蠢動の一日目
この物語はあらすじにもある通り、何が起こるか完全に不明です。
天運(作者の気まぐれ)で主要人物が死ぬことすらありかねませんのでご注意ください。それでもかまわない方は、一緒にこの物語をお楽しみいただければと思います。
それは、ある日突然のことだった。
いや予兆はあったのだ。でも俺たちはそれに気付くことはできなかった。そしてその日、襲いかかる現実に俺達の道は戦うことしか残されてはいなかった。
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12月14日。今日は俺の誕生日だ。
朝起きてすぐに親に小遣いをせびり、一万ほどせしめた。少々足りなく思ったが、大学生になっても誕生日の小遣いをもらえるだけマシだと思い直し、家を出る。
誕生日といえど、授業には出なければならない。電車に揺られ、郊外に存在するキャンパスへと向かう。俺の通っている大学はかなりのマンモス学校だ。県内でも有数の生徒数がある。
とはいえ、文系大学の中でも平均より少し下の学力しかないが。それでも設備はいいし敷地は広いし、楽しいキャンパスライフを送らせてもらっている。
学校に着いて、喫煙所でタバコを吸って、少し遅れて教室に入る。
いつも通りの学校生活。だからこそ、異常に気付くのに遅れてしまった。ここが郊外で敷地の広い学校だったのもあるだろう。
俺がそれに気付いたのは授業が終わってサークルに出向いていた時間帯だった。
何かおかしい。ツイーターでは傷害事件が全世界中で多発していると報告され、に~チャンネルではゾンビを見たというレスで埋め尽くされている。
そんな馬鹿なと思いつつ、サークル棟からグランドを覗いてみれば、明らかにいつもより騒がしい。仲間たちと顔を見合わせ、悟る。
「あ……、これガチな奴だ……」
そんな間抜けな声で俺こと山本 篤志は現状を認識したのであった。
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まあ、不幸中の幸いであったのが、俺たちのメンツが非常に優秀な奴ばかりであったことだろう。
自画自賛では決してない。なぜならば優秀の前には「非現実では」とつくからである。現実ではまぎれもない落ちこぼれ、ある意味では勝ち組ともいえる我ら。そう、お気づきの通りオタクである。
俺達は学内に《意外と》多く生息するオタクの中でもかなり訓練されている側の人間だ。ゲームもやればアニメ、ラノベ、聖地巡礼、同人活動と幅広く活動している。そんな俺たちであるからして、ゾンビパニックにもすぐさま対抗策を話し合う余裕があった。
このサークル、日本固有文化研究会は総勢5人。
一人目はこの俺、山本である。因みにサークル長だ。特筆して言えるのは、かなり特殊な性癖を持っていることと、活字中毒であること、そして地味に広範囲な知識を持っていることだろうか。体系はラグビー部とよく間違えられると言えばわかるか?
二人目は、ヒョロノッポの永道。副サークル長だ。こいつは運動神経はゼロだが、手先が非常に器用でこの部室の家具の殆どはこいつが作ってくれた。……特記事項、ロリコン。
三人目、小崎 鷹。鷹ちゃんは長身かつ筋肉質な肉体を持つ。幼少のころから空手をやってきており、腕っぷしが立つ。以前ヤのつく自営業の方に絡まれた時も一蹴してくれたほどである。この状況では間違いなく一番頼りになる。
四人目、間宮 のりゆき。のりさんと親しまれる御年25歳。浪人組ということで浮いていたところを俺がスカウトした。この人はうちの資金源とも言える方だ。二十歳まえには株をはじめ、大成功。有り余った金で大学でも通うかと受験を決意したという奇特な人だ。
そして五人目、紅一点の綾瀬 美貴。よく姫と呼ばれている。だが、その本性は恐ろしいモンスターである。小中高と道場で剣道を習い、高校ではインターハイ準優勝。大学に入ってからは剣術にシフトしている。武力で言えば鷹ちゃん異常だが、ここには模造刀すらないということで今は頼りにならない。この子の何がモンスターって、真正レズなのだ。ノンケでも慈悲はない。美人ではあるのに非常に惜しい。
そんな濃すぎる五人がテーブルを囲んでこれからについて話し合っている。
「んで、こっからどうする?外からやばいくらい悲鳴が聞こえてくるんだけど?」
と俺。
「どうする?家族でも探す旅に出るかい?」
と永道。確かに定番の流れだ、とみんなが頷いた。
「つっても俺らの家、姫以外みんな遠くね?アニメで見るよかよっぽど長旅になるぞ」
「のりさんの言う通りだろう。武器も防具もない」
のりさんが現実的な問題を上げ、鷹ちゃんが追従する。そこへ姫が声を上げる。
「私、この近くにミリタリーショップあるの知ってるわよ?家に帰れば刀もあるし、ここにいつまでもいるのは逆に危険よ。さっさと行きましょうよ、部長」
「あー、あそこな。こっから結構近いし行く意味はあるな」
姫の言葉に頷きつつ、俺はこの先の事を考える。とりあえず武器がいる。食料も防災袋にあるいくつかの乾パンと水、あとは手持ちの菓子くらいか。次に拠点も欲しい。物資の備蓄ができて程よく遮蔽物のある場所。
「うし、永道。お前たしか遠征用のデカいリュック置いてあっただろ?あれ空にして中に防災袋を突っ込んどけ。ほかにもリュックとかあったらその中にまとめておいてくれ」
「あいさー。同人誌は持って行っていいのかい?お気に入りを丁度持ってきてるんだ」
「ダメに決まってんだろ。姫は永道の監視を頼むわ」
「了解。見張っとくわね」
姫と永道が部屋の端でごそごそし始めたのを見届けて、のりさんと鷹ちゃんに視線を戻す。
「のりさんはあとでATM行くからカードの準備よろしく。紙くずになるだろうけどガソリンスタンドとかで要るからさ。鷹ちゃんは俺と一緒に外出るぞ」
「おいおい、危なくねえか?」
「危ないけど武器の調達しなきゃですからね。それに行くのはこの部屋の真上ですから」
鷹ちゃんは黙ってうなずき、のりさんは苦言を呈した。しかしその意見は否決するしかない。どうせ危険を冒すならまだ敵の少ない今しかない。
鷹ちゃんに分厚い服を着るように指示を出して、自分も革のコートを着込む。手袋も革で、噛まれても安心だ。今が冬でよかった。夏ならば防御はもっと貧弱だったはずだ。
俺はこの部屋に唯一あった武器、特殊警棒を装備する。因みに持っていたのは姫で、痴漢撃退用とのこと。鷹ちゃんは悪いが素手だ。その代り服と手袋は厚く、足もジーンズがしっかりと守っている。それに、鷹ちゃんの場合慣れない武器は邪魔になる。本人がそう言っているのだ。信じるほかない。
準備万端の俺たちは鉄のドアに耳をつけて外の様子を探る。相変わらず悲鳴が聞こえるが、近くではないようだ。
「じゃあ、俺らが出たらカギ締めておけよ。他の馬鹿が来たら困るからな」
「部長さんも気をつけなよ。ゲームなら一撃必殺だからね、あいつら」
確かにゾンビに噛まれたらイチコロだもんな。細心の注意がいる。心臓がバクバク言っているのが分かる。だが行かなければ。
「いくぞ、3.2.1!!」
音をたてないように扉を開け、隙間から安全を確認する。手鏡を使って扉の影も。いくつか血痕はあるが人影は無し。鷹ちゃんに指で合図して外に出る。
そとは少し前までとは打って変わった地獄絵図だった。悲鳴を上げて走り去る学生を何十体ものゾンビが追っていくのが見える。アレのおかげでこっちにはゾンビがいないようだ。
ゾンビにも作品によって目が見えるものと見えないものがあるが、このゾンビは音に強く反応するらしい。その証拠に逃げていった奴の他にもまだ人はいるが、静かに伏せていた奴は追われずに済んでいるようだ。顔を上げて周囲を見回している。
俺達は静かに静かにプレハブの階段を目指す。幾つか開いたままの部室を見つけたが、どれももぬけの殻だ。何にも遭わずに何とか階段にたどり着き、俺は安堵のため息をついた。
「鷹ちゃん、二階上がってゾンビと戦うことになったら、奴らは下に落としてくれ。たぶん動けなくなる」
「……ああ」
鷹ちゃんは分かっているとばかりに頷いた。やはりこの状況では頼りになる。
こちらも頷きを返して階段を上り始める。慎重に歩いているつもりだが、どうしてもカンカンと音が立つ。それと同じほど心臓の音が鐘のように鳴りまくっている。そして、階段を登り切ったその先に―――
「……ッ!」
いた!数は二体。逃げ遅れた人たちだろうか?そいつらがこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。既にこちらに気付いているのかその足先に迷いはない。
俺と鷹ちゃんはそれに気付いた瞬間に自重を止めた。俺はそいつらがいよいよ走り出した瞬間に懐に飛び込み、右手の警棒で顎をかち上げ空いている左手でがら空きの脇を押した。ゾンビの体は柵を超えて地面に向けて落下していく。
こうもあっさり行くとは、姫の練習に付き合って来たかいがあるというものだ。二体目は俺がそんなことを思っている間に鷹ちゃんが瞬殺していた。右足一閃。哀れゾンビは空中飛行だ。
湿った落下音が二つ連続して聞こえたが、それに構う暇はない。今の音で奴らがさらに出てくるかもしれない。俺たちは速足で目的の部屋、野球部の部室に滑り込む。扉と鍵を閉め、後ろを向けば鷹ちゃんは既に室内を物色し始めていた。
欲しかったのはそう、金属バットとヘルメット。バットは音が響くためあまりいい武器とは言えないだろうが、姫の部屋に行くまでの繋ぎにはなるだろう。一つだけ持ってきた鞄にヘルメットを重ねて突っ込むと俺と鷹ちゃんでバットを二刀流に持つ。