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死が支配したこの世界で  作者: PSICHOPATHS
15/32

対面の六日目

その日、食料を取りに行く皆を送り出した後のことだった。


その男たちが現れたのは。






…0…0…0…0…0…







「おーい、開けてくれー!!」


「おーーい!!!」


響く人の声。野太く明らかに男の声だとわかる。

昨日の今日で、いや姿を見られたのを入れるなら一昨日もか。もう接触してくるとは。


予想以上の速さにイラつきを覚えつつ、玄関に向かう道すがら手近にあった装備を身に纏う。

Tシャツの上に防弾ジャケットを羽織り、顔が割れないようにガスマスクを付け、腰にはマチェットを下げる。


軽く装備のチェックを済ませ、玄関を開けた。


そこにいたのは男の二人組。片方はガタイのいい中年の男。メガネを朝日に光らせ、髪を整髪料で整えている。明らかに出来る人間であると思わせる雰囲気を見に纏わせている。

もう片方の男はメガネの男より若そうだが、こちらも出来る雰囲気が滲んでいる。


何より、二人ともスーツを着ているのに警戒のランクが上がった。


身嗜みを整えるだけの心の余裕を持っている。それが国家の能力に対する信頼の現れか、備蓄を持っているのかは分からない。

しかし、こういう人間は怖い。追い詰められた時の強さともまた違う、人としての知恵の怖さだ。


「話があるんです、家の中に入れてくれませんか?」


「なんの御用か先に伺っても?」


俺の姿を見て、男たちは一瞬たじろいだようだったがメガネの男の方が即座にそう聞いてきた。

やはり、怖いな。敬語を使い、武装してる相手に対してすぐに切り出してくるなんて。


「実はこの私たちの家にはもう、食料が無いんだ。少し分けてはくれないだろうか?」


やはり。俺は心の中でひとりごちる。そんなことだろうとは思っていたのだが、どうするべきか。

ここで邪険に追い返して、辺りの家と決別するのは簡単だ。その選択にも勿論メリットはある。だが、恨みを買ってまで追い返すべきなのか。


少しの逡巡の後、俺は庭までであるが二人を通すことにした。


「ゾンビが来たら洒落になりませんね。庭までですが中へどうぞ」


そう言いながら門に向けて歩いて行く。足に痛みが走るが、無理をして両足に重心を乗せて普通に歩く。決別するにしろ、迎合するにしろ、交渉するのなら弱みを見せるべきでは無い。

もし二人が無理矢理家の中にまで入って来たら、中にいる二人が危険だ。


門を開け、二人を招き入れる。


そのまま庭の一角で話をすることにした。


「まず、言っておきたいのですが食料をタダで渡すことはできません。こちらも少々人数が多いので、何かの引き換えに出なければ食料を渡すのは難しい」


「そうでしょうね、なのでこれを持って来ました」


若い方の男が取り出したのは2つの札束。思わず溜息を吐きそうになるが、グッと堪える。


「すみませんが、話になりませんね。そのお金はもうこの状況では使い物にならない」


「何故でしょう?救助が来たらしばらく遊べる額だと思うのですが?」


「……まさかご存知ないので?今政府は東北に安全地帯を築いています。救助がくるならそれから、少なくとも数ヶ月は後のことになるでしょう」


確かにこの二人が出して来た金ならば豪遊だってできる。しかし、それは救助がくるならの話だ。


「それに、こんな状況になってしまえばその紙切れはそこら中に落ちている。なんならゾンビを倒して奪えばいい話です」


「そうですか……。いや、安全地帯の話は知っているのです。それだからこそ、救助がくると思っていたのですが……」


「それは甘い考えです。例えこの日本からゾンビが駆逐されたとして、だからと言ってこの金が使える訳ではないかと。

そこら中に落ちている金には信用というものがない。金として流通させるのは難しい。すぐに新しい通貨が発行されるか、極度のインフレが起こるのは目に見えています」


なるほど、とメガネの男は呟く。しばしの間、目を閉じて上を向く。顔を再び下ろした時には別の考えが既にまとまっているようであった。


「申し遅れました。私は宮本 孝典と申します。こちらは酒井 誠治さん。向かいの二軒に住んでいます。そちらは?」


「山本といいます」


「では山本さん、お金がダメとなりますと何となら交換していただけますか?」


なるほど、金がダメなら物々交換。やはりこの男、分かっている。


「それは物々交換ということですか?」


「そうです。私たちに出せるものは限られるでしょうが、何かありませんか?」


「……我々はこの家に昨日入ったばかりです。様々な設備が足りません。例えば冷蔵庫。例えば布団。

そう言ったものなら少しは考えられますね。絶対に必要がないとは言え、あった方がいいものではありますから」


その瞬間、酒井の眉が跳ね上がった。


「冷蔵庫ですか?昨日運び込んでいたはずでは?」


なるほど。昨日の引越しをちゃんと見ていた訳だ。

宮本は嫌な顔こそしなかったものの、瞳の中に悔しさが滲んでいた。


「見ていたのですね?なるほど。とは言え現状であの大きさでは足りないのですよ。それを鑑みてのことです」


「は、はい。とても目立っていましたから……」


よし、向こうからの失言を引き出せたのは大きいな。罪悪感と負い目を持たせることができた。


「冷蔵庫でしたら、すぐにお渡しできます。交換させていただけませんか?」


話の流れを切るかのように宮本がそう言う。


「ええ、いいでしょう。しかし我々も現在貯蓄できている食料の数は少ない。まとまった量をお渡しすることはできませんが?」


「構いません。実はここ二日ほど、お粥と少しのおかずしか幼い娘に食べさせてやれなかったのです。まともな食事ができるだけマシと言うものです」


今度はエピソードを聞かせて同情を引く作戦か。そっちがそのつもりなら、乗っからせてもらおうじゃないか。


「それはそれは。では味の濃いものをお渡ししましょう。ぜひお子さんに食べさせてあげてください。

今持って参りますので、ここでお待ちいただけますか?」


「ええ、ありがとうございます」


話をつけることが出来たお陰か宮本は安心した表情を見せた。一方で焦っているのが酒井だった。このままでは自分の取り分が無いと思ったのか、慌てて口を開いた。


「ちょ、ちょっとまってください!私の家からも何か出しますから!!」


「ほう、一体何が出せますか?私としましては、取り敢えず冷蔵庫が手に入ったためあまり欲しいと思うものがないのですが?」


「さっき布団が欲しいと言ってらっしゃいましたよね?それでどうでしょうか?」


そうだよな。慌てているならこちらの言葉に乗ってきてしまうよな。

切れ者の宮本を相手にするより、搾り取るならやはり坂本の方だ。


「おお、それはいい!ああ、でもどうでしょう?失礼ながら、酒井さんのお宅は何人でお住まいで?」


「妻と息子の三人ですが?」


声に安堵が滲んでやがる。こっちが乗り気と知って安心したな。


「それなら布団の数が足りないかもしれませんね……。我々は全部で7名ですので。夏布団などを入れても、そこまでの数を揃えられるとは……」


「で、でしたら他の家の人を呼んで、一緒に交換すると言うのはどうでしょう?」


「いえ、それはお断りさせていただきたい。交渉の人数を増やせば、要らぬ諍いを産むかもしれません。それは私としても迷惑ですので」


ここで俺は迷惑であると強い言葉を使った。こうも断言されては、酒井は自然とーーー



「な、なら他にもお付けしますから!」


ーーーほうら、釣れた。


「他にも、ですか?例えば?」


「そうですね……」


考え込んでいる酒井に声をかける。


「ああそうだ、プリンターやその紙なんてどうですか?そちらはお使いになられ無いのでは?」


「そんなものでいいんですか!?」


「我々には使い道がありますので。それと交換でしたら、ぜひ交換させていただきたい」


サバイバルの指南であったり、小説や漫画などの娯楽、何かの設計図、地図。いくらでも使い道はある。しかし外に出ない酒井には関係のないことだ。

相手のいらないものを貰い受けることで恩を感じさせる。交渉では常套手段である。


「あ、それと宮本さん。そちらは何人でお住まいなのですか?」


「……妻と子供二人で四人です」


「分かりました。ただいまお持ちいたします」


それだけ言って俺は家の中へと入っていく。玄関をくぐると、ゆかと莉子の二人が不安げな顔で駆け寄ってきた。

そこで緊張の糸が切れた俺は、足の痛みに玄関の段差へと座り込んだ。


「はー、疲れた……。食料を物々交換して欲しいって話だった。俺はここで少し休むから、二人は缶詰やレトルトを持ってきてくれないか?あ、あと確か飴の袋があっただろ?あれも頼むよ」


「わ、分かりました!いこ、莉子」


ゆかは手短に返事をし、備蓄庫となっている地下室に向かって走っていった。


さあ、俺は次の交渉に備えて頭を回すとしようか。

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