下地の四日目(3)
探索に出ていた皆が帰ってきた。
皆あまり血に濡れていない。いつもは探索しながらゾンビを駆除したりもしているため血に染まっていることが多いのだが、今日は無理をしなかったようだ。
「お帰り皆。怪我はないか?」
「ただいま、部長。こっちは何にもなかったよ。ゾンビもほとんど見なかったくらいさ」
「大通りばっか走ってたからな。音が響かないからゾンビがいなかったってえ話だよ」
「ただいまでーす!」
なるほど。心配していた莉子も元気そうだし一安心だな。
お互いの報告は後にするとして、とりあえず飯にしようか。
「ご飯は用意しておいたから、夕飯にしよう。手を洗ってきな」
「おっ!部長が作ったご飯は久しぶりだねえ。楽しみだよ」
「うーん、部長の料理食べると敗北感が……」
対照的な反応を示す二人をさっさと洗面所に押しやり、一足先に装備を外した鷹ちゃんとのりさんがリビングに入ってきた。
テーブルの上に載っている料理に嬉しそうな顔を見せている。
二人が席について少しもすれば、他の三人もやってきた。ゆかによそったチャーハンを配ってもらい、俺はグラタンの様子を見る。
表面はいい感じに色が付き、カリカリに仕上がっている。
オーブンの電源を落とし、近くに座っていたのりさんに頼んで机まで運んでもらう。
湯気を立てているグラタンに皆からおお!と声が上がった。
取り皿も配り、準備完了だ。
「よっしゃ皆、今日はありがとう。お互いにいろいろ報告があると思うけど、それは飯を食べてゆっくりしてからにしよう」
そう言って手を合わせる。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
最初はや廃チャーハンをかっ喰らう。案の定少し冷めていたが、それでも味は持っている。缶詰の肉ではあるが、これがなかなかうまい。
ジューシーと言ってもいいくらいだ。若干普通のチャーハンとは呼べない味だが、それでもうまいものはうまい。
お次はサラダパスタ。こいつはなかなか癖になる味をしている。コーンビーフの味が強いが、冷たくマヨネーズと隠し味の練乳でコクを感じながらもさっぱりしている。
文句なしに美味かった。
「このパスタいいなあ。俺ぁこの味好きだわ」
「コーンビーフがいい味出してくれるんだるよなあ」
「部長、この隠し味何?マヨだけじゃ、こんなに甘くならないでしょう?」
などなど、皆からも好評のようだった。
最後はメインディッシュのグラタンだ。小皿に取り分けた分をスプーンですくえばそれだけで湯気がふわりと立つ。ホワイトソースの滑らかな香りもいい感じ。
アツアツのそれを口に運べば、ガツンとうまみが口に来る。コンソメの風味とうま味が効いている。
次いでやってくるのはホクホクのジャガイモとブロッコリー。ほんの少しもったりとしたジャガイモの味が、ブロッコリーのわずかな苦みによって引き締められている。
ほうれん草なんかでもいいけど、俺はこのブロッコリーと合わせた方が好きだな。
「はー、ゆかこれ超美味しいよ?もう食べた?」
「うん、味見をしたときに少しだけ」
「えー!ずるい!!」
中学生組にも満足していただけたようで何よりである。
「あー、これだから部長に料理させたくないのよ……。自分で作ってるのが馬鹿らしくなるのよねえ」
「……山本は昔から料理得意だからな。相変わらずうまい」
「おお、鷹もご機嫌じゃねえか。姫の飯もいいけどやっぱ山の飯は最高だわ。なんなら毎日俺に味噌汁作ってくれてもいいんだぜ?」
「キモいわっ!」
爆笑するのりさんに呆れつつ、周囲を見回す。皆楽しそうで何よりだ。
永道に至っては酒の封を開けているし、莉子がそれを少し貰おうとしてゆかに頭をはたかれた。
ホントに、楽しいな。
「うしゃ、山!煙草行こうぜ」
「了解、丁度吸いたい気分だったんだ」
のりさんに支えてもらって立ち上がり、ベランダに出る。もう十月も半ばだ。吹き付けてくる風は冷たい。
でもそんな日こそ煙草はおいしい。なんだろう、まるで今日という日のようだ。
少しキザだったか……。口元に笑みが浮かぶのを自覚しながら煙草に火をつける。
すっきりとしたメンソールの感覚が心地よかった。
「はあ、やっぱこの時期の煙草は最高だな」
「ですね。上手い飯にいいメンツ。酒はないけど煙草があれば十分です」
「ちげえねえ!」
のりさんはベランダの手すりに肘をのせ、日の落ち切った街並みを見つめる。
居並ぶ家々には文明の日は灯っていない。ここから見える中で一体どれだけのゾンビと生存者がいるのだろう?それは恐ろしい想像だった。
人類が確かにまだ生き残っているのは分かっている。それでも人の営みを感じない町というのがこれほど不安を煽るものだとは思いもよらなかった。
「なあ、山。息抜きはできたかよ?」
「……ん、程よく緊張が抜けたよ。その代り今度は怖くなっちまったけど」
昨日までは死を感じたりはしなかった。きっと実感が湧いていなかったのだ。ここが今までのように安全な世界でないことの。
だが今はこの景色の中にすら死を感じる。それは怖くもあり、しかしどこかで安心している自分もいた。
「それでいいんじゃねえのか?よくラノベでも臆病な奴が強いとかいうじゃねえか」
「ゲーム脳じゃないんだから……」
だけどそうだな。
「でも、そうだな。昨日までの俺よりきっと、今日の俺の方がうまくやっていけると思う」
「おーおー、キザな言い回しだこって。そんなけ言えりゃあ十分だわな」
「うるさいな……。のりさんだってこんな気の使い方、柄じゃないでしょ?」
言い返せばのりさんはクックッと喉の奥で笑う。
そこからは声もなく、ただ煙を吐き出す音だけが響いていた。
…0…0…0…0…0…
楽しい食事も終わり、いよいよ報告会と相成った。
「まず一発目だが、倉庫の作戦延期は取り付けられたぜ。あっちもすぐにやる必要は無いみてえだからな。一言言ったらすぐにオーケーもらえたわ」
「だろうな。あれだけの物資があるんだ。すぐにやる必要は無いだろうさ」
「んで、2つ目。家の方だが、扉が内開きだったから窓ガラスを割って中に入った。
中に人はいなかったが、家具とかもなしだ。ガスや水道、電気なんかは使えるみたいだぞ」
ん?ちょっと待て。
「なんで使えるんだ?普通使えんだろ?」
「さあな。契約が切れてたら使えねえはずだが……」
気になったためささっとネットを使って調べる。
結果としてはどうやら空き家に立てこもった人間のためにライフラインを全て解放しているらしい。政府も粋なことをしてくれるものだ。
そうなれば、安全性は上がったな。いちいち外に出なくていいなら、それだけ危険性が下がる。
本当に助かる話だ。
「ふーん、電気って空き家だと入らないのね」
「ああ。電話一本入れて申し込みすりゃ使えるようになるが、基本は使えない。
空き家でガス漏れとか笑えないしな」
それにしても、本当についている。下手したら一撃死の状況だ。運がいいというのは大事なことだろう。
「あ、それと私からね。あの家の周辺だとまだ生きてる人は多いみたい。車から降りた時に、子供から手を振られたわ。
すぐに親が引っ込めちゃったけど」
それは少し面倒だな。頼られたりしたら笑えない。柵や塀だって、人がその気になれば簡単に乗り越えられる。
ゾンビが無理なことでも人間にとっては簡単だ。そこはしっかり注意しなくては。
物資の搬入1つ取ったって、周囲に知られるのはあまりいいことでは無い。物資を溜め込んでいることがわかればそれだけで面倒が起きる。
このご時世だ。注意するのに越したことはないだろう。
「そんじゃ、こっちの報告か。とりあえず武器のメンテは終わってる。情報に関してもあらかた調べておいた」
皆に印刷した紙を見せ、1つ1つ説明していく。
やはり皆、安全地帯の話には渋い顔をしていた。莉子は渋る意味がわからなかったのか首を傾げている。
「なんで?ここからもそんなに遠くないでしょ?」
「そういう意味じゃなくてさ、そこまでの物資や安全地帯の受け入れ限界。他にも本当に安全が確保されてるか、隔離体制は万全かとかの理由で……」
詳しく説明しようとしたが、莉子の顔には無理解の色しか浮かんでいない。ちょっと難しかったか。
まあ、危険があるということだけわかってくれればいい。
「まあ、ゾンビものの死亡フラグだよね。こういうとこに行くのってさ」
「ゲーム脳って言いたいが、まあそうだな。あれも実際起きておかしい話じゃない」
永道のセリフにそう返し、話を進める。
「明日は、やっぱり引っ越し作業が優先だよな。今日のうちにある程度まとめておいたから、明日朝一で搬入。何往復かすれば全部運びこめるとは思う」
「家具がないからね。ここにあるものバラして行くつか運び込んだ方がいいと思う。これは今からでも僕がやっておくよ」
こういったことは永道の独壇場だ。木材もホームセンターの集団とつながりができた今なら手に入れやすい。
作りたいものもあるし、これから本格的に永道の活躍は増えるだろう。
「あとのりさん、バイク屋の方はどうだった?」
「あー、まだ言ってなかったっけか。少し見て回った限りじゃ見当たらなかったな。他の家に置いてあるのはちょこちょこ見たから、かっぱってこればいいだろ」
「そっか。なるべく新品が良かったけど、メンテまで考えたらその方がいいかな」
こんなものか……。食料も心もとないが、明日コンビニにでも入って取ってこれば何とかなる。
全部は明日で決まる。しっかりしなくては。
まったりとした1日が終わりました。主人公もいい感じに気が抜け、これらからに期待ですね。