い出して吹き出してしまうまで、後数秒。

最後に若干恋愛風味。


自分で書いてて恥ずかしくなったorz

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