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死が支配したこの世界で  作者: PSICHOPATHS
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対話の三日目(4)

今回、ほとんど主人公の一人語りです。

気が付いたら俺は姫のベッドで横になっていた。

足には気つめに包帯が巻かれ、その上から氷嚢が載せてある。重ねたクッションの上に足が置かれ、心臓より高い位置にある。百点をあげたいほど完璧な処置だった。


この手腕はおそらく姫だろうな。そう当たりをつけて周囲を見回す。


部屋は既にくらい。窓から覗く外も夜の帳が下りていた。少しあげていた上半身を寝かし、天井を見つめる。俺にしては珍しく何も思考が浮かんでこない。

そのまま呆けていると、襖を開ける音がした。


「気が付きましたか……?」


「ん?ああ、ゆかちゃんか。ついさっきね」


視線だけそちらに向けると、昨日初めてあったばかりの少女が立っていた。

ゆかは俺の方へ歩み寄ると足の上に乗っていた氷嚢を外した。


「ミキさんが氷を外してきてくれって」


「そっか、他の皆は?」


「今起きてるのは私とミキさんだけです。他の皆さんは帰って荷物を運んだら寝てしまいました」


それにしても、と思う。


「……着いてきたんだね?」


「やっぱり、着いてこなかった方が良かったですよね……」


顔を俯けるゆかに慌てて首を振る。


「そうじゃないんだ。あの話だってぶっちゃけこっちで勝手に決めたみたいなもんだし、着いてこない可能性も考えてはいたんだ」


「ああ、そう言うことですか……」


とは言え、彼女らにこれ以外の選択肢が無かったことも重々承知している。

一ヶ月するかしないかで餓死。そんな事実を突きつけられたら嫌でも来るしかないこともわかっていた。


「ここでは男の方が多いし、なんだったら隣の部屋を占拠してもいい。不満があったら言ってくれれば、なんとかするから」


「……そんな我儘、これ以上言えませんよ」


ゆかは、わずかに震えていた。


「昨日は山本さんのこと、怖い人だって思ってました。助けれるのに、助けてくれない酷い人だって……」


だろうな。いきなり目の前で連れて行けないなんて話をしたんだ。そう思われても仕方がない。

しかし、ゆかは「でも……」と言葉を続けた。


「今日、ここにきて山本さんが寝かされてるのを見た時に山本さんの言葉の意味がわかった気がしました。

ああ、山本さんが言ってたのはこう言うことなんだなって。


荷物を運び込むのを手伝う時も、私達は力が無いから何も出来なくて。山本さんがいたら、違ったんだろうなって」


役立たずを入れるって言うのはそういうことで、誰かが怪我をするのはそれだけで大きいことなのだと。ゆかは悟ったのだそうだ。

俺は彼女の言葉に感嘆していた。この子は凄く賢い子だ。


中学生なんて最も遊びたい時期だろうに。こんな状況に陥って、それでもこれだけのことを考えることが出来る。

それはとても凄いことだと、俺は思う。


「すげえな、俺にはそんなにしっかり考えてる余裕はなかったよ」


昨日から、いや初日からだ。俺は目の前のことしか考えてなかった。その時必要なことを、必要なだけやることに目がいって、先々のことを考えていなかった。

その体たらくが今この有様に繋がっている。


本当なら、もっとゆっくりでも良かったはずなんだ。

長期的に救助が受けられない状況だと見込んだなら、昨日や一昨日は周囲の探索に留めておいても良かったんだ。

それを俺が焦って、少し上手くいったからって調子に乗って、でこれだ。無様過ぎてもはや笑うしか無い。


「そんなことないです……。小崎さんが言ってました。

山本さんは凄いやつだって。色んなことを知ってて、色んなことができるって」


「鷹ちゃんが?買い被りすぎだよ。俺は確かに色んなことを考えてるし、色んなことができるよ。物事の飲み込みも早い方だと思う。

でも、それだけだ。現に今、失敗してる。


実際、俺だけだったらこんなに上手くいくことはなかった。武器だって手に入らなかっただろうし、食べ物だってそうだ。

昨日俺は1人でもやっていけるって、そう言ったけど。一人で生きていけても、それはただ生きてるだけだ」


よく色んな小説で、人は繋がりがないと生きて行けないなんて言葉を聞く。


それは嘘だ。人は一人だって生きていける。たとえ今この世界に人間が俺一人になったって、俺は生きていける。

でも、俺にとってそんなのは無価値だ。


俺にとって価値ある人生ってのは小説を読めて、ほどほどに体を動かせて、仲間と駄弁ることの出来る、そんな人生だ。


だから、一人で生きていたって意味がない。あの言葉は結局ただの強がりだ。


「ゆか、部長起きてるの?」


入ってきたのは姫だった。

先ほどの言葉を思い出して、何を言っていいのか分からなくなる。


「ああ、部長。起きてたのね」


「あ、ああ。ちょっと前から。今はゆかちゃんと話してた」


そう、と姫はいいそのままその場に座り込んだ。ゆかは一つうなずき部屋を出ていった。

気まずい沈黙が室内を支配する。


「……ねえ?」


沈黙を破ったのは姫だった。


「部長、足は大丈夫?」


「ああ、問題なさそうだ。氷で感覚がマヒしてるだけかもしれないが、しばらく大人しくしてれば動けるようになると思う」


「そ、良かったわ」


姫は立ち上がり、ふすまを開く。


「……」


「どうした?」


「早く治しなさいよね。足も心も」


待ってるから。





…0…0…0…0…0…






また一人きりになった部屋で、俺のきしんでいた頭が高速に動き出した。

昨日のように、動かない頭を無理やりに動かしているわけじゃない。慣れ親しんだ、いつもの感覚だった。


「さて、どうすっかなあ。何が問題って、何もかもが問題なんだが……」


根本的な問題として、この状況。命の危険にあふれ救助の見込めないこの状況は、俺に限らずともみんなの精神を削っているのだ。

この状況を打開するのは俺達には不可能。


だから俺は対処療法的に目の前の致命的な問題を片づけた。いけなかったのはその次だ。二日三日と連続で探索に出かけてしまったこと。これがまずかった。

本来ならば休養日を設けるべきだったのだ。そうして心も体も落ち着かせ、探索に臨めるだけの精神状態を築かなければならなかった。


「だけど、ここまできてしまった以上後戻りするよりは前進した方がいいだろうな。張りつめて集中できているなら、それが切れる前にひと段落させてしまった方がいい」


とするならば、最も先に考えるべきはもっと安全な居住空間の確保。そして物資のたくわえ。

必要な物資とは主に水と食料、塩。あとは長く保存できる酒などもあった方がいいい。それら糧食以外で言えば材木やガソリン。あとは太陽光発電式の充電器などか。


スマホも、水道も電気もいつ止まるものか分かったものじゃない。だから先んじて用意しておく必要がある。

それを考えれば、拠点となる場所には広い敷地が必要だ。高望みをするなら入り口は道より高い位置で、地下室があるとなおいい。


「必要な理由は端的にその方が生存率が上がるから。指揮を保つにはうまい飯と安心できる家、そして娯楽がいる」


その目標を達するにはこの付近に詳しい人材が要る。幸いにもこの条件は今日達成された。ゆかと莉子だ。

元々はこの辺りにある中学校に通っていたのだから、このあたりの地理に明るいのは自明の理だ。


まあこればかりは聞いて見なければ仕方のないことだが。知っていたら儲けものとでも思っておこう。


そしてこれも俺の中で自然と決まったことだが、ホームセンターでの決戦は先送りだ。今日の昼に扉も閉め、音漏れがないことまでは確認できた。

なら少々先送りにしても問題ないはずだ。明日皆に町方のところまで延期の知らせを頼むとしよう。


決戦は俺たちが居住空間を整えたあとでいい。

だから明日、俺は皆に探索を任せることに決めた。


皆に任せた方がいいこともあると実感はしたが、いざというときのために指針というのは定めておいた方がいい。

眠気は遠いし、思索にふけるには時間がたっぷりある。今日の不覚の分を取り戻せるくらいの計画を立てておかなくては。



そうして俺の思索は夜とともに更けていく。考えが完全にまとまりを見せたのは眠気に負ける直前の事だった。

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